EP 27
病室のから揚げ弁当と、崩壊する鉄壁の答弁
「てめぇェェェェェッ!! なに仮病でくつろぎながら弁当食ってんだァァァッ!!」
保健室の真っ白な空間に、リアンの魂からの叫び(ツッコミ)が爆音で鳴り響いた。
「モギュッ、モグモグ……。ごきゅっ」
ベッドの上で布団にくるまっていたリーザは、口いっぱいに頬張っていたから揚げを飲み込むと、悪びれる様子もなくキリッとした顔を作った。
「……お静かにお願いいたします。ここは神聖なる医療の場です。現在、私は深刻な体調不良からの回復を図るため、専門医からの指導に基づき【経口補水・および栄養療法】の最中であります」
「どの口が言ってんだ! どこにから揚げ弁当で栄養療法する重病人がいるんだよ!」
リアンがベッドの脇までズカズカと歩み寄り、リーザの持っているプラスチック容器を指差した。
「ふへへ……リアン先輩、クラウス刑事。分析が完了しましたぅ……」
いつの間にかベッドの下に潜り込んでいた鑑識・キャルルが、虫眼鏡を光らせながら立ち上がった。
「容疑者が摂取しているのは、間違いなく『タローソンの特盛りから揚げ弁当(銀貨半分)』です。しかも、ご飯には追加でマヨネーズがトッピングされているという、カロリーの暴力……もとい、極めて健康な胃腸でなければ消化できない代物ですぅ……」
「わー! リーザちゃん、美味しそうな病院食だね! 私も一口ちょうだい!★」
婦警コスプレのルナが、空気を一切読まずにから揚げに手を伸ばそうとするのを、リアンが首根っこを掴んで制止する。
「フッ……。見苦しいぞ、リーザ」
エリート刑事であるクラウスが、トレンチコートのポケットに手を突っ込んだまま、冷ややかな視線を見下ろした。
「侯爵家の僕を前にして、いつまでその『疑惑の政治家』の真似事を続けるつもりだ? 仮病を使って病院(保健室)に逃げ込み、ほとぼりが冷めるのを待つ……。そんな浅はかな逃亡劇が、僕たち1年S組ポリスに通用するはずがないだろう」
クラウスが、ベッドの柵にドンッ!と手をつき、リーザを威圧する。
「言い逃れはここまでだ。君のその健康すぎる胃袋が、何よりの『仮病の証拠』だ。さぁ、交番に戻って調書にサインをしてもらおうか」
だが、リーザは布団をギュッと握りしめ、まだ抵抗を試みる。
「……医者の診断書が出るまでは、私にはベッドで安静にする権利が……っ!」
「あ、そう。どうしてもシラを切り通すってんなら、別にいいぜ」
リアンは、突如としてスンッと冷静な声になり、インテリヤクザ特有の『底冷えするような笑顔』を浮かべた。
「お前が病気で、それが『治療に必要な栄養』だって言うなら、取り上げるわけにはいかねぇよな。……ただ」
スッ。
リアンは、リーザの手元にあった『タローソンのから揚げ弁当』の容器を、目にも留まらぬ早業で奪い取った。
「ああっ!? 私の点滴(から揚げ)!!」
「残念だったな。こいつは事件の全容を解明するための『重要な証拠品』として、警察が【押収】させてもらう。……もちろん、証拠品が腐っちまうといけないから、俺が責任を持って『証拠隠滅(胃袋への収納)』をしておくぜ」
リアンは、割り箸をパチンッと割り、一番大きくてジューシーなから揚げをひょいとつまみ上げた。
「……待って。ねえ、待ってリアン君」
リーザの顔から、政治家の余裕がスッと消え去り、等身大の『食いしん坊少女』の焦りが浮かび上がる。
「あー、美味そうだな。前世の三ツ星料理もいいが、こういうジャンクなから揚げが一番腹にたまるんだよなぁ。いただきまーす」
リアンが、から揚げを口に運ぼうと大きく口を開けた、まさにその瞬間。
「ああああああっ!! 待ってぇぇぇっ!! 私のから揚げぇぇぇっ!!」
ガバァッ!!
リーザがベッドから跳ね起き、リアンの足元にすがりついて大号泣を始めた。
「ごめんなさい! 全部私がやりました!! 五円玉にレモン汁と砂をかけて、徹夜でピカピカに磨いたのも私です!! 架空の秘書なんていません! 心室細動パニックなんたらも全部嘘です!! だから、だから私のから揚げだけは食べないでぇぇぇっ!!」
ついに、陥落である。
どれだけ厳しい追及を受けても、どれだけ決定的な証拠を突きつけられても決して崩れなかった【政治家バックレ・モード】は、たった一つの『自分のメシを奪われる』という物理的脅威の前に、あっけなく瓦解したのだ。
「……フッ。やはり、人間の本質(食欲)には逆らえなかったようだな」
クラウスが、勝利を確信したエリート刑事の笑みを浮かべて前髪をかき上げる。
「チョロいぜ。最初からこうして『現物』を人質に取ればよかったんだよ。ほらよ、食え」
リアンは呆れながら、から揚げ弁当をリーザの顔面に押し返した。
「はむっ! むぐむぐ……! ぐすっ、美味しい……タローソンのから揚げ、最高……!」
リーザは涙と鼻水を流しながら、一心不乱に弁当を掻き込み始めた。
その姿は、悪徳政治家などではなく、ただの不器用で腹を空かせた少女そのものだった。
「やれやれ。で? なんでお前はあんなくだらない詐欺を働いたんだ?」
リアンが、保健室の丸椅子にドカッと座り、腕を組んで尋問を再開する。
「お前、いくら食い意地が張ってるからって、犯罪に手を染めるようなタマじゃないだろ。しかも狙ったのが、購買部で一番高い『超高級ペガサス焼肉弁当(金貨3枚)』だ。……何か、裏の理由があるんじゃねぇのか?」
リアンの鋭い指摘に、エリート刑事のクラウスも頷く。
「確かに。君の普段の金銭感覚からすれば、金貨3枚の弁当など雲の上の存在。それをわざわざ偽造硬貨を使ってまで手に入れようとした動機が不自然だ」
弁当を平らげ、お茶をすすって一息ついたリーザは、ポツリポツリと真実を語り始めた。
「……実はね。私がいつもお世話になってる『タローソン』のお弁当工場が、今、倒産の危機にあるの」
「倒産? あの全国チェーンのタローソンが?」
リアンが眉をひそめる。
「うん。最近、大手の商会が安売りのスーパーをどんどん展開してて、タローソンの客足が激減してるんだって。このままだと、いつも私に『廃棄寸前のパン』をこっそり恵んでくれる優しい工場長さんが、クビになっちゃうの……っ!」
リーザの瞳から、再び大粒の涙がこぼれ落ちる。
「だから私、考えたの。購買部の『超高級ペガサス焼肉弁当』をどうにかして手に入れて……それを、お肉が好きな上級生のお金持ちの貴族に【金貨5枚】で転売する! そして、その利益を全部、工場長さんに寄付してタローソンを救おうって……!」
「……なるほど。転売の利ざやでタローソンを救済する、というわけか」
クラウスが顎に手を当てて唸る。
「うん……っ! まぁ、ペガサス肉の端っこは、ちょっとだけ味見させてもらおうかなとは思ってたけど……でも、本当の目的は工場長さんを助けるためだったの!」
動機は「恩人への救済」。
手段は「五円玉の偽造」と「高額転売」。
そして本音は「ちょっとだけ高級肉を食べたい」。
義理人情と、絶望的なまでの底辺の浅知恵、そして食い意地が入り混じった、なんともリーザらしい、バカバカしくも少しだけ泣ける真相だった。
「……お前なぁ。気持ちは分からなくもないが、やってることは完全にただの犯罪だぞ。そんなんでタローソンが救われるわけねぇだろ」
リアンが、呆れ半分、呆れ半分の(100%呆れている)声でため息をつく。
「うぅ……ごめんなさい……。でも、私にはこれしか思いつかなかったんだもん……。リアン君みたいに、パッとお金を稼ぐ頭脳なんてないから……」
リーザがシュンと肩を落とす。
「フッ……。相棒、どうする? 事情は事情だが、法は法だ。侯爵家としては、情状酌量の余地はあるにせよ、このまま無罪放免というわけにはいかないぞ」
クラウスが、刑事としての建前を口にする。
「……そうだな。俺たちは『時給とボーナス』のために警察をやってるんだ。こいつを突き出せば、生徒会からきっちり金貨がもらえる」
リアンが立ち上がり、リーザを見下ろす。
「だが……」
リアンの頭の中で、前世の三ツ星副料理長としての知識と、今世の守銭奴プロデューサーとしての**『悪魔的ビジネス回路』**が、猛烈な勢いで火花を散らし始めた。
(……待てよ? タローソンが経営危機? そして、このエリート学園の購買部は『超高級品』しか置いていない。……需要と供給のギャップ。そこには必ず【金脈】が眠っている……!)
ピカーンッ!!
リアンの瞳に、本日何度目か分からない、極大の【円マーク】が輝いた。
「おい、お前ら。……リーザを逮捕するのは一旦保留だ。俺の脳内で、とんでもない『シノギ(ビジネス)』の計画が完成しちまった」
リアンが、インテリヤクザそのものの極悪な笑みを浮かべる。
「り、リアン君? なんだかすごく悪い顔になってるよ!?★」
ルナが思わず一歩後ずさる。
「フッ、その顔……また何か、法と倫理のギリギリを攻める気だな、相棒?」
クラウスが、エリート刑事の顔から「共犯者」の顔へとシフトする。
「ああ。俺たち『警察権力』という最強のカードを使えば、タローソンを救い、なおかつ俺たちの懐も極限まで潤す、完璧な中抜きビジネスが展開できる!」
天才シェフにして悪徳プロデューサーのリアンが、学園の治安維持(という名目の権力)を利用した、最大の汚職ビジネスへと舵を切った瞬間であった。
標的は、先ほどリーザにパイを投げつけた、あの強欲な購買部の店長である!
読んでいただきありがとうございます。
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