EP 8
レンジャー・ハンドブックの恐怖と、泥臭き遊撃手
『——ドゴォォォォンッ!!』
第七演習場の森に、耳をつんざくような爆音と強烈な閃光が轟いた。
開始数秒でリアンがワイヤーに触れたのを引き金に、周囲の木々に仕掛けられていた大量の『魔導式空砲トラップ』が連鎖起爆したのだ。
鼓膜を揺らす轟音と、視界を奪う濃密な土煙。並の生徒であれば、この一撃でパニックに陥り、身動きが取れなくなっていただろう。
「チッ……殺傷力のない空砲とはいえ、この密度と連鎖のタイミング。完全にゲリラ戦のプロの仕事だ!」
リアンは悪態をつきながら、背負っていたバックパック型の魔法ポーチに手を突っ込んだ。
リアンの戦闘スタイルは、騎士上がりで力押しの父アークスや、高火力魔法をぶっ放す母マーサとは全く異なる。
彼が自らに課した戦術は、極限までコスト(リスク)を削り、相手の嫌がることを徹底的に押し付ける『泥臭き遊撃手』のスタイルだ。
リアンはポーチから小ぶりな『ショートボウ』を引き抜き、矢番えの手つきも鮮やかに、煙の向こう側——殺気が放たれた茂みへ向けて牽制の矢を三連射した。
ヒュッ、ヒュンッ!
「甘いな、リアン!」
煙を切り裂き、紅蓮の戦乙女・ダイヤ・マーキスが躍り出た。
彼女の手には、鈍い光を放つ『魔導式サブマシンガン』が握られている。ウェポンズマスターの力で完全に制御されたフルオートの銃撃が、リアンとクラウスを薙ぎ払うように放たれた。
「『ライトニング・シールド』!」
クラウスが咄嗟に前に出て、剣に雷魔法を這わせた電磁防壁を展開する。魔力弾がシールドに弾かれ、火花を散らした。
「流石はアルヴィン家の嫡男、良い反応だ! だが、上はどうだ?」
ダイヤが銃を撃ちながら、流れるような動作で木々の幹を蹴り上がり、頭上の死角へと回り込む。
「させねぇよ!」
リアンは腰のベルトから『鉤爪ロープ』を抜き放ち、ダイヤが移動しようとしていた太い枝へ向けて投擲した。ガキンッ!と鉤爪が枝に食い込む。
そのままロープを支点にして自身の体を振り子のように空中へ跳ね上げ、ダイヤの射線を強引にずらした。
「ほう、立体機動か! ならばこれはどうだ!」
ダイヤは空中でサブマシンガンを投げ捨て(後で拾うつもりだ)、背中の『天魔竜聖剣』を鞘ごと引き抜き、リアンへ向けて凄まじい速度で突進してきた。
距離が詰まる。このまま近接戦に持ち込まれれば、Sランクのダイヤに力負けするのは目に見えている。
「近接に付き合う義理はねぇ!」
リアンは空中でショートボウから手を離し、両手で同時に三本の『投げナイフ』を投擲。さらに、ポーチから取り出した『滑りやすい油』の小瓶をダイヤの足元になるであろう枝へ向けて叩き割った。
「ぬっ!」
ナイフを鞘で弾いたダイヤだったが、着地しようとした枝が油でツルツルにコーティングされていたため、僅かに体勢を崩した。
「クラウス、今だ!」
「承知したッ! 『ライトニング・ブレイク』!!」
ダイヤの体勢が崩れたコンマ一秒の隙を突き、地上からクラウスが雷光の如き踏み込みで跳躍し、必殺の雷剣を振り下ろす。
ガァァァンッ!!
凄まじい金属音が森に響き渡る。ダイヤは滑る足場に立ちながらも、天魔竜聖剣の鞘でクラウスの渾身の一撃を完璧に受け止めていた。
「見事な踏み込みだ、クラウス! だが、実戦の泥臭さが足りないな!」
ダイヤの紅蓮のブーツのつま先から、隠し持っていた暗器が飛び出す。防御の姿勢から一転、クラウスの腹部を狙ったえげつない蹴りが放たれた。
「くっ……!」
クラウスが雷魔法の反発力を使って辛うじて後方へ飛び退く。
その間に、リアンは地上へ着地し、次なるトラップを高速で展開していた。
ダイヤが着地するであろう予測地点に『撒菱』をばら撒き、さらに『網』をセットする。
「小賢しい罠を! そんなものが私に通じる——」
ダイヤが空から降り立ち、撒菱を避けて着地しようとした瞬間。
「『喰丸』、頼んだ!」
リアンの影から、三十センチほどの異次元ワーム『喰丸』がニュルリと飛び出した。喰丸はダイヤの着地地点の土を、一瞬にしてすり鉢状に「捕食」した。
地面が突然抉り取られ、即席の『落とし穴』が出現する。
「なっ!? 地形ごと食っただと!?」
これには流石のダイヤも意表を突かれ、落とし穴に足を取られてバランスを崩した。
(ここだ。今が最大の損益分岐点!)
リアンは前世の料理人としての直感で「最高の焼き加減」のタイミングを見極めた。
「自然魔法——『バインド・ルーツ』!」
リアンが地面に手を突くと、抉れた穴の底から太い木の根が急成長し、ダイヤの紅蓮のブーツに絡みついてその動きを強引に拘束した。
「ちぃっ! 生意気な真似を……!」
ダイヤが剛力で木の根を引きちぎろうとする。
「まだだ! フルコースのメインディッシュを食らえ!」
リアンはすかさず『燃えやすい油』の入った瓶をダイヤの足元へ投げつけ、瓶が割れて油が飛散した瞬間に、ショートボウに矢を番えた。
矢尻に高密度の炎魔法と闘気を収束させる。
「『フレイム・アロー』!!」
放たれた一本の矢が、引火性の油と混ざり合い、凄まじい爆発と業火の渦を引き起こした。
ゴォォォォォォッ!!
森の一部を焼き尽くすほどの爆炎が、拘束されたダイヤを完全に飲み込む。
「やったか!?」
クラウスが額の汗を拭いながら叫ぶ。
しかし、リアンは油断なく『ショートソード』を抜き放ち、姿勢を低く保っていた。
「バカ、フラグを立てるな! あの人がこの程度で——」
ドンッ!!
炎の渦の中から、凄まじい闘気の衝撃波が放たれ、業火が文字通り「吹き飛ばされた」。
そこには、全身のクリムゾンアーマーから微かに煙を上げながらも、無傷で立つダイヤ・マーキスの姿があった。彼女の周囲だけ、炎魔法が不可視の壁に弾かれたように円形に消え去っている。
「……マジックバックラーの出力全開、かよ。固定費(魔石代)の無駄遣いしやがって……」
リアンが忌々しそうに舌打ちをする。
ダイヤは自身のアーマーについた煤をパンパンと払いながら、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「弓、投げナイフ、鉤爪による立体機動、油と撒菱を使った盤面制圧……。それに自然魔法の拘束と炎魔法のコンボ。ふふっ、見事だリアン。まるで本職の暗殺者か、熟練のレンジャー部隊のような見事な遊撃戦術だったぞ」
ダイヤはチャキ、と天魔竜聖剣の鯉口を切った。
その刀身から、先ほどのリアンの比ではない、圧倒的な高熱の炎魔法と闘気が立ち昇り始める。
「だが、お前たちは『本隊から私を引き剥がす』という目的には成功したが……『私を怒らせた』という重大なコストを計算に入れ忘れているようだな」
周囲の空気が、ダイヤの闘気によって陽炎のように歪む。
「さて。ここからは特別授業だ。本当の『レンジャー・ハンドブック』の実戦編を、その体に刻み込んでやる!!」
紅蓮の戦乙女が、本気(Sランク)の殺気を解き放った。
「……クラウス。死ぬ気で防御しろ。一秒でも長く生き残るのが、俺たち囮の仕事だ」
「あ、あぁ……! 望むところだ!」
リアンはショートソードと投げナイフを構え直し、クラウスは雷の防壁を最大出力に引き上げる。
若き将たちのプライドと、一切の妥協を知らない教師による、泥沼の遊撃戦が幕を開けた。
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