EP 19
満月の狂乱と、月兎村長の愛ある「ご指導」
リアン・シンフォニアによる魔法のような解体ショーと、至高のメロロン・フルコースによって、ポポロ村の収穫祭は最高潮の盛り上がりを見せていた。
「美味しい! 美味しいですわーッ!!」
広場の中央では、リーザが両手にメロロンの果肉を抱え、まるでリスのように頬袋を膨らませて咀嚼を続けている。彼女の周囲には、すでに食べ終えたメロロンの皮が小山のように積み上がっていた。
「リアン、おかわりだ! メロロンと猪肉の生ハムをもう一皿頼む!」
「僕にはパフェの追加を! この究極の甘味こそが、僕の傷ついたノブリス・オブリージュを癒やしてくれる……ッ!」
完全に正気を取り戻し、むしろ食欲の虜となったダイヤとクラウスが、空になった皿を突き出してリアンに迫る。
「うるせぇ! 俺は給食のおばちゃんじゃないんだぞ! 食べるなら自分で切って盛り付けろ!」
リアンは怒鳴り返しながらも、魔法ポーチから追加の生ハムを取り出し、手際よく調理を続ける。前世のシェフの血が騒いでいるのか、文句を言いながらもその顔はどこか楽しげだった。
(まあ、Sクラスの連帯感への投資だと思えば、この程度の労働コストは安いもんだ)
リアンが密かに損益計算を回し、小さく息を吐いた時だった。
『——ウォォォォォォォッ!!』
突然、広場の外れで警備に当たっていた三大国(ルナミス、アバロン、レオンハート)の駐留兵士たちが、地鳴りのような野太い歓声を上げた。
「ん? なんだ、暴動でも起きたか?」
リアンが包丁を止め、視線を向ける。
夜空には、雲一つない澄み切った秋の空に、巨大で美しい『満月』が燦然と輝いていた。
そして、その満月の光を全身に浴びて、広場の中央にあるお立ち台(リーザが使っていたみかん箱)の上に、一人の少女が立っていた。
月兎族の村長、キャルル・ムーンハートである。
普段は『星の王子様』のような純真無垢な笑顔を絶やさない彼女だが、今は違った。
そのウサギの耳はピンと天を突き刺すように逆立ち、瞳はギラギラとした好戦的な光を放っている。そして何より、足元に履いた特注の安全靴(タローマン製)の金属芯が、満月の光を反射して凶悪に鈍く光っていた。
「さあ! ポポロ村の腑抜けた野郎共ォ! 今月も気合を入れ直す時間だよォォッ!!」
キャルルが、普段のふわふわした声からは想像もつかない、ドスの効いたヤンキーのような大声を張り上げた。
「「「オオオオオオオオッ!! キャルル姐さん、お待ちしておりましたァッ!!」」」
屈強な兵士たちが、涙を流しながらキャルルの前に一列に並び、自ら進んで四つん這いになった。
「な、なんだあの異様な光景は……!?」
パフェを頬張っていたクラウスが、スプーンを落として絶句する。
「あー……忘れてた。今日は『満月』か」
リアンは額に手を当て、深い溜め息を吐いた。
「月兎族は、満月の夜になると野生の血が騒いでハイテンションになり、理性が吹き飛ぶ戦闘狂になるんだ。特にキャルルは、そのストレスを村の兵士たちへの『愛あるご指導(物理)』で発散させている」
「ご、ご指導だと……?」
ダイヤが嫌な汗を流す中、キャルルの『ご指導』が幕を開けた。
「一列目、歯ァ食いしばれェッ! 『月影流・流星蹴り』ィィッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
キャルルの安全靴が、四つん這いになった兵士の尻にクリーンヒットした。
推定三万ジュールを超える物理的衝撃により、兵士の体が空高く打ち上げられ、広場の端にある干し草の山に頭から突き刺さる。
「ぐはぁッ……! あ、あぁ……キャルル村長の、重たい一撃……最高だぜ……ッ(気絶)」
「よし次! 気合が入ってないよ! 『月影流・乱れ鐘打ち』ィィッ!!」
ダダダダダダダッ!!
「「「アッハァァァァン!! ありがとうございます、村長ォォォ!!」」」
次々と宙を舞う兵士たち。
そして、気絶した兵士たちのもとへ、ルナがウキウキとした足取りで近づいていく。
「まあまあ、皆様お怪我をして可哀想に。私の『自然魔法』で、すぐに内臓まで元通りにして差し上げますわ♡ もちろん、治療費は後日請求させていただきますけれど」
ルナのコンプラ違反すれすれの治癒魔法により、骨折した兵士たちが一瞬で全回復し、再びキャルルの列へと並んでいく。
安全靴による物理破壊と、エルフによる完全回復。
この「恐怖と快楽の無限ループ(地獄)」こそが、三大国の兵士たちを束ね、ポポロ村の治安を完璧に維持している真のシステムであった。
「……狂っている。これが、この村の……いや、タコ部屋の女たちの真の姿なのか」
クラウスが顔面を蒼白にして震える。
「ヤバい、逃げるぞクラウス! 今のあいつは、ただの理不尽な暴力装置だ!」
ダイヤが危険を察知し、クラウスの襟首を掴んでこっそりと広場から離脱しようとした。
しかし、満月の光を浴びた月兎族の動体視力から逃れることは不可能だった。
「おやァ? そこのSクラスの二強さん。どこに行くのかなァ?」
スッ、と。
逃げようとした二人の目の前に、いつの間にかキャルルが立ち塞がっていた。
その安全靴のつま先が、地面の石畳を粉々に砕いている。
「ひぃッ!?」
「キャ、キャルル! 私だ、担任のダイヤ先生だぞ! 落ち着け!」
「先生ェ? 貴族ゥ?」
キャルルは首をコキッと鳴らし、満面の、しかし全く笑っていない瞳で二人を見据えた。
「さっきまでメロンにたぶらかされて、デレデレの腑抜けになってた奴らが、将たる者を語るんじゃないよォ!! あんたらの緩みきった精神、私が一から叩き直してあげるよォォッ!!」
「いやあああああ!! 私の純情はもうボロボロなんだよぉぉ!!」
「リアン! 助けてくれリアン! 僕は侯爵家の嫡男——ぐほぁッ!!」
キャルルの『流星脚』が、二人のSクラス強者に容赦なく襲い掛かる。
悲鳴と打撃音が入り混じる中、リアンはその光景を完全に「必要経費(見ざる・言わざる・聞かざる)」として脳内からシャットアウトした。
「リアン殿、その……本当によろしいので? 学園の先生と、侯爵家のご子息が空を飛んでおりますが……」
ポポロ村の長老が、冷や汗を拭いながら尋ねてくる。
「気にしないでくれ。あれも彼らの精神を鍛えるための『課外授業』の一環だ。……それより長老、さっきの商談の続きだが」
リアンは白紙の羊皮紙を取り出し、万年筆を走らせ始めた。
そこには、前世の簿記一級の知識をフル活用した、完璧な『独占卸売契約書』の文面が記されていく。
「今回、俺たちが収穫(蹂躙)したメロロンだが。村で消費する分を除いたすべての在庫を、俺の独自のルートで帝都の闇市場と高級ホテルへ卸す。……利益の配分は、村が四割、俺たちSクラスの活動資金が六割。流通のコストとリスクを俺が被ることを考えれば、極めて妥当な数字(損益分岐点)だと思うが、どうだろう?」
「ろ、六割……! しかし、あの魔の果実を安全な状態に加工できるのはリアン殿の神業あってこそ。村としても、廃棄するはずだった作物が金貨に化けるなら、異存はありませんぞ!」
長老が、震える手で契約書にサインを書き込む。
(よし! 契約成立だ!)
リアンは心の中でガッツポーズを取った。
(これで、当面の活動資金……いや、ルナのコンプラ違反やリーザの食費で発生する莫大な『不良債権』を補填するための、潤沢な内部留保が確保できた! 神々の『自動販売機化』の運命から逃れるための、強固な経済基盤の第一歩だ!)
リアンが完璧な黒字決算にほくそ笑んでいる横で。
「アハハハハハッ! もっと高く飛びなよォ、クラウス君ンンッ!!」
「メロンより怖い! メロンよりウサギが怖いよぉぉ!!(号泣)」
「私のアーマーが! 高かったのにぃぃっ!(絶叫)」
満月の夜空の下。
狂乱の月兎の蹴撃音、回復魔法の光、人魚の歌声、そして巨額の契約が交わされるペンの音。
ポポロ村の収穫祭は、ルナミス学園Sクラスの規格外のカオスをすべて飲み込みながら、狂騒と歓喜のままに更けていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




