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EP 4

帝都大晩餐会と、見えない暗殺者のフルコース

帝都の中心にそびえるルナミス城。その大広間で開催される『帝都大晩餐会』は、文字通り帝国の権力と欲望が渦巻く魔境だった。

王座には、推定二百馬力を優に超えるという絶対君主、アウラ国王が鎮座している。その圧倒的な覇気を前に、並の貴族ならば息をするのすら苦労する空間。

そんな絢爛豪華にして息苦しい会場に、アークス・シンフォニア男爵夫妻が足を踏み入れた。

貴族たちの視線が一斉に、この「成り上がりの冒険者」に突き刺さる。嘲笑、嫉妬、そして蔑み。

だが、アークスとマーサは一切動じなかった。

いや、正確には「リアンに言われた通り、喋らないように口を一文字に結び、緊張のあまり魔獣の急所を探る時の目つきになっている」だけなのだが。

腕を組み、言葉を発さず、ただ静かに鋭い眼光で周囲を睥睨する二人。その姿から放たれるのは、数多の死線を潜り抜けてきた本物の「A級冒険者の殺気」である。

「ヒッ……な、なんだあの眼光は……」

「あれが、ガルーダ獣人軍を壊滅させたというアークス男爵……。我々を、まるで獲物を見るかのような目で……」

勝手に勘違いして震え上がる貴族たち。

その背後に隠れるようにして、九歳のリアンは「わぁー! お城っきれいだねー!」と無邪気な子供の声を上げながら、内面では冷徹なフィクサーの目を光らせていた。

(よし。親父たちの『沈黙の強者』ブランディングは完璧に機能している。だが、問題はここからだ)

リアンは前世の三ツ星シェフとしての嗅覚と、簿記一級の損益予測能力をフル回転させ、会場内のすべての『リスク(不穏分子)』をスキャンしていた。

「男爵閣下。こちら、ウェルカムドリンクの赤ワインでございます」

慇懃無礼な笑みを浮かべた給仕ウエイターが、アークスに銀のトレイを差し出した。

アークスが手を伸ばそうとした瞬間、リアンの鼻腔が微かな異臭を捉えた。

(……アーモンドの香り。それに、この粘度。遅効性の魔力毒か。敵対派閥の嫌がらせだな)

リアンの脳内で即座に『迎撃プロトコル』が立ち上がる。

「あ、僕が取るよ!」

リアンは子供らしくアークスの前に飛び出しつつ、自身の足元の影から、あらかじめスタンバイさせていた極小の暗殺用マグナギア『ミニ丸』を射出した。

体長わずか三センチのミニ丸は、誰にも気づかれることなく床を滑り、給仕の膝裏にある急所へ「超小型麻酔針」を的確に打ち込んだ。

「ッ!?」

給仕の膝がカクンと折れ、体勢が崩れる。トレイの上から、毒入りのワイングラスが宙を舞い、床へと落下していく。

——ガチャンと音を立てて砕け散る、そのコンマ一秒前。

リアンの影から飛び出した三十センチの異次元ワーム『喰丸』が、空中で大きく口を開けた。

シュバッ!

ワインの飛沫、ガラスの破片、そして猛毒に至るまで。喰丸はその異次元の食欲ですべてを一瞬にして「捕食」し、床に一滴のシミすら残さずに再び影へと潜った。

「おっと。疲れているようだな」

体勢を崩した給仕を、アークスが分厚い胸板と強靭な腕力でガシリと受け止めた。

「え……あ、あれ? ワインは……?」

給仕は混乱した。確かにグラスを落としたはずなのに、床には何も落ちていない。目の前には、表情一つ変えずに自分を支えるアークスの恐ろしい顔。

「無理はするな。下がって休め」

アークスはリアンの教え通り、余計なことは言わず「フッ」と鼻で笑って頷いた。

「ヒィッ! も、申し訳ございません!!」

暗殺の証拠を完全に隠滅された上、底知れぬ器の大きさ(と殺気)を見せつけられた給仕は、恐怖で泡を吹きそうになりながら逃げ出していった。

(迎撃第一波、ノーコストで処理完了)

リアンは内心で小さくガッツポーズをした。

しかし、敵対派閥もこれで引き下がるわけではなかった。

「ふん、成り上がりの野蛮人が。ワインの味も分からぬか」

取り巻きを引き連れて歩み寄ってきたのは、シンフォニア家を敵視する派閥の筆頭貴族、バルバロス伯爵だった。彼の手には、並々と注がれた高級シャンパンが握られている。

「アークス殿と言ったかな。貴殿のような土の臭いがする者に、この帝都の空気を吸う資格があるとは——」

伯爵が嘲笑を浮かべてシャンパンを口に運ぼうとした、まさにその瞬間。

(……『ずっ友ロコシ』、展開)

リアンは親の背後で、バックパック型魔法ポーチの中に忍ばせていた「ある粉末」を指先で弾いた。

それは、相手と半分こにして食べれば強制的にズブズブの関係になるという禁断の魔性植物『ずっ友ロコシ』を、三ツ星シェフの技術で乾燥・粉末化させた特製パウダーである。

リアンは極小の風魔法を操り、その粉末を、伯爵が飲もうとしているシャンパングラスの中へピンポイントで落下・溶解させた。

ゴクン。

伯爵がシャンパンを飲み込んだ。

直後、伯爵の瞳孔がカッ! と見開き、顔面が真っ赤に紅潮した。脳内の敵対意識が、禁断の植物の力によって強引に書き換えられていく。

「——おおおおッ!! アークス殿ォォ!!」

「えっ?」

伯爵は突如としてシャンパングラスを投げ捨て、アークスの両手をガシリと熱烈に握りしめた。

「我が心の友よ!! 探したぞ! 思い出せば貴殿とは、あの頃からズブズブの親友だったではないか! 貴殿の活躍、我が事のように嬉しいぞ! ガハハハハ!!」

「は……?」

突然の態度の豹変。それも、よりによって敵対派閥の筆頭が、満面の笑みでクライン男爵と肩を組んで大笑いし始めたのだ。

「は、伯爵!? 何を血迷っておられるのですか!」

「裏切りだ! 伯爵がシンフォニア派に寝返ったぞ!!」

取り巻きの貴族たちは大パニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

アークスはリアンから「何があっても黙って頷け」と言われていたため、よく分からないまま、腕を組んで「フッ」と鼻で笑い、静かに頷き返した。

それがまた「シンフォニア男爵は、あのバルバロス伯爵すらも事前に籠絡していたのか……!」という恐るべきカリスマ性として周囲に波及していく。

混沌と化した会場の空気の中、コツ、コツと落ち着いた足音が近づいてきた。

「——見事な胆力だ、シンフォニア男爵。いや、アークス殿」

現れたのは、帝国屈指の大貴族、アルヴィン侯爵だった。その後ろには、リアンの親友であるクラウスも控えている。

アルヴィン侯爵は、静かに佇むアークス(と、横で馴れ馴れしくしているバルバロス伯爵)を見て、満足そうに頷いた。

「新興の貴族へのいわれなき侮辱、どうやら貴殿には無縁だったようだな。だが、我が派閥は強き者を歓迎する。貴殿のような歴戦の英雄を迎え入れられること、誇りに思う」

そう言って、アルヴィン侯爵は自ら右手を差し出した。

アークスは力強くその手を握り返す。

「こちらこそ、よろしく頼む」

アークスの低く重厚な声が響き、二人の間に確固たる同盟が成立した。

この瞬間、シンフォニア男爵家の背後には「帝国最大派閥」という絶対的な盾が完成し、敵対派閥からの手出しは事実上不可能となった。

(……よし! 完璧な不良債権の処理だ!)

侯爵の背後でクラウスが「お前の父親、凄まじい威圧感だな。まるで歴戦の魔獣だ」とリアンに目配せしてくる。

リアンは「えへへ、僕の自慢のお父さんだよ!」と無邪気な九歳の笑顔を返しつつ、内心で安堵の息を吐き出していた。

(これでシンフォニア家の没落リスクはゼロになった。俺の潤沢な活動資金も、タコ部屋での平穏な学生生活も保障された。……ふふふ、これで俺が自動販売機にされる未来は完全に消え去ったぞ!)

見えない暗殺と政治的トラップが飛び交うフルコースを、前世の知略とマグナギアで完食したリアン。

だが彼はまだ知らない。この完璧な勝利の数週間後、彼が愛してやまない「平穏なタコ部屋」で、別の意味で地獄の惨劇が待ち受けていることを——。

読んでいただきありがとうございます。

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