EP 9
ツートップの陥落と、立ち上がる規格外の乙女たち
紅蓮の戦乙女が本気の殺気を解き放った瞬間、第七演習場の森は「教室」から「死地」へと変貌した。
「さあ、実戦授業(ゲリラ戦)の続きと行こうか!」
ダイヤ・マーキスが地を蹴る。重厚なクリムゾンアーマーを着込んでいるとは思えない、常軌を逸したスピード。
先ほどの爆炎で手放したはずの魔導式サブマシンガンが、いつの間にか彼女の左手に収まっていた。ユニークスキル『ウェポンズマスター』は、武器の回収やリロードのロスを極限までゼロにする。
「クラウス、右から来るぞ!」
リアンの警告と同時、ダイヤの放った掃射がクラウスの雷防壁を激しく叩いた。
「くっ……弾幕が厚すぎる!」
クラウスが防壁に魔力を注ぎ込みながら後退した、そのコンマ一秒の隙。
ダイヤはサブマシンガンを空中に放り投げ、空いた左手で腰のホルスターから『魔導式ショットガン』を抜き放ち、クラウスの死角に滑り込んだ。
「装甲越しに内臓を揺らせ!」
至近距離からの散弾。雷防壁の魔力ごと物理的な衝撃波がクラウスを襲い、彼の体が大きく吹き飛ばされる。
「させねぇよ!」
リアンがショートソードを逆手に持ち、ダイヤの背後——ショットガンの反動で生まれた僅かな硬直を狙って斬り込む。
しかし、ダイヤは振り向きすらしない。
彼女の背中のアーマーの隙間から、仕込まれていたワイヤー付きの暗器が蛇のように飛び出し、リアンの剣を絡め取った。
「なっ!?」
「手元が留守だぞ、リアン!」
ダイヤが体を捻り、右手の『天魔竜聖剣』の柄でリアンの鳩尾に容赦のない一撃を叩き込んだ。
「ガハッ……!」
リアンは地面に転がりながら、荒い息を吐いた。
(ダメだ、手数が違いすぎる! こっちが罠をかけて生み出した隙を、即座に別の武器と暗器でカバーしてきやがる。まさに歩く武器庫……赤字が膨らむ一方だ!)
「弱音を吐くか、リアン! 貴族の意地を見せろ!」
体勢を立て直したクラウスが、雷光を纏って再突撃する。
「『ライトニング・ブレイク』!!」
落雷の如き速度と威力を誇る必殺の剣。だが、ダイヤはそれを聖剣で真っ向から受け止めた。
激しい火花が散り、両者の闘気が衝突する。
「良い剣だ、クラウス! だが、お前は『自分の手持ちの武器』に頼りすぎている!」
ダイヤが左手を天にかざした。
「ウェポンズマスターの真髄、見せてやろう! 『大斬撃』!!」
ダイヤの炎魔法が強力な磁力を帯び、森の周囲に散乱していた物質——先ほどの空砲トラップの金属片、リアンが投げたナイフ、果ては周囲の岩石までが空中に引き寄せられ、聖剣の刀身に融合していく。
一瞬にして、ダイヤの手には超巨大な「質量兵器(武器の塊)」が形成された。
「おいおい、嘘だろ!? 俺が金貨を出して仕入れた備品を勝手に横領するな!」
リアンが悲痛な叫びを上げるが、ダイヤは悪魔のような笑みを浮かべてそれを振り下ろした。
「戦場では落ちているものは全て資源だ! 潰れろォ!!」
「くおおおおッ!?」
クラウスが全魔力を込めて防壁を張るが、圧倒的な質量の暴力の前に、雷の盾はガラスのように砕け散った。
「とどめだ! 『バーニング・オーラ・ブレイク』——出力三パーセント!」
大斬撃の質量に、超高熱の炎魔法と闘気が乗る。
手加減されているとはいえ、Sランクの必殺技。その衝撃波がリアンとクラウスを同時に巻き込み、二人の体を数十メートル後方へ吹き飛ばした。
ズダダダダッ! と森の土を削りながら、二人は巨木の根元に叩きつけられた。
直後、彼らの胸元に付けられていた演習用のバッジから、『ピーーーッ』という無機質な電子音が鳴り響いた。
それは、演習における『行動不能(死亡判定)』を知らせる音だった。
「……よし。お前たちはここまでだ」
ダイヤは聖剣の刀身にまとわりついた鉄屑を振り落とし、静かに息を吐いた。
「よくやった。私の本気の攻撃をここまで凌ぎ、これだけの手数を引き出したのは見事だ。……だが、まだまだ実戦の泥臭さが足りん!」
「……クソッ。完全に、倒産だ……」
リアンは地面に大の字になったまま、ピクピクと痙攣する手で顔を覆った。前世の簿記一級の計算をもってしても、圧倒的な武力の前に全資産をロストしてしまった。
「すまない、リアン……。僕が、未熟なばかりに……」
クラウスもまた、力なく目を閉じ、悔しさに唇を噛んだ。
ツートップの陥落。
Sクラス最強の二人が、開始からわずかな時間で完全に沈められたのだ。
「さて。囮を排除したことだし、本隊を狩りに行くとしようか」
ダイヤが森の奥へ向けて歩みを進めようとした、その時だった。
『ピーーーッ! リアンくんとクラウス様が、行動不能になりました!』
森の離れた場所。
本隊として別ルートを進んでいたクラスメイトたちの持つ通信魔道具に、二人の敗北を知らせる無慈悲なアナウンスが響き渡った。
「うそだろ!? あのリアン君とクラウス様がやられた!?」
「開始してまだ全然時間が経ってないのに……! Sランク相手じゃ、俺たちじゃ絶対に勝てない!」
「逃げよう! 隠れて時間が過ぎるのを待つしかない!」
クラスメイトたちがパニックに陥り、進軍の足が完全に止まる。
リーダーを失った組織は、いとも容易く崩壊する。リアンが最も恐れていた事態——「社長不在による倒産パニック」が現実のものになろうとしていた。
だが、恐怖に震える生徒たちの前に、三人の少女がスッと歩み出た。
「みんな、落ち着いて! 立ち止まったら、それこそ先生のトラップの餌食だよ!」
月兎族のキャルルが、お手製の人参柄ハンカチで額の汗を拭いながら声を張った。
「リアンくんたちが命がけで稼いでくれた時間、絶対に無駄にはしないよ。みんなは、あの二人が事前に教えてくれたルートを信じて、旗を目指して!」
「そ、そんなこと言っても、ダイヤ先生が来たら俺たち全滅だぞ!」
「大丈夫です♡」
ルナがふわふわとしたドレスを揺らし、極上の笑顔でクラスメイトたちを振り返った。その背後で、森の木々のツルが異常な速度で成長し、まるで大蛇のようにうごめき始めている。
「先生の足止めなら、私たちがやりますから。……森の植物さんたちも、先ほどの爆炎で少し怒っているのよ?」
ルナの瞳に、エルフ特有の「コンプライアンスを完全に無視した自然の怒り」が宿る。
さらにその後方。
クラスメイトたちが持ち運ばされていた『みかん箱』の上に、芋ジャージ姿のリーザが勢いよく飛び乗った。
彼女の足元には健康サンダル。手には、どこで拾ってきたのか分からないマイク代わりの木の枝。
「タダで囮になるのは、アイドルの経済観念的に割に合いませんけど……みんなが無事に旗を取れたら、後で必ず『スパチャ(図書カード)』をくれるなら、やってあげますわ!」
恐怖に慄くクラスメイトたちの前で、規格外の女子三人組——通称『タコ部屋ガールズ』が陣形を組んだ。
キャルルは特注の安全靴の紐を締め直し、陸上競技のクラウチングスタートの構えを取る。
ルナは両手を広げ、森の魔力をすべて己の体へと収束させる。
リーザはみかん箱の上で大きく息を吸い込み、喉を鳴らした。
「さあ、ここからは私たちのターンですわ!!」
直後、森の木々を掻き分けて、紅蓮の戦乙女・ダイヤが現れた。
「ほう? お前たちが第二の囮か。見どころはあるが、私を止められると——」
「——『流星脚』!!」
ダイヤが言葉を言い終わるより早く。
キャルルがマッハに迫るトップスピードで踏み込み、空中を一回転。特注安全靴の金属芯に闘気を一点集中させた、推定三万ジュールを超える「飛び蹴り」が、ダイヤの顔面めがけて凄まじい衝撃波と共に放たれた。
「なっ——!?」
ダイヤが咄嗟にマジックバックラーを掲げるが、その常軌を逸した物理破壊力に、ダイヤの体が数メートル後ろへズザザッと押し込まれる。
「今ですわ! いっけー! 私の可愛いお友達!!」
ルナの合図と共に、周囲の木々から伸びた無数の『触手植物(毒棘付き)』が、鞭のようにしなってダイヤへと襲い掛かる。
「チッ、なんだこのデタラメな攻撃力と魔法は! Sクラスはどうなっているんだ!?」
ダイヤが天魔竜聖剣で触手を斬り払いながら悪態をついた。
そして、森中に響き渡る大音量で、リーザのライブ(熱唱)がスタートした。
「株券欲しい♪ お城も欲しい♪(Buy Now! Buy Now!)貴方の愛(と貢ぎ)で輝いていける~!」
人魚姫の強欲すぎる歌声が響くたび、キャルルとルナの体に『超強力な攻撃力バフと回復力』がみなぎっていく。
「ふふっ、センコー。甘く見ないでよね」
遠く離れた場所で、行動不能のまま大の字に倒れているリアンは、遠くから聞こえてくるカオスな爆音と歌声を聞きながら、ニヤリと笑った。
「うちのクラスの『不良債権』は、扱い方さえ間違えなければ、最強の生物兵器になるんだよ……!」
若き将たちの想いを繋ぎ、理不尽と狂気が交差するサバイバル演習は、いよいよ最大の山場を迎えようとしていた。
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