EP 20
祭りの後の静寂と、白日の下に晒される黒歴史
狂乱とカオスの夜が明け、豊穣の地・ポポロ村に爽やかな朝の陽光が降り注いでいた。
小鳥たちがチュンチュンと愛らしい声で囀り、秋の涼やかな風が、木々の葉を優しく揺らしている。
まさに、絵に描いたような平和な農村の朝の風景であった。
だが、村の広場に張られたSクラス用の大型テントの中だけは、お通夜のような重苦しく、そして絶望的な空気に包まれていた。
「……うぅっ……」
「……あぁ……」
テントの隅で、二つの簀巻き(すまき)のような物体が、床に転がって呻き声を上げている。
全身に包帯をグルグル巻きにされ、ミイラのような姿になっているのは、アルヴィン侯爵家の嫡男・クラウスと、Sランクの担任教師・ダイヤ・マーキスの二人であった。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさいっ! 私、満月を見るとどうしても血が騒いじゃって……二人にひどい怪我をさせちゃって……うわぁぁん!」
そのミイラ二体の前で、月兎族のキャルルが、お手製の人参柄ハンカチで顔を覆いながらボロボロと大泣きしていた。
ウサギの耳は完全に垂れ下がり、昨夜の『暴走ヤンキー村長』の面影は微塵もない。いつもの純真無垢で心優しい少女の姿に戻っていた。
「気に病むことはありませんわ、キャルルちゃん。私の『自然魔法』で折れた骨も破裂した内臓も、無理やり定位置にくっつけておきましたから♡ 少し寿命が縮んだかもしれませんが、見た目は元通りですわよ」
エルフのルナが、ふわりと微笑みながら恐ろしい医療ミス(コンプラ違反)の報告をしている。
「……肉体の傷は、どうでもいいんだ」
包帯の隙間から、クラウスが虚ろな目で天井を見つめながら呟いた。
「えっ……クラウスくん?」
「肉体の痛みなど、貴族の精神力をもってすれば耐えられる……。だが、だが……!!」
クラウスは突如として包帯のままガバッと身を起こし、両手で頭を抱え込んだ。
「思い出した……! 昨日の夜、パフェの糖分とキャルルの蹴りで有耶無耶になっていたが……一晩寝て、完全に頭がクリアになったことで、自分がメロロン畑でしでかした『あの所業』を、鮮明に思い出してしまったんだ……!!」
クラウスの脳内に、昨日の自分の姿が高画質でフラッシュバックする。
剣を放り出し、巨大なメロンに頬擦りをして、涙声で『もっと褒めてよぉ!』『メロロンは優しいなぁ♡』とデレデレに甘え腐っていた、限界キャバクラおじさんのような己の無様な姿が。
「あああああああッ!! 殺してくれ! 誰か僕の記憶を消してくれ!! 侯爵家の次期当主たる僕が、果物相手に幼児退行して甘え散らかすなど……! 腹を切る! 武士として(?)腹を切って詫びるしかない!!」
クラウスがテントの床をゴロゴロと転げ回りながら、身悶えして絶叫する。
「……クラウス、貴様だけではないぞ……」
その隣で、ダイヤもまた、死んだ魚のような目でゆっくりと身を起こした。
「私も……思い出した。メロンに壁ドンされて、顔を真っ赤にして……『一生ついていきますぅ♡』と……。二十年間、剣の修行と節約生活しかしてこなかった私の、大切に守ってきた『初めての乙女心(初恋)』を……果物に……捧げてしまった……!!」
ダイヤは両手で顔を覆い、ボロボロと涙をこぼした。
「嫌だぁぁぁ! Sランクの異名が泣く! 『紅蓮の戦乙女』じゃなくて『メロンの夢女子』なんて呼ばれるようになったら、恥ずかしくて賞金稼ぎなんてやってられないよぉぉっ!!」
肉体の痛みよりも遥かに重い、致死量の『精神的ダメージ(黒歴史)』。
昨日のアドレナリンと狂乱の宴が過ぎ去ったことで、白日の下に晒された自身の恥態に、Sクラスの二大戦力は完全に発狂しかけていた。
「うるせぇ!! 朝からテントを揺らすな!!」
そこへ、怒声と共にテントの入り口がバサッと開かれた。
立っていたのは、純白のエプロン姿のリアン・シンフォニアである。彼の手には、大きなお盆に乗せられた巨大な土鍋と、湯気を立てる木製の器がいくつか乗せられていた。
「リアン……っ! お前は、僕のあの無様な姿を……見たのか……?」
クラウスが縋るような目でリアンを見上げる。
「ああ、特等席でバッチリな。お前がメロンに『僕、天才かなぁ?』って媚び売ってたのも、ダイヤ先生が『プリンスゥ♡』ってアーマー脱ぎ捨ててたのも、俺の脳内ハードディスクに高画質・高音質で永久保存されてるぞ」
リアンは悪魔のような笑みを浮かべ、容赦なく二人の傷口に塩(事実)を塗り込んだ。
「ぎゃあああああああッ!!」
二人が再び頭を抱えて床を転げ回る。
「まあ、安心しろ。俺はこのクラスの『不良債権』の扱いには慣れている。このスキャンダル(黒歴史)を外部に漏らすことはない。……その代わり、今後の学園生活で俺の『事業』に協力してもらう時の、強力な交渉材料として使わせてもらうがな」
リアンの前世の『簿記一級』と『敏腕経営者』の顔が覗く。
(最強の武力を持つ二人を、これで完全に掌握できる。……これ以上の黒字はないな)
「お前は本当に九歳の子供か……! 悪魔め……っ!」
ダイヤが恨みがましい目を向けるが、リアンは全く意に介さず、お盆をテーブルの上に置いた。
「ほら、起きて顔を洗え。朝飯ができたぞ」
リアンが土鍋の蓋を開けた瞬間。
ふぁっ……と。
テントの中に、胃袋を優しく包み込むような、極上の出汁の香りが広がった。
「これは……?」
クラウスがピタリと動きを止める。
「ポポロ村特産の『太陽芋』と、朝引きの地鶏の出汁でコトコト煮込んだ、三ツ星シェフ特製の『滋養強壮・黄金リゾット』だ」
リアンは器にリゾットを取り分けながら、説明を添える。
「昨日はメロロンの強烈な糖分と、ルナのデタラメな回復魔法で、お前らの内臓はパニック状態(大赤字)になっている。弱った胃腸の粘膜を保護し、肉体の本来の活力を呼び覚ますには、こういう『優しい食事』が一番なんだよ」
「……リアン……」
ダイヤがゴクリと喉を鳴らし、震える手でスプーンを受け取った。
黄金色に輝くスープをたっぷりと吸い込んだ米粒と、ホロホロに崩れた太陽芋。
一口食べた瞬間、二人の全身に、文字通り『命の温もり』が染み渡っていった。
(美味しい……! 昨日のパフェの暴力的な甘さとは違う、体の芯からじんわりと温めてくれるような、深い旨み……!)
クラウスの目から、今度こそ純粋な感動の涙がこぼれ落ちた。
(黒歴史の羞恥でズタボロになった心が、出汁の優しさで修復されていく……。あぁ、やっぱり私は、メロンの甘い言葉なんかより、この教え子が作る温かいご飯の方が、ずっとずっと幸せだ……っ!)
ダイヤもまた、無言でリゾットをかき込みながら、ボロボロと泣きながら咀嚼を続けた。
「ふん。相変わらず、食い意地だけは一人前だな」
リアンは呆れたように肩をすくめながらも、シェフとして客が料理を美味そうに食べる姿を見るのは、決して悪い気はしなかった。
その時。
「——朝ごはんですの!?」
テントの奥で丸まっていた芋ジャージが、匂いに釣られてゾンビのように跳ね起きた。
昨夜、あれだけの量のメロロンを胃袋にブラックホールのように収めたはずのリーザである。
「リゾット! お腹に優しい黄金リゾットですわね! リアン様、私の分はどこですの!?」
リーザがよだれを撒き散らしながら、お椀を持ってリアンに迫る。
「お前の胃袋はどういう構造になってるんだよ……! ほら、鍋ごと食え!」
リアンが呆れて土鍋を渡すと、リーザは歓喜の声を上げて顔面から土鍋に突っ込んでいった。
「ふふっ、みんな元気になってよかったですわ♡」
ルナがお茶を啜りながら微笑み、キャルルも「よかったぁ……みんな、ごめんね」と安心したように笑った。
「さて……腹ごしらえが済んだら、撤収作業だ」
リアンはエプロンを外し、気合を入れるようにパンッと両手を叩いた。
「ポポロ村の長老との契約通り、大量の『安全処理済みメロロン』を帝都の市場へ搬送する。荷車の護衛と馬車の運転は、そこの包帯ミイラ二人に任せるぞ。こき使ってやるから覚悟しろよ」
「……あぁ、分かっている。この黒歴史を消してくれるのなら、馬車馬のように働こう」
「リアン様、一生ついていきますぅ……」
完全にリアンの掌の上で転がされることを受け入れた二強の姿に、リアンはニヤリと笑った。
豊穣のポポロ村の朝。
Sクラスの抱える『特大の不良債権』たちは、三ツ星シェフの極上の朝食によってなんとか社会復帰を果たし、いよいよ莫大な利益を積んだ帰路の準備が始まるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




