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EP 2

シンフォニア男爵家の憂鬱と、無邪気な息子の裏工作

ルナミス帝国の辺境に位置する、緑豊かなシンフォニア領。

ここは先のガルーダ獣人王国との局地戦において、奇跡的な連戦連勝をもたらした功績により、平民から男爵へと叙爵されたシンフォニア家の新たな領地である。

ルナミス学園中等部への進学と同時に迎えた夏季休暇。

実家であるクライン男爵邸の大きな木扉を押し開けたリアンは、明るい声を張り上げた。

「ただいまー! 父さん、母さん、帰ったよ!」

九歳らしい、あどけなく元気な子供の声。リアンは両親に対して、自分が前世の記憶を持つ日本人の転生者であることや、三ツ星シェフであり簿記一級の資格を持っていることなど、一切明かしていない。

表向きは「ちょっと優秀だけど、素直で可愛いシンフォニア家の一人息子」を完璧に演じきっていた。

「おお、リアン! よく帰ってきたな!」

リビングの奥から姿を現したのは、筋骨隆々とした体躯を持つ父、アークスだ。元騎士上がりで、冒険者ギルドでA級にまで登り詰めた歴戦の戦士である。

その後ろからは、同じく元A級冒険者であり、賢者として名を馳せた母のマーサが、優しい笑顔で出迎えてくれた。

「おかえりなさい、リアン。学園での生活はどうだった? ちゃんとご飯は食べてる?」

「うん! 友達と一緒にたこ焼きパーティーとかして、すっごく楽しかったよ! ……でも、なんだか二人とも、ちょっと難しい顔をしてるね。どうしたの?」

リアンが首をこてんと傾げて尋ねると、アークスとマーサは顔を見合わせ、大きなため息を同時に吐いた。

アークスの手には、金箔の押された分厚く豪奢な封筒が握られている。

「……実はな、リアン。来週、帝都で開かれる『帝都大晩餐会』の招待状が届いてしまったんだよ」

「晩餐会? アウラ国王様も来るような、すっごく大きなパーティーのこと?」

「ああ、その通りだ。私たち、元A級冒険者とはいえ、所詮は騎士や平民の出だろう? 伝統ある貴族たちの社交界になんて、どう振る舞えばいいか全く分からないのよ……」

マーサが困り果てた顔で頬に手を当てた。

冒険者としての実力はトップクラスでも、貴族としてのマナーや派閥の駆け引きに関しては完全な素人である。先の戦争で、リアンが親の影から暗殺や爆破工作、下痢薬の散布を行ってガルーダ軍を壊滅させたため、両親は「なぜか目の前の敵が勝手に倒れていき、気づいたら男爵になっていた」という経歴の持ち主なのだ。

「他の貴族たちに嫌味を言われたり、侮辱されたりしたら……俺は無意識に闘気を練って、相手を威圧してしまいそうで怖いんだ。母さんも、さっきから無意識に魔法の杖を磨き始めているしな……」

アークスが頭を抱えながら呻いた。

(……待て待て待て、ストップだ!!)

リアンは表面上は「そっかぁ……」と心配そうな子供の顔を保ちつつ、内面では簿記一級の処理能力をフル回転させ、冷や汗を滝のように流していた。

(親父たち、国王の御前で闘気や魔法をぶっ放す気か!? そんなことをしたら一発で『国家反逆罪』としてギロチン行きだぞ! シンフォニア家は取り潰し、領地も財産も全額没収される。そうなれば、俺の潤沢な活動資金も、平穏な学生生活も完全にショートする!)

(もし生活費のために『ネット通販』スキルを多用して金を稼ぐ羽目になれば……いずれ神々や国に不正アクセスがバレる! そして世界のバグとして捕まり、意識を四角い筐体に閉じ込められて、一生『冷やし太陽芋』を売り続ける【自動販売機】に改造されてしまう……ッ!!)

そんな致命的な『減損処理』を許すわけにはいかない。

リアンは前世の三ツ星シェフとしての冷静な計算と、子供としての無邪気な愛らしさを完璧な黄金比率でブレンドし、パッと顔を輝かせた。

「そうだ! 父さん、よかったら僕の友達のクラウス君に相談してみるよ!」

「……クラウス君? あの、名門アルヴィン侯爵家のご子息のか!?」

アークスが驚いて目を丸くした。アルヴィン侯爵家といえば、ルナミス帝国でも屈指の影響力を持つ大貴族である。

「まあ! それなら良いかもしれないわね。侯爵家の方が後ろ盾になってくだされば、他の貴族の方々も無闇に手は出せないはずよ。……でも、リアンからそんな大きなお願いをして、クラウス君の迷惑にならないかしら?」

マーサが少し心配そうにリアンの小さな手を握る。

リアンは安心させるように、にこっと満面の笑みを浮かべて胸を張った。

「任せてよ、父さん、母さん! 僕とクラウス君は、学園でも一緒にたこ焼きを食べるくらいの親友だもん! きっと力になってくれるよ、えへへ!」

「おお……そうか! アカデミーでの繋がりがこんなところで活きるとは。ありがとうリアン、お前は本当に自慢の息子だ!」

「ふふっ、リアンがこんなに頼もしくなるなんてね。それじゃあ、お願いしてもいいかしら?」

「うんっ! 早速、部屋から魔導通信石で連絡してみるね!」

両親からの温かいハグと頭を撫でる手を受け入れながら、リアンはトタトタと子供らしい軽い足取りで自室へと向かった。

ガチャリ、と自室の扉を閉め、鍵をかける。

さらに念を入れて、部屋の周囲に「防音の魔術結界」を展開した瞬間——リアンの顔から、八歳のあどけない子供の笑顔がスッと消え去った。

「……さて。シンフォニア家の『損益分岐点』の修正と、面倒な派閥争いという『不良債権』の処理を始めるとするか」

リアンは、前世の冷徹なフィクサーの顔に戻り、首をポキリと鳴らした。

バックパック型魔法ポーチから、ドワーフ製の高品質な『魔導通信石』を取り出す。特定の周波数へと魔力を流し込むと、数回のコール音の後、通信石の向こうから涼やかな少年の声が響いた。

『……私だ。リアンか。休暇に入って早々、お前の方から通信を寄越すとは珍しいな』

「クラウス。俺だ」

声色も、先ほどの「えへへ」という甘いトーンから、低く落ち着いたものへと切り替わる。

通信の相手は、宿命のライバルにしてアルヴィン侯爵家の嫡男、クラウス・アルヴィン。

「突然だが、お前の大好きな『ノブリス・オブリージュ』を存分に発揮する、絶好のチャンスをくれてやる」

『……何? どういう意味だ?』

クラウスの怪訝そうな声に対し、リアンは一切の無駄を省いた実務的なトーンで告げた。

「今度の帝都大晩餐会で、俺の親父……アークス・シンフォニア男爵を、アルヴィン侯爵派閥の庇護下に組み込め。新興の貴族を理不尽な嫌がらせから守り導くことこそ、お前が常日頃から口にしている『高潔なる貴族の義務』ってやつだろう?」

通信石の向こう側で、クラウスが微かに息を呑む気配がした。

「……なるほど。そういうことか。シンフォニア男爵家を我が派閥に、か」

「俺の平穏な生活——自動販売機にならないための未来を守るためだ。交渉の余地はないぞ、クラウス。お前の親父さんにも、英雄の武力を派閥に引き込めるなら悪い話じゃないはずだ」

両親の前では無邪気な息子を演じつつ、裏では帝国の政治的パワーバランスすら己の計算コストに組み込む。

9歳の肉体に隠された前世の知略と、帝都大晩餐会を無傷で乗り切るための、リアンの緻密な裏工作が静かに幕を開けたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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