EP 10
規格外の狂宴と、決死のフラグ奪取
第七演習場の森は、もはや本来の地形を留めていなかった。
樹齢数百年を越える巨木はなぎ倒され、地面はクレーターのように抉れ、大気中には極彩色の怪しげな花粉がもうもうと舞い散っている。
「『月影流・乱れ鐘打ち』!!」
キャルル・ムーンハートの放つ、特注安全靴による超高速の連続回し蹴りが、空気を切り裂いてダイヤ・マーキスを襲う。
「チッ、重い……! なんだこのウサギの蹴力は!?」
ダイヤは『マジックバックラー』を展開し、さらに『天魔竜聖剣』の腹を盾にして防御に徹するが、蹴りを受け止めるたびにSランクの彼女の腕がジリジリと痺れた。安全靴の金属芯に闘気を一点集中させたその打撃は、完全に攻城兵器のそれである。
「まだまだ行きますわよ! 森の仲間たち、ご挨拶なさい♡」
その後方から、ルナが優雅に扇を翻す。
ズゴゴゴゴッ! と地鳴りを響かせ、地面を割って出現したのは、太さ数メートルに及ぶ巨大な『触手植物』の群れだった。しかもその先端からは、精神を汚染し幻覚を見せる禁断の極彩色花粉『ハッピー・ドリーム』が容赦なく噴射されている。
「お前たち、正気か!? これは野外演習だぞ! クラスメイトの被害を抑える配慮が1ミリもないじゃないか!!」
ダイヤは慌てて風魔法を展開し、致死量のコンプラ違反花粉を吹き飛ばしながら怒鳴った。
本来の戦術であれば、味方を巻き込まないように火力を抑えるのが定石だ。しかし、この『タコ部屋ガールズ』の三人に、そんな常識は通用しなかった。
「えっ? クラスのみんなは、リアンくんの指示した別ルートで走ってますから、ここら一帯を更地にしても問題ありませんわ♡」
「そうだよ! だから先生、ここで思う存分、私たちのストレス発散……じゃなくて、足止めに付き合ってね!」
極めつけは、後方のみかん箱の上に立つリーザである。
「全部手に入れるわ!(強欲!) 夢も金貨も輝くもの!(どっちも好きー!)」
芋ジャージ姿で健康サンダルを履いた人魚姫が、狂ったようなテンションで持ち歌『Love & Money』を熱唱している。
腐っても人魚王族の血筋。彼女の歌声は、強烈な『攻撃力バフ』と『超回復効果』を伴う音波魔法となって戦場に響き渡っていた。
歌のサビに入るたびに、キャルルとルナの魔力が異常なまでに跳ね上がり、疲労が一瞬で全快していくのだ。
(なんてデタラメな連中だ……! 前衛の超弩級物理アタッカー、後衛の地形破壊型キャスター、そして無限回復とバフをばら撒くバッファー。バランスだけは無駄に完璧じゃないか!)
『ウェポンズマスター』のダイヤをして、防戦一方に追い込まれるほどのカオスな狂宴。
ダイヤはサブマシンガンを撃ち尽くし、空になった銃を投げ捨てて聖剣の両手持ちに切り替えた。
「——だが、教官を舐めるなよ、小娘共!」
紅蓮の戦乙女の瞳に、獲物を仕留めるハンターの光が宿る。
(このまま正面から付き合えば泥沼だ。なら、バッファーである人魚を先に落とす!)
ダイヤは足元に隠し持っていた『魔導式プラスチック爆弾(閃光用)』を蹴り飛ばし、炸裂させた。
カッ! と強烈な光が視界を奪い、ルナとキャルルが思わず目を細めたその瞬間。
ダイヤは爆風を利用して跳躍し、後方でみかん箱の上で歌い狂うリーザの頭上へと一気に肉薄した。
「まずは一人! 歌うのをやめて眠——」
ダイヤが峰打ちでリーザを気絶させようと聖剣を振り下ろした、まさにその時。
「——五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!!」
リーザが突如として歌のテンポを変え、両手に握りしめていた「ピカピカに磨き上げた大量の五円玉(真鍮)」を、散弾銃のようにダイヤの顔面めがけて投げつけたのだ。
「なっ!? 小銭による物理攻撃だと!?」
意表を突かれたダイヤが咄嗟に顔を庇う。
そのコンマ一秒の隙を、前衛のキャルルが見逃すはずがなかった。
「先生、よそ見はダメだよ!」
キャルルが『流星脚』の構えに入り、トップスピードでみかん箱の横の巨木を蹴り上げる。空中を三角飛びで乱反射し、視界の死角からダイヤの顎を狙う一撃必殺のキック。
「ちぃっ……! ここまで手こずらされるとはな!」
空中で身動きの取れないダイヤは、ついに手加減を捨て、全身の闘気を聖剣に込めて迎撃の体勢に入った。
激突まで、あとわずか数ミリ。
第七演習場が、二つのSクラス級のエネルギーの衝突で吹き飛ぶ——そう思われた、その瞬間だった。
『——ブォォォォォォォンッ!!』
森の空気を震わせるように、重く、巨大な電子ブザーの音が響き渡った。
それは、演習場全体に設置されたスピーカーから流れる、演習終了の合図だった。
『通達。第七演習場・最奥陣地にて、Sクラス生徒による「旗」の奪取を確認』
『また、現在行動可能なクラスメイト全員の陣地到達を承認。これより、本野外演習を終了とする』
「……っ!」
キャルルの蹴りが、ダイヤの首筋のわずか数ミリ手前でピタリと止まった。
ダイヤの聖剣もまた、キャルルの胴を薙ぐ寸前で、その膨大な闘気を霧散させていた。
「……終わったか」
ダイヤはふぅと長い息を吐き出し、紅蓮のアーマーの緊張を解いた。
森の最奥——陣地。
そこには、泥だらけになり、息を絶え絶えに切らしながらも、ダイヤの仕掛けた残りのトラップ網を全員の協力で突破した、十七名のSクラス生徒たちの姿があった。
彼らの手には、演習の目標である『旗』がしっかりと握りしめられていた。
「や、やった……! 取ったぞ!!」
「リアン君とクラウス様、それにルナさんたちが時間を稼いでくれたおかげだ……!」
生徒たちは互いに抱き合い、へたり込んで歓喜の涙を流していた。
リアンとクラウスの犠牲、そして女子三人組の常軌を逸した足止め作戦。その意味を理解した残りの生徒たちが、決死の覚悟でゲリラ戦の罠を掻い潜り、見事に目的を達成したのだ。
* * *
「やりましたわー! 演習クリアですのー!!」
リーザがみかん箱の上でピョンピョンと跳ねて喜ぶ。
「さあ先生! 約束通り、私のスパチャ(図書カードと給食の増量)を要求しますわ!」
「まあまあリーザちゃん、はしたないですわよ。でも先生、これで私たちの勝ち、ということですわね♡」
ルナが散らかした触手植物を魔法で消し去りながら、優雅に微笑む。
キャルルもまた、安全靴をパンパンと払いながら「怪我はありませんか、先生?」と、いつもの純真無垢な笑顔に戻っていた。
ダイヤは天魔竜聖剣を背中の鞘に収め、三人の規格外の乙女たちを見回した。
「……ああ。お前たちの勝ちだ。まさか、Sランクのこの私を、時間稼ぎとはいえここまで本気にさせるとはな」
ダイヤの口元に、教師としての誇らしげな、しかしどこか呆れたような苦笑が浮かぶ。
「しかし、お前たちの戦法はデタラメすぎる。あわや演習場が吹き飛ぶところだったぞ。……まあ、借金まみれの私の口座から演習場の修繕費が引かれなかったことだけは、褒めてやろう」
「えへへ、どういたしまして!」
キャルルが無邪気に笑う。
その頃。
森の入り口付近で『行動不能』の判定を受け、大の字になって倒れていたリアンとクラウスの耳にも、演習終了のアナウンスが届いていた。
「……どうやら、本隊は無事に旗を取れたようだな」
クラウスが、空を仰ぎ見ながら静かに呟いた。
「あぁ。……まったく、割に合わない先行投資だったが、なんとか会社の倒産だけは免れたってことだ」
リアンは泥だらけの顔のまま、ニヤリと口角を上げた。
「僕たちが命を賭して道を切り拓き、クラスの皆がそれに応えた。完璧な勝利だ。ノブリス・オブリージュの精神は、確かに彼らに伝わっていた」
クラウスが満足げに頷く。彼の中では、この野外演習は大成功のうちに幕を閉じた美しい物語となっていた。
しかし、前世の知略を持つリアンは、どこか胸の奥に引っ掛かるものを感じていた。
(……いや。ダイヤ先生ほどの『実戦のプロ』が、これで本当に終わりにするだろうか?)
リアンの脳裏に、森へ消える前にダイヤが浮かべた、あの冷酷なハンターの笑みが蘇る。
(全員を生かして勝つなんて甘いルールはない、と先生は言った。確かに俺たちは『ルール上』は勝った。だが……)
「さて。泥を落として陣地へ向かおう、リアン。ダイヤ先生から満点の評価をもらいに行くぞ」
クラウスが晴れやかな顔で立ち上がり、リアンに手を差し伸べる。
リアンはその手を取りながら、小さく息を吐いた。
「……だと、いいんだけどな」
若き将たちはまだ知らない。
この野外演習の本当の目的が、彼らの『美しい自己犠牲』を根底から否定するための、過酷な実戦教育の入り口に過ぎないということを。
過酷なサバイバル演習は『勝利』という形で幕を閉じた。
しかし、紅蓮の戦乙女による「冷酷なる採点」は、ここからが本番だった。
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