EP 13
村長キャルルと、死と魅惑の農作業
ルナミス、アバロン、レオンハートの三大国が接する国境の緩衝地帯。
豊かな水源と温暖な気候に恵まれたその地、『ポポロ村』に到着したSクラスの一行を待っていたのは、村人たちによる熱狂的なまでの大歓迎だった。
「おおっ! キャルル村長がお戻りになられたぞーッ!!」
「村長! 先日は見事な『月光薬』……いや、愛のある熱い『ご指導』をありがとうございましたァッ!!」
「キャルル姐さん、一生ついていきますぜ!!」
村の入り口に馬車が着くや否や、屈強な農夫や、三大国の駐留所から派遣されている屈強な兵士たちが、涙を流しながらキャルルの前に平伏した。彼らの手には、村の特産品である太陽芋やポポロ・コーヒーの入った貢物の麻袋が握りしめられている。
「みんな、ただいま! 村の平和を守ってくれてありがとうね。ふふっ、今日も良いお天気でよかったぁ」
キャルルはお手製の人参柄ハンカチを振りながら、『星の王子様』のような純真無垢な笑顔で村人たちに応えた。
その光景を見たアルヴィン侯爵家の嫡男・クラウスは、深く感嘆の息を漏らした。
「素晴らしい。彼女はまだ九歳だというのに、領民からこれほどの敬愛と忠誠を集めているとは。まさにノブリス・オブリージュの理想を体現したような見事な統治だ」
「……クラウス、お前にはあれが『敬愛』に見えるのか? 俺の目には、完全に恐怖で調教された『ストックホルム症候群』の患者にしか見えないんだが」
リアン・シンフォニアは、前世の冷徹な目で村人たち(特に兵士)を観察し、ジト目で突っ込んだ。
満月の夜になるとハイテンションで暴走し、兵士たちを安全靴で半殺しにした直後に全回復させるという、キャルルの『地獄と天国カチコミルーティン』。その恐怖と快楽のバグによって、村の治安は皮肉にも完璧に保たれていたのだ。
「コホンッ!」
村人たちの歓迎が一段落したところで、紅蓮の戦乙女・ダイヤ・マーキスが一歩前に出て、わざとらしく咳払いをし、教官としての威厳を放った。
「さて、Sクラスの諸君。私たちは観光に来たわけではない。お前たちはいずれ『将』となる身。この村での農作業を通じて、現地での物資調達と兵站の重要性を——」
ダイヤが厳しい声で訓示を垂れている最中、彼女の視線は村人が差し出した『太陽芋のホクホク塩ゆで』の屋台に釘付けになっていた。ゴクリ、と喉を鳴らす音がリアンにまで聞こえてくる。
(威厳が食欲に負けかけてるぞ、このポンコツSランク……)
「あの、キャルル村長、それに学園の皆様」
そこへ、ポポロ村のまとめ役である恰幅の良い長老が、顔面を蒼白にしながら小走りで近づいてきた。
「よくぞ助けに来てくださいました。実は今年の収穫期、村の若手農夫たちが次々と『特別区画』から帰ってこなくなりまして……。このままでは、村の経済が回らなくなってしまいます!」
「特別区画? 一体、何の作物を育てている場所なんだ?」
クラウスが尋ねると、長老はブルブルと震えながら答えた。
「……魔の果実、『メロロン』の畑でございます」
その名を聞いた瞬間、キャルルの笑顔がスッと消え、ダイヤの目つきがスナイパーのように鋭くなった。
「メロロン、だと……?」
ダイヤが低く唸る。
「あの、自らの意思で動き、甘い声と果汁で人間を精神的に依存させるという、最悪のチャーム(魅了)特性を持った禁断のメロンか」
「はい……」
長老が血の涙を流しながら頷く。
「今年は発育が良すぎまして、畑の奥で『クイーンメロロン』と『プリンスメロロン』という上位種が複数発生してしまったのです。収穫に向かったベテランの農夫のおじさんたち三人が、すでに『女房とは別れてきた! 俺はこの子と一緒になるんだ!』と叫んで、畑に立てこもっておりまして……」
「なんと嘆かわしい!」
クラウスが眉を吊り上げ、腰の剣の柄を強く握りしめた。
「果物の誘惑に負け、家族を捨てて堕落するなど、人間としてあるまじき精神の脆弱さ! これだから平民は——いや、僕たち貴族が彼らを正しき道へ導かねばならない!」
「その通りだ、クラウス」
ダイヤもまた、腕を組んでフンと鼻を鳴らした。
「所詮は果物風情の精神攻撃。戦場という死地を潜り抜けてきた私の『五輪書』の精神力があれば、メロンごときにたぶらかされることなど、天地がひっくり返ってもあり得ない!」
若き将のプライドと、歴戦のSランク戦士の自負。二人の言葉は頼もしく響いた。
だが、リアンだけは別の意味で目を輝かせていた。
(メロロン……! 噂には聞いていたが、まさかお目にかかれるとは!)
前世の『三ツ星シェフ』の魂が、激しくドラムロールを打ち鳴らす。
(あれはチャームの毒素さえ完璧に抜き取れば、とろけるような甘さと芳醇な香りを併せ持つ、まさに世界最高峰のフルーツだ。帝都の闇市場に流せば、金貨数十枚で取引される超・高収益案件! ……完璧だ。この収穫バイト、絶対に特大の黒字にしてやる!!)
「果物……甘いメロン……それが、無料で……」
リアンの横では、芋ジャージ姿のリーザが完全に焦点の合っていない目で虚空を見つめ、ダラダラとよだれを垂らしていた。彼女の脳内にはすでに『恐怖』という概念はなく、『タダ飯』という二文字しか存在していない。
「森のお友達がいっぱいですねわ♡ 早くご挨拶したいですの!」
ルナもまた、コンプラ違反の魔法の杖を握りしめ、ウキウキとステップを踏んでいる。
「みんな、聞いて!」
キャルルがパンッと両手を叩き、全員の視線を集めた。
彼女の手には、大量の『耳栓』と『分厚い防音マスク』が握られていた。
「メロロンのチャームは、彼らの『声』を聞くことで発動するの。だから、畑に入る時は絶対に、絶対にこの耳栓とマスクをつけてね! 外したら、一瞬で心が持っていかれちゃうから!」
キャルルは真剣な表情で全員に耳栓を配っていく。
リアンは素直にそれを受け取り、キュッと耳の奥まで押し込んだ。前世の知識(リスク管理)が、現場のプロの忠告を無視する愚かさを知っているからだ。
「よし、全員装備したな。……行くぞ、Sクラス! これより、ポポロ村特別区画『メロロン畑』の制圧および収穫作戦を開始する!」
ダイヤの号令のもと、一行は村の奥にある、厳重なバリケードで封鎖された巨大なビニールハウス群へと歩を進めた。
ハウスの扉の前に立つと、すでに隙間から、むせ返るような甘い香りが漂ってきていた。
『……パパ、きてくれたの……?』
『お水、ほしいな……』
微かに漏れ聞こえる、庇護欲を掻き立てるベビーメロロンたちの声。
(なるほど、これが魔の果実……。確かに、油断すれば一瞬で精神をハッキングされそうだ)
リアンは耳栓の隙間から聞こえる声に身震いし、改めて気を引き締めた。
しかし、彼はこの時、まだ気づいていなかった。
自分が配った耳栓を、隣を歩く「ノブリス・オブリージュの貴族」と「紅蓮の戦乙女」が、どのような目で見ていたのかを。
豊穣のポポロ村、秋の収穫祭。
若き将たちのプライドが、果物の底なしの甘やかしによって無惨に粉砕される惨劇へのカウントダウンは、すでに始まっていた。
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