EP 18
三ツ星シェフの解体ショーと、至高のメロロン・フルコース
魔の農作物が牙を剥いたポポロ村のビニールハウス制圧から数時間後。
夕暮れ時を迎えたポポロ村の中央広場には、村人たちとSクラスの生徒たちが大興奮の面持ちで集まっていた。
広場の中央にそびえ立つのは、リーザの暴走によって根こそぎ引っこ抜かれた『メロロン』の山である。
そして、その巨大なフルーツの山の前に、純白のエプロン(魔法ポーチに常備している前世の愛用品)を身につけたリアン・シンフォニアが立っていた。
「さあ、不良債権の処理を始めるぞ」
リアンの手には、業物として知られるドワーフ製のショートソード……ではなく、前世から魂に刻み込まれた、極上に研ぎ澄まされた『三ツ星シェフの牛刀(マイ包丁)』が握られている。
「リアンくん、本当に大丈夫なの? メロロンはチャームの声を出せなくなっても、果肉そのものに幻覚成分が残ってるはずだよ?」
キャルルが心配そうに尋ねるが、リアンはニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべた。
「安心しろ。前世の……いや、俺の料理知識と計算によれば、メロロンのチャーム成分と幻覚毒素は、中心の『種』と『ワタ』、そして果皮の裏側数ミリに完全に集中している。そこさえミリ単位の精度で削り落とせば、ただの極上フルーツに成り下がるってことだ」
リアンはまな板の上に大玉のメロロンをドンッと置くと、目にも留まらぬ速さで包丁を振るった。
トトトトトッ!!
小気味よい、しかし人間業とは思えないほどの高速の刃音が広場に響き渡る。
「すごい……! 刃が全くブレていないわ!」
「あんなに硬い果皮を、まるで紙でも切るように……っ!」
クラスメイトたちがどよめく中、リアンの手元では魔法のような解体ショーが繰り広げられていた。
チャーム成分の塊であるワタを、スプーン型の専用魔道具で一滴の果汁もこぼさずにえぐり出す。
さらに、得意の『炎魔法(超弱火)』を指先に宿し、残った僅かな毒素をピンポイントで熱分解していく。
「仕上げは『自然魔法』による急速冷却だ!」
リアンが手をかざすと、カットされたエメラルドグリーンの果肉が一瞬にしてキンキンに冷やされ、表面に美しい霜が降りた。
「第一の皿、『純生メロロンのコールドプレスジュース』だ!」
リアンが魔法のミキサーで撹拌し、グラスに注いだ黄金色の液体。
それを一番にひったくったのは、当然ながら、フォークとナイフを両手に持って一番前で待機していた芋ジャージの少女だった。
「いただきますわーーッ!!」
リーザはグラスを両手で持ち、一気に喉の奥へと流し込んだ。
ゴキュッ、ゴキュッ、プハァッ!!
「——ッ!? な、なんですのこの味はぁぁぁッ!!」
リーザの全身から、凄まじい光のオーラが立ち昇った。
「砂糖を一切使っていないのに、脳天を突き抜けるような強烈な甘み! なのに後味は雪解け水のようにスッキリとしていて、胃袋の底から無限の活力が湧いてきますわ! 美味しい! 美味しすぎますわー!!」
チャームの毒素を抜かれたメロロンは、純粋な『疲労回復』と『魔力増幅』のバフ効果だけを残す、超一級品のポーションへと変貌していた。
「さあ、どんどん行くぞ。第二の皿、『メロロンと熟成生ハムの冷製オードブル』!」
リアンは薄くスライスしたメロロンに、ポポロ村の村長の権限で蔵から出させた最高級の猪肉の生ハムをふわりと乗せ、上から黒胡椒とオリーブオイルを散らした。
「甘みと塩気の絶対的なコントラスト(損益分岐点)! 果肉のジューシーさが生ハムの脂を溶かし、無限に食べられる永久機関だ!」
「お、美味しい……! なんだこれ、ほっぺたが落ちそうだよ!」
「私のお友達(毒草)も、この甘さには完敗ですわ♡」
キャルルとルナも、目を輝かせながらオードブルを口に運んでいる。村人たちやSクラスの生徒たちも、安全で極上の味に歓喜の声を上げ、広場は完全な『大豊穣祭』の様相を呈していた。
だが、そんな狂騒の広場の片隅。
巨大なオークの木の陰で、二人きりで体育座りをし、地面に「のの字」を書いている者たちがいた。
Sクラスの誇る二大戦力、クラウスとダイヤである。
「……あぁ……僕の、僕のメロロン……」
クラウスの目は完全に死んでいた。
「僕に『えらい、えらい』と言ってくれたあの優しいクイーンは、もう居ない……。僕はまた、ノブリス・オブリージュの冷たい世界で、一人で生きていかなければならないのか……っ」
完全にメロンのキャバクラに依存してしまった男の末路である。
「……プリンス……」
ダイヤもまた、紅蓮のアーマーを泥だらけにしたまま、虚ろな目で宙を見つめていた。
「初めて私を『女の子』として扱ってくれた……。あんなに優しく壁ドンしてくれたのに……リーザに……食べられちゃった……っ。私の初恋、メロンと一緒に消化されちゃったよぉ……」
こちらは、人生初の失恋(相手は果物)に心を粉々に砕かれた限界純情乙女である。
二人の周囲には、どんよりとした暗黒のオーラが漂い、誰も近寄れない空気を形成していた。
「おい、いつまでそこで腐ってんだよ。不良債権コンビ」
そこへ、両手にキンキンに冷えた器を持ったリアンが、呆れ顔で歩み寄ってきた。
器の中には、本日のメインディッシュ——『究極の完熟メロロン・パフェ』が盛り付けられている。くり抜いた半玉のメロンを器にし、その上にバニラアイス、特製生クリーム、そして宝石のように輝くメロロンの果肉が山のように積まれた、三ツ星シェフ渾身のスイーツだ。
「ほら、お前らも食え。タダ飯だぞ」
リアンが二人の前にパフェを差し出す。
「ひぃッ!?」
「いやだ! 見せないでくれ!」
クラウスとダイヤは、メロロンの果肉を見た瞬間、ビクッと体を震わせて後ずさりした。
「もう……もう僕を甘やかさないでくれ……! これ以上その甘い果肉に触れたら、僕は一生、剣を握れなくなってしまう……っ!」
「そうだよリアン! 私からこれ以上、女の純情を奪わないでくれ! プリンスがいない世界で、どうやってこのパフェに向き合えばいいんだ……っ!」
「お前ら、いい加減にしろ! 相手はただの植物だぞ!」
リアンは青筋を立てながら、怒鳴りつけた。
「チャームの毒素は俺が完璧に抜いた! 今のお前らの前にアンのは、お前らを甘やかすホストでもキャバ嬢でもねぇ! ただの『美味えメロン』だ! 四の五の言わずに口を開けろ!!」
リアンは、有無を言わさぬ強引さで、スプーンに山盛りにしたパフェを、クラウスとダイヤの口にそれぞれ突っ込んだ。
「んぐっ!?」
「むぐぅッ!?」
二人の口内に、強引にメロロンの果肉とアイスクリームが押し込まれる。
トラップにかかった小動物のように目を白黒させていた二人だったが——。
ピタリ、と。
その動きが、完全に停止した。
(な、なんだこの……圧倒的な美味さは……!?)
クラウスの脳内に、衝撃が走る。
(メロロンジュースの比ではない! リアンの完璧な温度管理によって引き出された果肉の極限の甘みと、特製クリームのまろやかさが、口の中で完璧なハーモニーを奏でている! 幻覚の『甘やかし』などではない……これは、料理人の腕と計算によって構築された、物理的かつ絶対的な『至福』だ!!)
「……っ!」
ダイヤの目からも、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
(美味しい……! 毎日食べていた冷たいMREの味が嘘みたいに……私の細胞の隅々にまで、甘くて優しい味が染み渡っていく……。プリンスがくれた幻の幸せなんかより、ずっと、ずっと本物の温かさだ……っ!)
「どうだ? 俺のパフェの利益率(味)は」
リアンが腕を組んで見下ろすと、二人はスプーンを握りしめ、パフェの器に顔を突っ込むようにして猛然と食べ始めた。
「う、美味い……! 美味いよ、リアン……っ! 僕は、僕はまだ戦える……! こんなに美味しいものを食べられるなら、ノブリス・オブリージュの重圧にも耐えてみせる……っ!」
「うわああああん! リアンのバカヤロー! なんでこんなに美味しく作るんだよぉ! プリンスのことなんかどうでもよくなるくらい、最高じゃないかぁぁ!」
涙と鼻水とメロンの果汁で顔をぐしゃぐしゃにしながら、Sクラスの二大戦力は、三ツ星シェフの料理によって見事に「正気」と「活力」を取り戻したのだった。
「ふん。現金な奴らだ」
リアンは二人を見下ろしながら、小さく鼻で笑った。
(だがまあ、これでクラスの主力戦力は無事に回復した。村の危機も救ったし、何より……)
リアンは、広場の端に積み上げられた、自分が解体・加工した『安全なメロロン果肉の氷温保存ボックス』の山に視線を向けた。
(あれだけの量の極上メロロンを、帝都の闇市場や高級レストランのルートに卸せば……純利益で金貨数百枚は下らない。男爵家の活動資金としては、過去最大の特大黒字だ)
夜空にポポロ村の満月が昇り、広場にはリーザのアンコールライブの歌声と、村人たちの陽気な笑い声が響き渡っている。
「秋の収穫祭、大成功だな」
リアンはエプロンの紐を解きながら、満たされた思いで夜空を見上げた。
若き将の慢心も、純情戦乙女の黒歴史も、すべてを極上の甘みで包み込んだポポロ村の課外授業。
リアン・シンフォニアの緻密な損益計算は、今日もまた、世界を大黒字へと導いたのだった。




