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EP 7

囮の志願と、若き将たちのプライド

ダイヤ・マーキスが鬱蒼とした第七演習場の森へと姿を消してから、数分が経過した。

演習開始まで残り一時間を切り、取り残されたSクラスの二十名は、重苦しい沈黙と混乱の中にいた。

「どうするんだよ……。ダイヤ先生、本気で俺たちを狩る気だぞ……」

「全員で固まって進む? いや、それじゃあ先生のバズーカやトラップの格好の的だ!」

「でも、バラバラになったら各個撃破されるに決まってるわ!」

パニックに陥りかけるクラスメイトたちを尻目に、リアン・シンフォニアは足元の小枝を拾い、地面に森の簡略図をガリガリと描き始めていた。

前世の『簿記一級』の処理能力が、現在の状況を冷徹な数字と確率に置き換えていく。

(二十人が一丸となって進軍するのは、愚策中の愚策だ。鈍重な巨大ターゲットになり下がるだけで、トラップの被害コストが雪だるま式に膨れ上がる。ダイヤ先生の狙いは、まさにその『群れとしての脆さ』を突くことだろう)

リアンは地面の図に、一本の太い線と、もう一本の細い線を引いた。

「みんな、聞いてくれ」

九歳の子供らしい、しかし妙に説得力のある通った声で、リアンがクラスメイトたちの注目を集めた。

「ダイヤ先生の言う通り、僕たち全員が無傷で旗に辿り着くなんて不可能だ。なら、やるべきことは一つしかない。『誰かが犠牲になって先生の気を引き、その間に残りの本隊が旗を取る』。これしかないよ」

「犠牲って……おとりになるってことか!?」

「でも、誰がそんな貧乏くじを……相手は現役のSランクだぞ!?」

ざわめく生徒たちに対し、リアンは立ち上がり、パンッと土を払った。

「俺がやるよ」

あっさりと、まるで今日の夕食のメニューを決めるかのような軽さで、リアンは自らを『損切り』の対象に指定した。

(俺の『フレイム・アロー』と『喰丸の落とし穴』で、俺が特大の赤字ヘイトを背負って先生をマップの端に誘導し、その隙に本隊が旗を回収する。これが最も利益率の高い作戦だ)

クラスメイトたちが呆然とする中、リアンの前にスッと歩み出た者がいた。

アルヴィン侯爵家の嫡男、クラウスである。

「やめろ、リアン。貴様一人にそんな役目を背負わせるわけにはいかない」

クラウスは腰の剣の柄に手を当て、凛とした声で告げた。

「囮という最も危険な役回りは、このSクラスで最も身分が高く、かつ力を持つ僕が担うべきだ。それがノブリス・オブリージュ(貴族の義務)というものだ」

「バカ言え、クラウス」

リアンは即座に却下した。

「お前は名門アルヴィン家の嫡男で、このクラスの『象徴シンボル』だ。トップであるお前が真っ先に囮になってやられたら、残されたみんなはどう動けばいいか分からなくなってパニックになるだろ? 会社で言えば社長が初日で辞任するようなもんだぞ!」

リアンはクラウスの胸を指差した。

「お前は残って、他の者を導け。僕は新興の男爵家のせがれだ。身軽だし、最悪切り捨てられてもクラスの士気にそこまで影響はない。完璧な『捨てコスト』だろ?」

理路整然としたリアンの主張。損益計算に基づいた、あまりにも冷酷な自己犠牲の提案に、周囲のクラスメイトたちは息を呑んだ。

だが、クラウスは一歩も引かなかった。

「……詭弁だな、リアン。貴様は自分が『捨て駒』だと言ったが、本心ではダイヤ先生の猛攻を凌ぎ切れると思っているのだろう」

クラウスの鋭い眼光が、リアンの本質を射抜く。

「それに、純粋な戦闘力で言えば、僕の方が貴様より上だ。Sランクの賞金稼ぎを足止めする以上、一秒でも長く生存できる者が囮になるのが戦術の基本。……違うか?」

「……っ」

リアンは眉をひそめた。確かに、正統派の剣術と雷魔法を操るクラウスの総合戦闘力は、リアンと互角かそれ以上だ。

「……嘘つけ、クラウス」

リアンは声を潜め、クラウスにしか聞こえないトーンで呟いた。

「お前、本当は『ノブリス・オブリージュ』なんて建前だろ。ただ単に、あのダイヤ先生と全力で戦ってみたいだけなんじゃないのか?」

図星を突かれたのか、クラウスの肩がビクッと跳ねた。

生真面目な侯爵令息の白い頬が微かに朱に染まる。しかし、彼は誤魔化すことなく、不敵な笑みを浮かべた。

「……武を志す者が、遥か格上の強者に剣を向けてみたいと願うのは、罪だろうか?」

「はぁ……結局、ただの戦闘狂の脳筋貴族じゃないか」

リアンは深くため息を吐き、お手上げだというように両手を挙げた。

「わかったよ。じゃあ、僕とクラウスの二人で『ツートップ』をやる。僕らが死物狂いでダイヤ先生のヘイトを稼ぐから、その間に本隊は別ルートで旗を目指せ」

「いいだろう。共に行こう、リアン」

クラウスが満足げに頷く。

「ちょっと待って! じゃあ、リアン君たちが囮になってる間、本隊の指揮は誰が執るの!?」

クラスメイトの悲痛な声に対し、リアンは振り返って三人の少女を指差した。

「ルナ、キャルル、リーザ。お前たちに任せる」

「えっ、私たちですの!?」

芋ジャージ姿のリーザが素っ頓狂な声を上げる。

「ルナの植物探知で罠を避けろ。キャルルは『五輪書』の知識で本隊の陣形を崩さないように指示出しだ。リーザは……まあ、なんか適当に歌って士気でも上げてろ」

「扱いの格差が酷いですわ!? でも、無事に旗を取れたら、ご褒美に図書カードをくれるなら頑張りますの!」

「ふふっ、任せてくださいな。森の植物たちはみんな私のお友達ですから、安全な道を教えてもらいますわ♡」

ルナが優雅に微笑む。その背後で数本の毒草がウネウネと蠢いているのが見えたが、今は気にしている余裕はない。

「リアンくんもクラウスくんも、無茶はダメよ? 怪我をしたら、私が『月光薬』を飲ませてあげるからね」

キャルルがお手製の人参柄ハンカチを振りながら、純真無垢な『星の王子様』の笑顔で見送ってくれた。ただし、その安全靴のつま先はいつでも敵の顎を砕けるように重心が調整されていた。

(……ある意味、ダイヤ先生よりあのタコ部屋女子三人組の方が予測不能で怖いんだがな)

リアンは一抹の不安を覚えつつも、クラウスと共に列を離れた。

「行くぞ、リアン。我々が本隊の道を切り拓く」

「ああ。……気を引き締めろよ、クラウス。相手はゲリラ戦のプロだ。一歩でも踏み外せば、あっという間に『行動不能デッド』だぞ」

演習開始の合図が、魔導花火の音と共に森の空に響き渡った。

リアンとクラウスは、薄暗い第七演習場の森へと足を踏み入れる。

静寂に包まれた森。

しかし、踏み出した三歩目。リアンの足先が、枯れ葉の下に隠されていた極細の「ワイヤー」に僅かに触れた。

『——カチッ』

「ッ!? クラウス、伏せろ!!」

リアンの叫びと同時。

森の木々に仕掛けられていた大量の『魔導式空砲トラップ』が、四方八方から耳をつんざくような爆音と閃光を放ちながら起爆した。

「なっ……開始数秒でこのトラップの密度だと!?」

クラウスが雷魔法の防壁を展開しながら驚愕の声を上げる。

「言っただろ! あのセンコーは、容赦なんて言葉を知らないんだよ!」

爆風と土煙の中、リアンは弓を構えつつ、ショートソードに手をあてた。

若き将たちのプライドと、紅蓮の戦乙女による情け容赦のない「実戦教育」が、轟音と共に幕を開けた。

読んでいただきありがとうございます。

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