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EP 3

A級の引率者ポンコツ登場と、輝かしきフルミスリルの勇者

ルナミス学園の敷地の外れ、第七演習場の入り口付近に張られた粗末なテント。

そこは、Sクラスの担任であり、国家最高峰の戦力であるSランク賞金稼ぎ、ダイヤ・マーキスの『自宅』である。

「——というわけで! 我々Sクラスは、ギルドに冒険者登録を行い、市井の民を直接救済する『お助けクラン』を結成することにいたしました! 全ては、高貴なる者の義務ノブリス・オブリージュを果たすため! どうか、ダイヤ先生の許可証にサインを頂きたく!」

クラウス・アルヴィンが、テントの前に直立不動で立ち、熱を帯びた声で堂々と宣言した。

その顔には、使命感に燃える若き将としての誇りが満ち溢れている。先のポポロ村で『限界キャバクラおじさん』と化してメロンに甘え腐っていた黒歴史など、微塵も感じさせない見事な演説だった。

テントの入り口のキャンバス地がバサッと捲られ、中からダイヤが姿を現した。

彼女の手には、いつも通り謎の固形物である『MRE(戦闘糧食)』が握られているが、その表情はどこか呆れたような、しかし面白がるような色を帯びていた。

「ギルドに登録して、クラン活動だと?」

ダイヤがMREをかじりながら、クラウスと、その後ろで控えるリアンたちを見渡した。

「十歳のガキ共が、大人の鉄火場であるギルドに出入りするなど、普通の教師なら絶対に許可しないだろうな」

「そ、そこを曲げてどうか! 民が我々を待っているのです!」

クラウスが食い下がるが、ダイヤはフッと口角を上げた。

「だが、私は『普通の教師』ではない。実戦の泥臭さを知らぬまま温室で育つより、ギルドの荒波に揉まれる方が、お前たちにとって何百倍も良い経験になる。……それに、リアンのことだ。どうせ『日々の活動資金キャッシュが足りないから、合法的に稼げるシノギが欲しい』とでも考えて、クラウスを上手く言いくるめたのだろう?」

ダイヤの鋭い視線がリアンを射抜く。

流石は伊達にSランクを張っていない。リアンの冷徹な思惑など、最初から完全に見透かされていた。

「へへっ、流石は先生。話が早くて助かるよ」

リアンは悪びれもせず、ニヤリと笑った。

「許可証にハンコをくれるなら、初回のクエスト報酬で美味い焼肉を奢るぜ。もちろん、先生の好きな『マシュマロ』も山盛りでな」

「なっ……! や、焼肉にマシュマロだと……!?」

ダイヤの瞳孔がカッと見開き、喉の奥でゴクリと強大な音が鳴った。

貧乏サバイバル生活を極める彼女にとって、それはS級魔獣のブレスよりも破壊力のある交渉材料キラーパスだった。

「よ、よし! その気高い志(と焼肉)、教官として無下にすることはできん! 特別課外活動として、ギルド登録を許可しよう!」

ダイヤは光の速さで許可証にサインと印鑑を叩きつけ、リアンに手渡した。買収完了である。

「ありがとうございます、ダイヤ先生! このクラウス、必ずや期待に応えてみせます!」

クラウスが感動の涙を浮かべて一礼する。

「しかしだ」

ダイヤが表情を引き締め、教官としての威厳ある声を出した。

「ギルドという場所は、純粋な武力だけでは通用しない。騙し合い、報酬のピンハネ、酔っ払いの絡み酒……。お前たちのような育ちの良い『子供』だけで乗り込めば、間違いなく面倒なトラブルに巻き込まれる」

「トラブル……ですか」

「ああ。学園の規則上、私も付きっきりで引率することはできない。だから、お前たちを導き、ギルドの荒くれ者たちから守るための『大人のパーティーリーダー(引率者)』を手配しておいた」

「大人の、引率者……?」

クラウスが瞬きをした、その時だった。

『——待たせたな、ダイヤ』

どこからともなく、深く、渋く、そして大人の余裕を感じさせる男性の低い声が響いた。

直後。

カシャッ、カシャッ、と、重厚でありながら全く無駄のない金属の足音が、木々の間から近づいてくる。

「おおっ……!?」

クラウスが目を見開いた。

木漏れ日を浴びて現れたその男の姿は、まさに『絵に描いたような伝説の英雄』であった。

年齢は二十代半ば。整った顔立ちに、歴戦の猛者であることを思わせる鋭い眼光。

そして何より目を引くのは、彼の全身を包み込む、白銀に輝く鎧だった。

「……フルミスリルアーマー……だと!?」

リアンが、前世の審美眼を全開にして戦慄した。

ミスリル。魔法を弾き、鋼よりも硬く、羽のように軽い幻の金属。

そのミスリルを全身の鎧として鍛え上げ、さらに背中には、同じくミスリル製の巨大な両手剣グレートソードを背負っている。

(冗談だろ……! あの装備一式を揃えるのに、一体どれほどの金貨が必要になる!? 億、いや、下手すれば国家予算レベルの超・優良資産ウルトラアセットじゃないか!!)

男は口元に咥えた『ポポロ・シガレット(ポポロ村特産の高級嗜好品)』から紫煙を細く吐き出し、眩しそうに目を細めた。

「よぉ。久しぶりだな、ダイヤ」

「ああ、来てくれたか。お前が帝都に戻ってきていると聞いてな」

ダイヤが顎で男をしゃくった。

「紹介しよう。こいつは私の昔の冒険者仲間で、現在は冒険者ギルドでA級を張っている両手剣使い、フェイト・ラックだ」

「A級冒険者……! しかも、この圧倒的な威圧感と、隙のない立ち姿!」

クラウスは完全に目を輝かせ、フェイトの前に進み出た。

「初めまして、フェイト殿! 僕はアルヴィン侯爵家嫡男、クラウス・アルヴィン! ダイヤ先生の戦友に引率していただけるとは、これ以上の光栄はありません!」

「侯爵家の坊ちゃんか。硬っ苦しい挨拶は抜きにしようぜ。俺はただの雇われだ。よろしくな、子供たち」

フェイトはニヒルに笑い、クラウスの頭をポンポンと撫でた。

その大人の余裕、洗練された仕草。どこからどう見ても、完璧な『頼れる兄貴分』であった。

「す、すごいですわ……」

リーザが、フェイトのミスリルアーマーに顔を近づけ、よだれを垂らしている。

「このピカピカの鎧……一口齧ってもよろしいですの? これを質屋に持っていけば、私の地下アイドル活動の資金が一生分——痛ッ!?」

リアンがリーザの頭に容赦なくチョップを叩き込んだ。

「初対面のA級冒険者を換金しようとするな! すみませんフェイトさん、うちのクラスの不良債権が失礼を」

リアンは丁寧に頭を下げながらも、フェイトを注意深く観察していた。

(A級冒険者……。実力的にはダイヤ先生(Sランク)には一歩劣るが、それでも一般社会では雲の上の存在だ。何より、あの超高額なフルミスリル装備を維持できるだけの『安定した稼ぎと実力』がある証拠。これは……我々お助けクランにとって、最高の指導者メンターになるかもしれないぞ!)

リアンの冷徹な簿記一級のセンサーが、「フェイト・ラックは極めて優秀な優良資産である」と弾き出しかけた、まさにその時だった。

「さてと。それじゃあ、今日のガキ共のお守り(クエスト)が上手くいくかどうか……『運試し』といくか」

フェイトはポポロ・シガレットを携帯灰皿に揉み消すと、懐から一枚の真鍮の『コイン』を取り出した。

「運試し、ですか?」

クラウスが不思議そうに首を傾げる。

「ああ。俺の朝のルーティンでな。これの結果で、その日の行動を決めるんだ」

フェイトは親指の爪の上にコインを乗せ、ピィンッ!と軽快な音を立てて空高く弾き上げた。

朝日を反射してキラキラと回転しながら落下してくるコイン。

フェイトはそれをパシッと片手で掴み、手の甲に叩きつけた。

「……よしっ! 『表』だ!」

フェイトの顔が、先ほどまでのニヒルなクール系イケメンから、一瞬にして『パチンコで確変を引いたおっさん』のような下品な笑顔へと歪んだ。

「っしゃああああッ! 今日はツイてる! ツキが来てるぜぇぇっ!!」

「えっ……フェ、フェイト殿?」

クラウスが戸惑う中、フェイトは懐から、四角い板状の魔導具——『魔導通信石スマートフォン』を猛烈な勢いで取り出した。

「表が出た日は運気が倍増するんだ! 今なら引ける! 昨日から始まった『魔導聖女ピックアップガチャ(宝くじサイト)』のSSRが、今の俺なら絶対に引けるはずだ!! 行くぜ、魔法石(課金アイテム)十連全ツッパだぁぁぁッ!!」

ピコピコピコピコッ!!

フェイトの親指が、信じられない速度で魔導通信石の画面をタップする。画面からはピカピカと派手な魔法陣の演出光が漏れ出ている。

「お、おい……ちょっと待て」

リアンの顔から、サァッと血の気が引いた。

『——キュピィィィィン!! SSR【水着の魔導聖女】確定!!』

通信石から、安っぽいファンファーレが鳴り響いた。

「うおおおおおおおおッ!! 引いた! 引いたぜぇぇぇっ!! 見ろダイヤ! 単発からの十連で神引きだ! 俺は今日、神になったぞォォッ!!」

「……」

フェイトが歓喜の舞を踊りながら叫ぶが、ダイヤは無言でMREを咀嚼し、目を逸らしている。

「あー……ダイヤ先生」

リアンが、ズキズキと痛み始めた胃を押さえながら、低い声で尋ねた。

「あの人、あの超高額な『フルミスリル装備』……どうやって手に入れたんですか? A級の報酬をコツコツ貯めたとか……そういう堅実な話ですよね?」

ダイヤはふいっと視線を明後日の方向に向け、ボソッと答えた。

「……いや。ルナミス新聞社が発行している『懸賞付きクロスワードパズル』の特賞だ」

「は?」

「フェイトの奴、ある日『コインが立った』とか言って全財産をクロスワードの応募ハガキにつぎ込んでな……奇跡的な確率で特賞(フルミスリル一式)を引き当てやがったんだ。……それ以来、あいつは完全に味を占めて、人生のすべてを『コイントス』と『ギャンブル』に委ねる、重度のギャンブル依存症になっちまったんだよ」

「……」

リアンの頭の中で、先ほどまで「超・優良資産」として輝いていたフェイトの株価グラフが、ナイアガラの滝のように大暴落していく音が聞こえた。

「よーし! ガチャも大勝利したし、今日の俺は最強だぜ! さあガキ共、ギルドに行くぞ! 俺の背中についてきな!!」

フェイトが魔導通信石にキスをし、ミスリルアーマーをガシャガシャ鳴らして意気揚々と歩き出す。

「お、おおっ! よく分かりませんが、フェイト殿の気合は十分のようです! 行きましょうリアン!」

クラウスは相変わらず何も分かっていないキラキラとした目で、その後を追っていく。

「わーい! ギルドだギルドだー!」

「ふふっ、新鮮な臓器の宝庫ですわね♡」

キャルルとルナも呑気に続く。

そして、その場に取り残されたリアンは。

「……終わった」

リアンは両手で顔を覆い、天を仰いだ。

「ダイヤ先生が『固定費の重圧(貧乏)』なら、あいつは『変動費の爆発(ギャンブル狂)』だ! なんで俺の周りには、金銭感覚のバグった『不良債権(ダメな大人)』しか集まってこないんだよぉぉぉっ!!」

十歳の誕生日。

若き将が結成した栄光のお助けクランは、初陣を迎える前に早くも、リアンの胃壁に致命的なダメージ(大赤字)を与える最悪のスタートを切るのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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