EP 2
お助けクラン結成と、若き将の「バイト」宣言
ルナによる「三日で石に戻る偽金錬成事件」という、あやうく国際問題に発展しかけた騒動を力技で鎮圧したリアンは、改めてタコ部屋の面々を見渡し、十歳の誕生日という節目にふさわしい重大発表を行った。
「俺たちは今日で十歳になった。そろそろ『バイト』たる行為を始めるべき時だ。……つまり、冒険者ギルドに登録して、クラン活動を開始する」
その言葉がタコ部屋に響き渡った瞬間。
真っ先に反応したのは、アルヴィン侯爵家の嫡男であるクラウスだった。
「ば、バイトだと!? ギルドに行くのか!?」
クラウスは信じられないものを見るような目で、リアンを指差した。
「正気かリアン! 冒険者ギルドといえば、日銭を稼ぐために命を張る荒くれ者や傭兵たちが集う場所だぞ! 確かに魔物退治は立派な仕事だが、僕たちは仮にもルナミス学園Sクラスの特待生であり、貴族の血を引く身だ。学生が、しかも十歳の子供が小銭稼ぎのためにギルドに出入りするなど、外聞が悪すぎる!」
クラウスの指摘は、貴族社会の常識に照らし合わせれば極めて真っ当だった。
だが、リアンは全く動じることなく、前世の『簿記一級』の知識に裏打ちされた冷徹な瞳でクラウスを見据えた。
(甘いな、クラウス。お前の言う『外聞』なんてものは、一円の利益も生み出さない無駄な見栄だ)
リアンの脳内では、現在Sクラスが抱えている深刻な財務状況がスプレッドシートのように展開されていた。
ポポロ村のメロロン事業で得た莫大な利益は確かにある。
だが、リーザのブラックホールのような食費、ルナがコンプラ違反をやらかした際の揉み消し費用(示談金)、キャルルが満月の夜に破壊する学園の備品の修繕費……これら『不良債権ども』が日常的に垂れ流す莫大な固定費と変動費を賄うには、メロロンの売上という一時的な特別利益だけでは心許ないのだ。
(企業が生き残るための絶対条件『継続企業の前提』を満たすには、安定した日々の『現金収入(日銭)』が必要不可欠! そして、己の武力を直接キャッシュに変換できる冒険者ギルドこそが、今の俺たちにとって最高の新規事業(市場)なんだよ!)
しかし、そんな生々しい経営戦略を馬鹿正直に語ったところで、誇り高き脳筋貴族であるクラウスが納得するはずがない。
リアンは、クラウスを動かすための『魔法のキーワード』を的確に選び出した。
「クラウス、お前はギルドの仕事を『小銭稼ぎ』と言ったな。……だが、本当にそうか?」
リアンは腕を組み、あえて挑発的な笑みを浮かべた。
「ギルドに寄せられる依頼——それは魔物退治であれ、迷子探しであれ、薬草採取であれ、すべては『困っている市民からのSOS』だ」
「市民からの……SOS……」
クラウスの肩が、ピクリと動いた。
「毎日毎日、ダイヤ先生の理不尽なトラップを躱すだけの訓練で、俺たちは本当に『将』になれるのか? 違うだろ。市井の人々のリアルな苦しみに寄り添い、自らの手と剣で直接彼らを救ってこそ、真の経験が積める」
リアンはクラウスの目の前まで歩み寄り、その肩にポンと手を置いた。
「困っている民を助けること。……それこそが、お前がいつも口にしている『ノブリス・オブリージュ(高貴なる者の義務)』の体現なんじゃないのか?」
「——ッ!!」
クラウスの瞳に、雷に打たれたような衝撃が走った。
(そ、そうか……! 僕はなんて浅はかだったんだ! 貴族の面子などというちっぽけなプライドに囚われ、最も身近で苦しんでいる民草のSOSを見落とそうとしていたなんて!)
クラウスの脳内に、壮大なヒロイックファンタジーのBGMが鳴り響き始めた。
先のポポロ村で、メロロン相手に「僕、天才かなぁ?」などと甘え腐ってしまった特大の黒歴史に対する強烈な自己嫌悪も相まって、彼の『貴族としての名誉挽回』へのモチベーションは限界突破を迎えた。
「……君の言う通りだ、リアン! 君のその深謀遠慮、恐れ入った!」
クラウスはバッと顔を上げ、感動の涙を浮かべながらリアンの手を両手で固く握りしめた。
「泥に塗れることを恐れず、自らの足でギルドへ赴き、民を直接救済する! これぞ真のノブリス・オブリージュの極致! やろう、僕たちの『お助けクラン』を立ち上げようではないか!」
(よし、チョロい! 言いくるめ完了だ!)
リアンは内心でガッツポーズを取った。
最強の武力を持つクラウスを言いくるめれば、この事業計画は八割方成功したようなものである。
「でもぉ、ギルドって血の気の多い荒くれ者さんがたくさんいるんでしょう? 大丈夫かしら?」
ルナが優雅に首を傾げた。
「もし絡まれたら、正当防衛という名目で彼らの新鮮な臓器を摘出して、闇市場に流してもよろしくて?」
「よろしいわけあるか! 俺たちは賞金首になりに行くわけじゃないんだ、絶対に面倒を起こすなよ!」
リアンが即座に釘を刺す。このエルフは放置しておくと、冒険者ギルドを「合法的な臓器の仕入れ先」と勘違いしかねない。
「私は大賛成だよ! 村のお手伝いとか、力仕事なら任せてね!」
キャルルが元気よく特注の安全靴を鳴らす。彼女のその規格外の脚力(三万ジュール)があれば、大抵の肉体労働系クエストは秒で終わるだろう。
そして、最後に口を開いたのは、先ほどまで「純金が石になる」という絶望から立ち直れずに床に突っ伏していたリーザだった。
「……あの、リアン様」
リーザが、獲物を狙う深海魚のような血走った目で這い上がってきた。
「ギルドの依頼をこなすということは、つまり……『報酬(現金)』が手に入るということですわね?」
「ああ、当然だ。依頼の難易度に応じた正当な報酬が、ギルドから現金で支払われる。……まあ、一部はクランの共通資金として徴収するが、個人の働きに応じた歩合給もキッチリ出すぞ」
リアンが答えた瞬間。
「シャアアアアアアアアアアアッ!!」
リーザが奇声を上げ、凄まじい跳躍力でタコ部屋の天井に張り付いた。
「現金! 現金収入! 合法的なスパチャ(報酬)ですわ!! やります! 私、ゴブリンの巣穴の掃除でも、スライムの踊り食いでも、金貨になるなら何でもやりますわーッ!!」
食費と金のためなら一切のプライドを捨てる極貧アイドル。
彼女のこの底なしの『強欲』は、ある意味でどんな高尚な理念よりも強固な労働意欲となる。
「よし、全員の意見は一致したな」
リアンは満足げに頷き、帳簿の新しいページを開いた。
見出しには『Sクラスお助けクラン・新規事業計画書』と書かれている。
「しかし、僕たちはまだ学園の生徒だ。ギルドに未成年が登録して活動するには、保護者か担任の『許可証』が必要になるはずだが……」
クラウスが顎に手を当てて思案する。
相手はあのダイヤ・マーキスだ。
いくらポポロ村での黒歴史を握られているとはいえ、彼女は根っからの『実戦のプロ』。生徒の安全を天秤にかけた時、果たして簡単にハンコを突いてくれるだろうか。
「ふっ、案ずるなリアン。その役目は僕に任せておけ」
クラウスが、自信に満ちた誇り高い笑みを浮かべ、胸をドンと叩いた。
「ノブリス・オブリージュの崇高な理念を、僕が直接ダイヤ先生に説いて見せよう。いくら鬼軍曹といえど、民を救わんとする僕たちの高潔な志に、反対するはずがない!」
「お、おう。……じゃあ、頼むわ」
リアンは少しだけ嫌な予感を覚えつつも、交渉をクラウスに一任することにした。
(ダイヤ先生のことだ。クラウスの『高潔な理念』なんかより、「ギルドで稼いだ金で、たまには高級な肉を奢る」って言った方が秒でハンコを押すと思うんだがな……)
かくして。
十歳の誕生日という節目に、リアンの冷徹な資金繰り(キャッシュフロー)の思惑と、クラウスの暴走する貴族の義務が複雑に絡み合い、ルナミス学園史上最年少の『お助けクラン』が産声を上げた。
Sクラスの規格外の子供たちが、大人たちの鉄火場である『冒険者ギルド』へと足を踏み入れる。
そこには、彼らの想像を絶する——いや、リアンの損益計算を根底から破壊する、最悪の『不良債権(ダメな大人)』との出会いが待ち受けているのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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