EP 11
勝利の後の冷酷な採点と、将たる者の条件
第七演習場の最奥に設置された陣地。
そこは今、歓喜と安堵の声で包まれていた。
「やった……本当にダイヤ先生に勝ったんだ!」
「リアン君たちが囮になってくれなかったら、最初のトラップで全滅してたよ……」
泥だらけになりながらも旗を囲むクラスメイトたちのもとへ、同じく泥に塗れたリアンとクラウスが合流した。
二人の胸には、無慈悲な『行動不能』を知らせたバッジが赤く点滅しているが、その表情には微かな達成感が浮かんでいた。
「よくやったな、お前ら。指示したルート通り、見事にトラップを抜けたじゃないか」
リアンが労いの言葉をかけると、クラスメイトたちは「リアン君! クラウス様!」と駆け寄り、彼らの『高潔な自己犠牲』を称賛した。
タコ部屋ガールズの三人も、無事に陣地へと到着していた。
キャルルはハンカチで汗を拭い、ルナは「ふふっ、森のお友達も大活躍でしたわ♡」と微笑み、リーザは「さあ! 勝ったからには、私のスパチャの集計に入りますわよ!」と計算を始めている。
「あぁ……僕らが囮になった甲斐があったというものだ。これぞ、貴族の……いや、トップに立つ者の責務だな」
クラウスが満足げに頷き、リアンもまた(損益分岐点ギリギリの投資だったが、最終的な利益(旗)は得られた。黒字決済だ)と密かに胸を撫で下ろしていた。
「——ずいぶんと、おめでたい頭をしているな」
陣地の空気を凍らせるような、冷たく鋭い声が響いた。
木々の影から姿を現したのは、担任のダイヤ・マーキスだ。彼女の紅蓮のアーマーには微かな煤がついているものの、Sクラス全員を相手にして息一つ切らしていない。
「ダイヤ先生……!」
「さて。採点を付けようか」
ダイヤは教え子たちを見渡し、ゆっくりと歩み寄った。
「ルール上は、全員が無事に生存し、制限時間内に旗を取った。お前たちの『勝利』だ」
その言葉に、生徒たちの顔がパッと明るくなる。
しかし、ダイヤの瞳には氷のような冷酷な光が宿っていた。
「だが、私が教官としてお前たちにつける点数は『ゼロ点(大赤字)』だ。……実戦であれば、お前たちはこの後、一人残らず死ぬことになる」
「えっ……!?」
クラスメイトたちが絶句する中、ダイヤの鋭い眼光が、リアンとクラウスの二人を射抜いた。
「リアン、クラウス。前へ出ろ」
促されるまま、二人が前に出る。
「お前たちはこのSクラスにおける純粋な戦闘力のトップであり、作戦を立案した指揮官だ。……そのお前たちが、開始数分で真っ先に囮になり、死んだ」
ダイヤは『天魔竜聖剣』の柄をコツコツと指先で叩きながら、容赦のない言葉を突きつけた。
「確かに、お前たちの自己犠牲によって本隊は時間を稼げた。キャルルたちという規格外のイレギュラーがいたおかげで、偶然にも旗まで辿り着くことができた。だが……『旗を取った後』はどうする?」
「旗を取った後……?」
クラウスが眉をひそめた。
「本当の戦は、拠点を落として終わりではない。そこからの防衛、あるいは本国への撤退戦が必ず待っている。……トップであるお前たちが死んだ後、残されたこの十七名の兵士たちは、誰の指揮に従い、どうやって本国へ帰るんだ?」
「あっ……」
リアンとクラウスの顔から、スッと血の気が引いた。
「優秀なトップを失った部隊は、わずかな不測の事態でいとも容易くパニックに陥り、瓦解する。お前たちが自分の命を安い『捨て駒』として消費した結果、残された者たちには『指揮系統の崩壊』という絶望だけが押し付けられたのだ」
ダイヤはクラウスの胸ぐらを軽く小突いた。
「クラウス。自分が死んで道を切り拓くことが、貴族の義務だと思っているのか? それはただの自己満足だ。真のノブリス・オブリージュとは、自分が生き残り、最後まで民を導き続けるという『呪い』を背負うことだ」
「……ッ」
クラウスは雷に打たれたように目を大きく見開き、ギリッと強く拳を握りしめた。己の「高潔な犠牲」が、実は最も無責任な行為であったという真実に直面し、彼の誇りが音を立てて崩れ去っていく。
続いて、ダイヤの視線がリアンへと向けられる。
「リアン。お前は冷徹な計算で自分を『コスト』として切り捨てたようだがな。……有能な将が己の命を損切りするなど、経営戦略として三流以下だ」
(——!!)
リアンの脳内に、前世の『簿記一級』の真理が、鈍器で殴られたかのような衝撃と共に閃いた。
(そうだ……俺のコスト計算は『単年度の黒字(目先の旗)』しか見ていなかった! 会社のトップである俺とクラウスが、いきなり自爆テロで退任したらどうなる? 残された社員は路頭に迷い、資金繰り(魔力と士気)は悪化し、いずれ会社は倒産する!!)
リアンは青ざめた。
彼は『継続企業の前提』という、組織を運営する上で最も基本的な原則を、目先のサバイバルの中で完全に忘却していたのだ。
「ルールには勝っても、実戦(長期的な経営)じゃ大赤字……完全に負け、だったな」
リアンはポツリと、悔しさを押し殺した声で呟いた。
「……うむ。僕たちは、将たる者の何たるかを、全く理解していなかった」
クラウスもまた、深く首を垂れた。
ダイヤは静かに息を吐き、少しだけその表情を緩めた。
「将たる者、誰よりも泥をすすり、時には冷酷に他者を犠牲にしてでも……最後まで生き残って部隊を導け。それが『上に立つ者』の本当の責任だ」
風が森を抜け、ダイヤの紅蓮のアーマーを揺らす。
「だが、お前たちが仲間のために命を張った勇気自体は、悪くない。今回は、その『青さ』に免じて、ゼロ点ではなく赤点ギリギリで合格としてやろう」
「……先生」
リアンは顔を上げ、ダイヤを見た。
ゲリラ戦のプロであり、常に貧乏でサバイバル生活を送っているこの女性は、誰よりも『生き残ること』の難しさと重さを知っているのだ。
「……まだまだ青いな、ガキ共。今回の演習で得た教訓、忘れるなよ」
ダイヤがニヤリと笑った。
「ははっ……完敗だよ、ダイヤ先生」
リアンは力なく笑いながら、バックパック型の魔法ポーチに手を突っ込んだ。
「授業料の代わりと言っちゃなんだけど……これ、奢るよ。あんたの大好物だろ?」
リアンが取り出したのは、ネット通販で仕入れていた最高級の『地球産マシュマロ』の袋と、保温機能付きの魔法水筒に入った『熱々の濃厚コーンスープ』だった。
その瞬間。
先ほどまで『レンジャー・ハンドブック』の鬼軍曹として冷酷な威厳を放っていた紅蓮の戦乙女の顔から、一切の表情が抜け落ちた。
「マ、マシュマロ……! それに、コーンスープだと……!?」
ダイヤの瞳孔がカッと見開き、唇がプルプルと震え出す。
「ああ。先生、宿代ケチって野営ばっかりしてるから、まともなもん食ってないだろ。みんなを守るために自分が生き残るのが将の仕事なら、まずはしっかり栄養を摂らないとな」
「う、うおおおおッ!!」
ガシャガシャガシャッ!!
ダイヤはSランクの超反応でマシュマロとコーンスープをひったくると、紅蓮のアーマーを盛大に鳴らしながら、その場で「わーい! わーーーい!!」と小躍りを始めた。
「甘い! 温かい! MREのハズレ(謎のベジタブルオムレツ)とは次元が違う! リアン、お前はやはり私の最高の一番弟子(マシュマロ係)だ!!」
「……さっきまでの威厳はどこに行ったんだよ、このポンコツ先生」
リアンが呆れ半分で突っ込みを入れる横で、クラウスもまた、小さく吹き出した。
「ふっ……だが、悪い気分ではないな。次は絶対に、僕が最後まで立って指揮を執ってみせる」
「ああ。俺も、二度と倒産(全滅)の危機は招かない」
夕陽が第七演習場の森を赤く染めていく。
ルナミス学園中等部、Sクラス。
彼らの『将たる者の条件』を問う最初の試練は、圧倒的な敗北感と、少しの成長、そしてマシュマロを頬張って幸せそうに笑う貧乏戦乙女の姿と共に、静かに幕を下ろしたのだった。
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