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第十一章 10歳児の勇者

ハッピーバースデーと、偽金の錬金術

ルナミス学園の敷地の片隅にある旧用具室——通称『タコ部屋』。

普段は殺伐としたサバイバルの拠点であるこの部屋も、今日ばかりは天井から手作りの色鮮やかなガーランドが飾られ、どこか浮かれた空気に包まれていた。

部屋の中央に置かれた粗末な木製テーブルの上には、リアン・シンフォニアが前世の『三ツ星シェフ』の技術を総動員して焼き上げた、見事なバースデーケーキが鎮座している。ポポロ村の特産小麦と、学園の裏山でタダで採集した野イチゴをふんだんに使った、原価率を極限まで抑えつつも最高級の味を引き出した会心の出来(特大黒字)である。

「はっぴーばーすでー、とぅー、あーす♪」

キャルルが元気な声で歌い終わり、パンパンッと手を叩いた。

「いやぁ、俺たちもついに十歳かぁ。……この学園に入学してからの一年、マジで色々あったなぁ」

リアンは手作りのフルーツ水をグラスに注ぎながら、深い感慨と共に溜め息を吐いた。

九歳でこの理不尽なSクラスに放り込まれ、ダイヤ先生の常軌を逸したトラップ演習(ゲリラ戦)を生き抜き、さらにはポポロ村での魔の農作物による精神崩壊の危機を乗り越えてきた。簿記一級の計算をもってしても、幾度となく「倒産デッド」の危機に瀕した一年だった。

「そうだねぇ。ダイヤ先生のバズーカから逃げ回ったり、ポポロ村でみんながメロロンに熱を上げたり……本当に毎日が波乱万丈だったよ」

キャルルが『星の王子様』のような純真な笑顔で、これまでの惨劇をどこか楽しげに振り返る。

「ふふっ、本当に。あの魔の果実のチャームを全て無視して、バクバクと物理的に食べ尽くした方がいらっしゃった時は、森のお友達もドン引き……いえ、感心しておりましたわ♡」

エルフの次期女王候補であるルナが、優雅に紅茶を啜りながらクスクスと笑う。

その言葉に、ピクッと肩を震わせた者がいた。

アルヴィン侯爵家の嫡男、クラウスである。彼はメロロン畑で『限界キャバクラおじさん』と化し、果物相手に「僕、天才かなぁ?」と甘え腐ったという、一生消えない特大の黒歴史を抱えていた。

「し、失敬な! 僕は何ともなかったぞ! 果物ごときの甘言など、ノブリス・オブリージュの精神で完全に跳ね返していたからな! あ、あの時の記憶は、たまたま疲労で少しぼやけているだけで……!」

クラウスは顔を真っ赤にして早口で弁明し、必死に過去のトラウマから目を逸らそうとしている。

「はいはい、そういうことにしておいてやるよ。お前のその『貴族のプライド』っていう負債コンプレックスも、十歳になったんだから少しは身軽にしていけよな」

リアンはニヤリと笑い、ケーキを切り分け始めた。

和やかな誕生日パーティーの風景。

しかし、このタコ部屋に集まったメンバーが、ただの平和な歓談で終わるはずがなかった。

「……キュッ……キュッ……キュッ……」

部屋の片隅、窓際の薄暗いスペースから、何かを執拗に布で擦るような、不気味な摩擦音が響き続けていた。

音の主は、芋ジャージ姿の極貧地下アイドル、リーザである。

彼女は目の前に出された三ツ星シェフ特製のバースデーケーキにも見向きもせず、一心不乱に「何か」を磨き続けていたのだ。

「……おい、何をしてんだ? リーザ。せっかくのケーキが乾燥してパサパサになるぞ。さっさと食え。お前が食い物にがっつかないなんて、明日は槍でも降るのか?」

リアンが呆れ顔で声をかけると、リーザはギロリと血走った目で振り返った。

その手には、ピカピカに磨き上げられた、真ん中に穴の開いた真鍮の硬貨——『五円玉』が握りしめられていた。

「ケーキの糖分など、今の私には不要ですわ! 見てくださいませリアン様! この圧倒的な輝きを!!」

リーザは五円玉を天高く掲げた。

「五円玉じゃありません事よ!? 見てください、この黄金の如き神々しい反射光! こんなにピカピカに光っていたら、これはもう実質的に金……そう、金貨ですわ!!」

「……は?」

リアンは、あまりの理論の飛躍に思考が数秒停止した。

「いや、どんなに磨いても五円玉は五円玉だから、ソレ」

キャルルが、容赦のない正論(物理ダメージ)を淡々と叩き込む。

「ええ〜!? そんな殺生な! 私のこの三日三晩休まず磨き続けた労働力(研磨)の価値はどこへ行くというんですの!? 光っていれば金貨として通用するのが、自由市場の原理というものではありませんの!?」

「お前の頭の中の自由市場はどうなってんだよ。素材が真鍮である以上、どれだけ研磨工数をかけても資産価値は五円のままだ。付加価値の付け方を根本から間違えてるぞ、このバカ魚!」

リアンが簿記の原価計算の概念を叩きつけ、リーザの無謀な錬金術を全否定する。

「うぅっ……! やっぱり、世の中はお金……生まれ持った素材ゴールドがすべてなんですわ……っ!」

リーザが五円玉を握りしめ、床に崩れ落ちてウソ泣きを始めた。

その時だった。

「まあまあ、リーザさん。そんなに泣かないでくださいな」

ルナが、慈愛に満ちた聖母のような微笑みを浮かべながら、リーザの前にスッと歩み寄った。

「お金が欲しかったのなら、最初からそう言えばよろしかったのに。お誕生日のプレゼントですわ。はい♡」

ゴトォンッ。

ルナがリーザの目の前のテーブルに置いたのは、鈍い、しかし圧倒的な黄金の光を放つ、レンガほどもある『純金の延べ棒』だった。

「「「……えっ?」」」

タコ部屋の空気が、一瞬にして凍りついた。

「こ……これは……!!」

リーザの瞳孔が限界まで開き、目の中にドルのマークがはっきりと浮かび上がった。

「じゅ、純金!? まさかルナさん、私にこれをくださるんですの!? し、信じられませんわ! この質量、この輝き……本物の黄金! これがあれば、タローソンのアイス棒が一生買い放題……いえ、学園の購買部ごと買い取れますわーーッ!!」

リーザがよだれを撒き散らしながら純金に抱きつこうとした、まさにその瞬間。

バシィッ!!

リアンの手が、リーザの手を弾き飛ばし、その純金の延べ棒を瞬時に奪い取った。

「ああっ!? 私の金貨インゴット!! 何をするんですのリアン様! 強盗ですわよ!!」

「やめろ馬鹿! 気安く触るな!」

リアンは純金を片手で持ち上げ、前世の『三ツ星シェフ』としての鋭い審美眼と、簿記一級の原価計算の視点で、その物質を瞬時に「鑑定」した。

(……質量は確かに純金に近い。だが、触れた瞬間に感じるこの微弱な魔力の残滓……。そして何より、エルフ族に伝わる禁忌の噂……間違いない!)

「ルナ、お前……! 『黄金錬成フェイク』を使ったな!?」

リアンが鋭く睨みつけると、ルナは「あら、バレてしまいましたの?」と悪びれもせずに首を傾げた。

「フェ、フェイク……?」

クラウスが怪訝そうな顔をする。

「エルフの里に伝わる禁術(コンプラ違反)の一つだ! 土や石ころに超高密度の魔力を流し込み、一時的に分子構造を書き換えて黄金に偽装する最悪の錬金術だよ! 質量も輝きも本物そっくりだが……魔力が切れれば、ただの道端の石っころに戻る!」

リアンは純金をテーブルに叩きつけた。

「このサイズの錬成なら、もってせいぜい『三日』だ。三日後には、ただの漬物石になる!」

その事実を聞いた瞬間、リーザの顔からサァッと血の気が引いた。

「……へ? 三日で、石に……?」

「ああそうだ! お前、そんなもんを帝都の市場やタローソンで使ってみろ! 三日後に石に戻った瞬間、偽造通貨行使の重罪で国家憲兵にしょっぴかれて、一生地下牢で強制労働(タダ働き)だぞ!!」

リアンの怒鳴り声に、リーザはブルブルと震え出し、ゆっくりとルナの方を振り向いた。

「こ、このサイコパスエルフ……!!」

リーザは涙目で絶叫した。

「善意の顔をして、秒で私を経済犯罪者に仕立て上げようとしましたわね!? あやうく私、アイス棒欲しさに人生を倒産させるところでしたわ!!」

「まあ、人聞きの悪い。そんなに怒らないでくださいな」

ルナは優雅に扇で口元を隠し、クスクスと笑った。

「三日以内に、ルナミス帝国とは国交のない隣国の闇市場で換金して、すぐに逃げ帰ってくれば、足がつくことはありませんわ。つまり、ローリスク・ハイリターンの完璧な錬金術ですわよ♡」

「完全に国際指名手配犯の発想だろ!! リスク管理の欠片もねぇ!!」

リアンが頭を抱えて叫ぶ。

「五円玉を一生懸命磨いて『金貨だ!』と言い張るリーザも大概だが、偽金を作って国際的な経済を混乱させようとするルナ、お前もどっこいどっこいだ! 頼むから、俺のクラスから凶悪な経済犯罪者を出すな!」

「うぅ……私の純金……私のアイス棒……っ」

リーザがただの石ころ(予定)に頬ずりしながら号泣し、キャルルが「よしよし、後で私の人参を一本あげるからね」と慰めている。

クラウスは「平民の経済観念は恐ろしい……」とドン引きして壁際に避難していた。

(……ダメだこいつら。根本的に『稼ぐ』という真っ当なプロセスが欠如している。不良債権どもを放置しておけば、そのうち本当に国家レベルの犯罪に手を染めかねんぞ)

リアンはズキズキと痛む胃を押さえながら、大きく息を吐き出した。

「……いいか、お前ら。俺たちは今日で十歳になった」

リアンが、あえて一段低い、真剣な声のトーンで切り出した。その声の重みに、泣いていたリーザも、微笑んでいたルナも、ピタリと動きを止めた。

「十歳といえば、この世界ではもう立派な『大人への入り口』だ。毎日毎日、学園のタコ部屋で訓練ばっかりして、狭い世界で生きていく時期は終わったんだよ」

「リアン君……それって、どういうこと?」

キャルルが小首を傾げる。

「俺たちは、圧倒的に『実戦経験』と『真っ当な資金稼ぎの手段』が足りていない。……だから、そろそろ『バイト』たる行為を始めるべき時が来たってことだ」

リアンはニヤリと、前世の経営者のような不敵な笑みを浮かべた。

「バイト、だと……? リアン、まさかお前……」

クラウスが何かに気づき、目を見開く。

「ああ、そのまさかだ。俺たちSクラス全員で……『冒険者ギルド』に登録する。そして、正当な報酬(利益)を得るための、クラン活動を開始するぞ!」

十歳の誕生日。

それは、ルナミス学園史上最も厄介な不良債権集団が、外界ギルドへとその活動範囲(被害規模)を拡大させる、恐るべき宣言の瞬間であった。

ここから、リアン・シンフォニアの次なる損益計算の舞台——荒くれ者たちが集う冒険者ギルドでの、波乱に満ちた新たな日常が幕を開けるのである。

読んでいただきありがとうございます。

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