EP 17
絶対捕食者降臨と、大収穫祭という名の蹂躙
『——どいてくださいませええええええええッ!!』
防音結界が張られたメロロン畑の西区画。
限界夢女子と化したダイヤ・マーキスと、限界キャバクラおじさんと化したクラウス・アルヴィンという二大戦力が完全に無力化され、リアンが頭を抱えていたその時。
背後の葉のカーテンを物理的にぶち破り、極貧地下アイドルの人魚姫・リーザが弾丸のような速度で突っ込んできた。
「果物……! 甘い、甘い高級フルーツが……そこにありますわねぇぇ!!」
芋ジャージの胸元には大量によだれが染み込み、その瞳は完全に血走り、獲物を狙うサメのそれへと変貌している。
彼女の脳内には『無料で食べられるご馳走』という計算式しか存在せず、Sランク戦士すら陥落させる魔の果実のチャームなど、入り込む隙間は一ミリたりともなかった。
その異様な闖入者に、ダイヤを腕の中に抱いていた『プリンスメロロン』が怪訝そうに果実を揺らした。
『……なんだい、騒々しいお姫様だ。だが、君の瞳の奥にも深い飢えが見える。君も、僕の愛で満たして——』
「愛じゃ腹は膨れませんわ!! カロリーを! 糖分と果汁をよこしなさい!!」
『えっ』
プリンスメロロンの甘いイケメンボイスを、リーザは食い気味の絶叫で物理的にかき消した。
さらに、東区画からクラウスを侍らせて様子を見に来た『クイーンメロロン』も、リーザに向かって母性たっぷりの声を投げかける。
『まあ……そんなにガツガツして、可哀想に。毎日貧乏で辛かったのね。私がいっぱい甘やかしてあげるから、こっちへいらっしゃ——』
「同情するなら現物をくださいませ!! 貴方たち、市場に出せば一つ金貨数十枚は下らない超高級食材ですわね!? 私の胃袋という名のVIP席にご案内してさしあげますわ!!」
『……えっ? いえ、私たちは果肉じゃなくて、ジュースで君を依存させて……』
「ジュースより果肉ですわ!!」
リーザは愛用の『みかん箱』を地面に叩きつけるように置き、その上に勢いよく飛び乗った。
手にはマイク代わりの太い木の枝。健康サンダルがリズムを刻む。
「さあ! 私のディナータイム(オンステージ)の始まりですわ!!」
リーザが大きく息を吸い込み、ポポロ村のビニールハウス中に響き渡る大音量で、持ち歌である『Love & Money』を熱唱し始めた。
「株券欲しい♪ お城も欲しい♪(Buy Now! Buy Now!) 貴方の愛(と果肉)で輝いていける~!」
人魚族の王族に伝わる、魔力を乗せた音波攻撃。
しかも今回の歌には、彼女の二十年間(前世含め)の「貧困への恨み」と「高級食材への底なしの強欲」が120パーセントの出力で込められていた。
ビリビリビリッ!!
リーザの歌声から放たれる『強欲のオーラ』が、メロロンたちが展開していた甘く妖艶なチャーム空間を、文字通り物理的な衝撃波として粉砕していく。
「す、すげぇ……」
結界の外から見ていたリアンが、戦慄と共に目を剥いた。
「精神攻撃の波動を、それより遥かに純度の高い『食欲(マズローの欲求の最底辺)』で上書きして相殺しやがった! あのバカ魚、ついに生態系の頂点に立ちやがったぞ!!」
「えへへ、リーザちゃんのライブ、今日も大盛り上がりだね!」
「森のお友達も、リーザちゃんの食欲にはドン引き……いえ、感心しておりますわ♡」
キャルルとルナがペンライト代わりに毒草を振り回して応援する。
一方、チャームの空間が破壊されたことで、魔法にかけられていたクラウスとダイヤの脳内に、急速に「正気」が戻り始めていた。
「ハッ……! ぼ、僕は一体何を……?」
クラウスが涙で濡れた顔を上げ、呆然と周囲を見渡す。
「あ、あれ……? プリンス……? 私、なんで武器を捨てて、メロンに抱きついて……?」
ダイヤもまた、真っ赤になった顔のまま、自分の置かれている状況(果物に壁ドンされている)に気づき、小刻みに震え出した。
だが、二人が完全に我に返るよりも早く、絶対捕食者の蹂躙が始まった。
「いただきまぁぁぁぁす!!」
みかん箱から跳躍したリーザが、プリンスメロロンの太いツルをガシッと掴み、凄まじい馬鹿力で地面から引っこ抜いたのだ。
『なっ!? やめ、やめろ! 僕のスマートなツルが千切れる!』
イケメンボイスで悲鳴を上げるプリンスメロロン。
「スマートなのは私の財布の中身だけで十分ですわ!! オラァッ!!」
ブチブチブチッ!!
リーザはプリンスメロロンの果皮に躊躇なく齧り付き、そのエメラルドグリーンの果肉を野獣のように貪り食い始めた。
『ぎゃあああああああッ!! ボ、僕の美しいフォルムがああああっ!!』
「美味しい! 美味しいですわ!! 溢れ出る果汁! とろけるような甘み! これぞ勝者の味ですわー!!」
「プ、プリンスゥゥゥ!?」
ダイヤが目玉が飛び出るほど驚愕し、絶叫した。自分がたった数秒前まで「一生ついていく」と誓い、愛を語り合っていた超絶イケメン(メロン)が、芋ジャージの少女にムシャムシャと咀嚼されているのだ。あまりのショックと絵面の酷さに、ダイヤは白目を剥いて硬直した。
さらにリーザの蹂躙は止まらない。
「次はそこのお母さま(クイーン)ですわね!!」
『ひ、ひぃぃぃっ!? こないで、来ないでぇ! 私のジュースをあげるから、どうか命だけは……!』
クイーンメロロンが震え上がり、クラウスの背後に隠れようとする。
「ジュースは食後のデザートにいただきますわ!!」
リーザはクラウスをボウリングのピンのように蹴り飛ばし、クイーンメロロンを鷲掴みにした。
「ああっ!? ぼ、僕の癒やし(メロロン)が……!!」
地面を転がったクラウスが、伸ばした手の先で、クイーンメロロンが真っ二つに割られ、リーザの胃袋へと消えていくのを目撃した。
『いやああああ……誰か、誰か助け……ガクッ』
「ごちそうさまでした!! さあ、次はどこのベビーメロロンから食べてさしあげましょうか!?」
口の周りを果汁でベタベタにしたリーザが、血走った目でハウス中のメロンをギロリと睨みつける。
『『『ヒィィィィィィィッ!! バケモノだぁぁぁぁぁっ!!』』』
先ほどまで甘い声で人間をたぶらかしていた魔の果実たちが、本物の恐怖に顔(果皮)を歪め、ツルを器用に使ってビニールハウスの隅へと蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。
「待ちなさい! 一個たりとも逃しませんわよ!! 金貨! 私の金貨ぁぁぁ!!」
リーザが奇声を上げながら、逃げ惑うメロンたちを片っ端から捕獲し、次々と物理的に引っこ抜いていく。
もはやそこにあるのは、魔の果実による精神汚染の脅威ではない。ただの「飢えた猛獣による収穫(という名の捕食)風景」であった。
「……よし。チャームの脅威は完全に去ったな」
防音結界を解除し、リアンが悠然とハウスの中へと足を踏み入れた。
「リアンくん……あの、リーザちゃんがメロロンを絶滅させちゃう前に、止めた方がいいんじゃないかな……?」
キャルルが苦笑いしながら尋ねるが、リアンはバックパック型の魔法ポーチを下ろし、中から愛用の『三ツ星シェフの包丁セット』をカチャリと引き抜いた。
「いや、止める必要はない。むしろここからが俺の出番だ。……おい、リーザ! 食べるのは上位種の二個だけにしておけ! 残りは市場に流す商品だ、傷をつけずに俺のところに持ってこい!」
「承知いたしましたわ!! シェフ、調理はお任せしますわよ!」
リーザが満面の笑みで、大量のメロロンを抱えてリアンのもとへ運んでくる。
「ふっ……魔の果実のチャーム成分は、中心の種の周囲に集中している。そこさえシェフの技術で完璧にくり抜けば、ただの極上フルーツだ。……さあ、不良債権の処理を終わらせて、特大の黒字を精製してやるぜ!」
リアンは目にも留まらぬ包丁捌きで、リーザが運んできたメロロンを次々と安全な食材へと解体・加工していく。
その鮮やかな手つきは、完全に九歳の子供のそれではなく、数々の修羅場を潜り抜けてきた厨房の支配者の姿だった。
一方。
ハウスの隅では、完全にチャームから覚醒したクラウスとダイヤが、自分たちのしでかした『限界まで甘え腐った黒歴史』の記憶がフラッシュバックし、顔面を蒼白にしていた。
「ぼ、僕は……メロン相手に……『もっと褒めてよぉ』などと……っ!」
クラウスが頭を抱え、地面に膝をついてガクガクと震え出す。
「わ、私は……っ! 銃を捨てて、『一生ついていきますぅ♡』と……っ! メロンに、メロン相手に……っ! うあああああああッ!!」
ダイヤに至っては、あまりの羞恥に耐えきれず、自らの手で地面に穴を掘り、そこに頭を突っ込んで「殺せ! もう私を殺してくれ!!」と叫びながら悶絶していた。
「まあ♡ お二人とも、とっても素敵な笑顔でしたのに。残念ですわ」
ルナがクスクスと笑いながら、二人の黒歴史を容赦なく抉る。
圧倒的な武力を誇る若き将とSランクの戦乙女が、果物の誘惑の前に完全敗北を喫し。
そして、それを救ったのは、底なしの強欲と食欲を持つ極貧アイドルであった。
豊穣のポポロ村、秋の収穫祭。
リアンの冷徹な損益計算と、タコ部屋の規格外な乙女たちによって、メロロン畑の制圧(蹂躙)作戦は、大盛況のうちに幕を閉じたのだった。




