EP 5
アウラ国王の御前と、タコ部屋の惨劇
帝都大晩餐会の熱気が最高潮に達した頃、絢爛豪華な広間の空気が一変した。
ルナミス帝国を統べる絶対君主、アウラ国王が玉座から立ち上がったのだ。推定二百馬力を優に超えると言われる圧倒的な魔闘気が、会場全体を支配する。並の貴族ならば、その視線を向けられただけで膝から崩れ落ちるほどの重圧である。
国王の鋭い眼光が、バルバロス伯爵を謎の洗脳(ずっ友ロコシ)で手懐け、アルヴィン侯爵と肩を並べて静かに佇むアークス・シンフォニア男爵へと向けられた。
「アークス男爵よ。前へ」
低く、地鳴りのような国王の声。
アークスはリアンから「王様の前でも絶対に余計な口を開くな。魔獣のボスを睨むつもりで静かに一礼しろ」と厳命されていたため、無言のまま進み出た。
そして、一切の媚びへつらいを見せず、歴戦のA級冒険者としての重厚な殺気を纏ったまま、深く、静かに一礼した。
「……ふむ」
アウラ国王の唇の端が、微かに吊り上がった。
「冒険者上がりの成り上がりと聞いていたが、見事な胆力だ。権力に阿ることもなく、己の武の誇りを見失わぬその瞳……先の大戦での活躍、まぐれではないようだな」
「…………」
アークスは無言で頷く。その堂々たる姿に、周囲の貴族たちから感嘆のどよめきが起きた。
「あの国王陛下の覇気を前に、微動だにしないとは……!」「やはりアークス男爵は、我々とは住む次元が違う……!」
「そなたのその武勇、今後も余のため、そして帝国のために振るうがよい」
「……はっ」
アークスが短く、重みのある声で応えた瞬間、シンフォニア男爵家の帝都社交界における立ち位置は「盤石」なものとして確定した。
親の背後に隠れていた九歳のリアンは、額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、誰も気づかないように激しくガッツポーズを決めた。
(よっしゃあああ!! 完璧だ! 不良債権処理、完全完了! これでシンフォニア家の没落リスクはゼロになった!)
リアンの脳内で、黄金色に輝く損益計算書が舞い踊る。
これで、彼の潤沢な活動資金も、タコ部屋での平穏な学生生活も保障された。何より、生活費のために不正アクセスを繰り返し、神々にバレて『自動販売機』にされる最悪の未来は完全に消え去ったのだ。
(親父、お袋、よく頑張った! あとは領地に帰って、ゆっくり休んでくれ。俺も学園に戻って、のんびりさせてもらうぜ!)
* * *
数週間後。
夏季休暇が明け、意気揚々とルナミス学園へと戻ってきたリアンは、愛用のバックパック型魔法ポーチを肩に掛け、いつもの秘密基地――旧用具室、通称『タコ部屋』の木扉を開けた。
「よお、お前ら! 久しぶりだな。ちゃんと生きて——」
挨拶の言葉は、最後まで続かなかった。
タコ部屋の中に広がっていたのは、リアンが死守したはずの「平穏」とは対極に位置する、地獄絵図だったからだ。
「……お……お土産の……太陽芋を……ください……」
足元から聞こえた掠れ声に視線を落とすと、そこには、完全に餓死寸前まで追い込まれ、ミイラのように干からびた芋ジャージ姿のリーザが床を這いずっていた。
「お、おい! リーザ!? お前、学園の給食はどうした! 休暇中も炊き出しやポイ活で生き延びるんじゃなかったのか!?」
リアンが慌ててしゃがみ込むと、部屋の奥から、口元を血に染めたキャルルがフラフラと歩み寄ってきた。
「リアンくん……おかえりなさい……」
キャルルの顔色は土気色で、今にも倒れそうだったが、その瞳だけがヤンデレ特有の異様な光を放っていた。
「リーザちゃんが……大変なの。だから私……昼間から無理やり月光回復魔法を使って……ゴフッ!!」
「キャルル! お前、血を吐いてるぞ! 月が出てないのにそんな大魔法を使ったら命に関わるだろ!!」
「大丈夫……私が、助けるから……リーザちゃんは、絶対に死なせない……フフフ……」
「笑い方が怖いんだよ! お前の方が死にそうなんだよ!」
リアンが頭を抱えていると、さらにその横から、ふわりと軽やかな足音を立ててエルフの次期女王候補・ルナが現れた。彼女の周囲には、植物のツルで編み上げられた鋭利な「メス」が何本も宙に浮いている。
「リアンくん、お帰りなさい♡ ちょうど良かったわ。今からリーザちゃんのオペを始めるところだったの」
「オ、オペだと?」
「ええ! だから言ったじゃないですか、『お金に困ったら腎臓を売りましょう』って。大丈夫、痛いのは最初だけですわ。私が最高級の自然魔法で一瞬で再生させますから、これを五十回繰り返せば、借金なんてすぐ返せますのよ♡」
「……待て。ルナ、お前今『借金』って言ったか?」
リアンの簿記一級のセンサーが、最悪のキーワードに反応した。
事の顛末はこうだ。
夏季休暇中、空腹の限界に達したリーザは、一発逆転の悪辣な計画を実行に移した。ルナが生成した「三日で石に戻る偽の金貨」を元手に、タローマンのパチンコ屋へ突撃。『羽根パチ(アナログパチンコ)』の台に座り、人魚族の念動力で不正に銀玉をVゾーンに入れ続けようとしたのだ。
しかし、帝国のパチンコ屋は魔法や念動力への「磁場対策」を完璧に施しており、リーザの念動力はあっけなく無効化された。
結果、パチンコ熱に完全に脳を焼かれたリーザは、なけなしの全財産(公園のハトと殴り合って得たパンの耳代)はおろか、闇金から借金までしてスッカラカンになり、このミイラ状態に至ったというわけだ。
「完璧な……計画でしたのに……どうして……」
ミイラ化したリーザが、カサカサの手でリアンのズボンの裾を掴む。
「リアン様……どうか……温かいご飯を……私に、スパチャを……」
「自業自得だろバカ魚!!」
リアンは思わず絶叫した。
(俺が、帝都大晩餐会という魔境で……毒殺を防ぎ、洗脳魔法を駆使し、親父たちをプロデュースして必死に守り抜いた『平穏』が……たった数週間の間に、身内のアホ共のせいで完全に崩壊しているだと!?)
リアンの脳内で、せっかく黒字転換したはずの損益計算書が、真っ赤な炎を上げて燃え上がっていくのが見えた。
貴族の派閥争いなど、こいつらの引き起こすパニックに比べれば、幼稚園のお遊戯会レベルだったのだ。
「……おえっ……リーザちゃん……回復……するからね……」
「キャルル、もうやめろ! 吐血で床が汚れる!」
「さあリーザちゃん、腹を括りなさい! 闇市場のバイヤーが待っていますわよ♡」
「イヤァァァ!! 臓器だけは!!」
大混乱に陥るタコ部屋。
リアンは天を仰ぎ、深く、深く、この世界に転生してから一番大きなため息を吐いた。
「……やっぱり、一番の負債は、学園にあったか」
リアンはバックパック型魔法ポーチの中に手を突っ込むと、実家のシンフォニア領から大量に持ち帰ってきた『太陽芋』を掴み出した。
それを、縋り付いてくるリーザの口へと無慈悲に突っ込む。
「ほら、食え! 給食の時間までそれで持たせろ! ルナ、メスをしまえ! キャルル、お前はもう寝てろ!!」
「モゴォォッ……!? (モグモグ)……おいひい……リアン様ぁ……!」
かくして、クライン男爵家の危機を陰から救った九歳のフィクサーの夏は終わりを告げた。
だが、ルナミス学園中等部という魔境において、リアンの平穏な生活——そして自動販売機化への恐怖との戦いは、まだまだ終わる気配がない。
タコ部屋の窓から差し込む秋の陽射しの中、リアンは迫り来る次なる「不良債権処理」に向けて、こめかみを揉みほぐすのだった。
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次回の更新は【19:00】となります。お楽しみに!
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