EP 26
究極の逃亡術「体調不良による入院」
「お前が捜査されてる張本人だろうがァァァッ!!」
リアンの怒号が、プレハブ交番の薄暗い取調べ室に虚しく響き渡った。
『現在、当局が捜査中(調査中)の案件でありますので、私からのコメントは差し控えさせていただきます』
そんな、疑惑の政治家が国会答弁で使う「究極の逃げ口上」を、まさか目の前の食い意地が張ったピンクジャージの少女から聞かされるとは。
「いい加減にしろよ、リーザ! てめぇのそのふざけた答弁にも限界ってもんがあるぞ!」
リアンはインテリヤクザさながらの鋭い眼光で睨みつけ、手に持った魔界植物【折れたス(お祈りレタス)】をリーザの顔面にジリジリと近づけた。
「お前がやったって証拠は全部揃ってんだ! これ以上シラを切るなら、このメンタル破壊レタスを口にねじ込むぞ! さぁ、カツ丼食って素直に吐くか、トラウマをほじくり返されて絶望するか、どっちだ!」
絶体絶命のピンチ。
いかに政治家モード(強欲バックレ状態)に入っているリーザとはいえ、前章でS組の面々を阿鼻叫喚の地獄に叩き落とした『折れたス』の恐ろしさは本能で理解している。
(……くっ! このままでは、カツ丼を食べられないばかりか、お祈りメールの幻聴で精神を破壊されてしまう……! なんとかして、この取調べを『強制的』に終わらせる方法を……!)
リーザのサバイバーとしての脳細胞が、フル回転した。
そして、彼女は思い出したのだ。
国会で数々の不正を追及され、決定的な証拠を突きつけられて絶体絶命に陥った『大物政治家』たちが、最後に必ず切る【無敵の防御カード】の存在を。
「……う、うぅっ……!!」
突然だった。
手錠をかけられ、背筋をピンと伸ばして座っていたリーザが、ガクンと前かがみになり、苦しそうに胸を押さえ始めたのだ。
「あ、あぁぁぁっ……! む、胸が……! 心臓がぁっ……!!」
リーザはパイプ椅子ごと床に転げ落ち、ハァハァと荒い息を吐きながら痙攣し始めた。
「なっ!? リーザ!? おい、どうした!?」
リアンが慌てて『折れたス』を放り投げ、身を乗り出す。
「フッ、三文芝居だ。侯爵家の僕の目は誤魔化せないぞ。さっきまでカツ丼をガン見していた人間が、都合よく急病になるわけがない」
クラウスがトレンチコートを翻し、冷ややかな視線を送る。
「ち、違いますぅ……っ! 連日の過酷なサバイバル生活と……事実無根の罪を押し付けられた『強烈な精神的ストレス』により……持病の、ええっと……【極度空腹性・心室細動パニック症候群】が発症してしまったのです……!」
リーザが、聞いたこともない謎の病名をスラスラと(しかも棒読みで)口走る。
「病名が長ぇよ! 絶対今考えただろ!」
リアンが間髪入れずにツッコむ。
だが、リーザの芝居は止まらない。
彼女は床に這いつくばりながら、涙を浮かべて(※目にツバをつけて)リアンたちを見上げた。
「……誠に、誠に遺憾ではございますが……! 突然の体調不良が発覚いたしましたので、本日の答弁はここまでとさせていただき……療養のため、しばらく【入院】させていただきます!!」
「にゅ、入院だとォォォッ!?」
リアンの目玉が飛び出んばかりに見開かれた。
「あいつ、都合が悪くなったら急病のフリをして病院に逃げ込む、政治家の『最強のバックレ術』まで完コピしやがったぞ!!」
前世のニュース番組で死ぬほど見た光景である。疑惑の議員が、追及の的になった瞬間に車椅子に乗って大学病院に雲隠れする、あの無敵のコンボだ。
「入院だと!? ふざけるな、まだ調書にサインをしていないぞ!」
クラウスが慌ててリーザを取り押さえようと手を伸ばす。
だが、その時。
スポンッ!! という小気味良い音と共に、リーザの両手首を縛っていた『魔導手錠』が、スルリと抜け落ちた。
「なっ!? 手錠を外しただと!?」
「ふへへへ……クラウス刑事、彼女の手首を見てください……。連日の野草生活で痩せ細っているため、手首の関節を少し外すだけで、簡単に手錠から抜け出せる構造になっていますぅ……」
キャルルが虫眼鏡で手錠を観察しながら、恐るべきサバイバーの生態を解説する。
「どんな特殊能力だよ! おい、逃がすな!!」
リアンが叫ぶが、手首の自由を取り戻したリーザの動きは、完全に【野生の獣】のそれだった。
「国民の皆様には、ご心配をおかけして申し訳ありません! 詳しい説明は、退院後に必ず行います!(※絶対にやらないやつのテンプレ)」
シュバッ!!
リーザは、ピンクジャージの残像を残すほどの超スピードで取調べ室のドアを蹴り開け、プレハブ交番から弾丸のように飛び出していった。
「ああっ! 容疑者が逃げちゃったよー!★」
入り口で婦警のコスプレを楽しんでいたルナが、パタパタと手を振って見送る。
「見送ってんじゃねぇルナ! 追え! あの疑惑の議員を絶対に逃がすなァァァッ!!」
リアンは、冷めかけたカツ丼を机に叩きつけ、交番から飛び出した。
「くそっ! あそこまで完璧に政治家のムーブをトレースするとは! だが、このまま逃げられてたまるか! 俺の事件解決ボーナス(金貨)がパァになっちまう!!」
「フッ、面白い。エリート刑事であるこの僕から、仮病で逃げ切れると思っているのか。……行くぞ、相棒!」
クラウスもまた、トレンチコートをバサァッと翻し、リアンの隣を猛ダッシュで駆け抜ける。
「待ってください先輩〜! 逃走経路の足跡、バッチリ採取しますからぁ〜!」
安全靴を鳴らして追いかける鑑識・キャルル。
「ウー! ウー! 逃走犯発生でーす!★」
再び自前の口頭サイレンを鳴らし始める婦警・ルナ。
1年S組ポリスによる、前代未聞の『疑惑の議員・大追跡劇』が始まった。
ルナミス魔法学園、第三校舎・1階。
リアンたちが息を切らして辿り着いたのは、清潔な白い壁に囲まれた、静寂の空間――【保健室】の前だった。
「……ハァ、ハァ……。足跡と匂いの痕跡は、間違いなくこの部屋に続いてる。あいつ、本当に学園の保健室を『逃亡先の病院』として使いやがった……!」
リアンが、インテリヤクザのようにドアノブに手をかけながら、ギリッと歯ぎしりをする。
「相手は病人(仮病)だ。だが、僕たち警察権力の前では、その聖域も意味を持たない。突入するぞ、リアン」
クラウスが、いつでもドアを蹴り破れるように身構えた。
「ああ。徹底的にシラを切った代償、高くつかせてやる……!!」
バンッ!!
リアンとクラウスは、保健室のドアを勢いよく開け放ち、警察としての威信をかけて突入した。
だが、そこで彼らが目撃したのは。
反省して震えている容疑者の姿でも、苦しそうにベッドで寝込んでいる病人の姿でもなかった。
「……あ、リアン君。お疲れ様。今ね、すっごくいいところなの」
真っ白なシーツが敷かれたベッドの上。
そこには、布団をふかふかに被りながら、どこからか調達してきた『タローソンのから揚げ弁当』をモシャモシャと優雅に頬張っている、ピンクジャージの少女の姿があったのだ。
「てめぇェェェェェッ!! なに仮病でくつろぎながら弁当食ってんだァァァッ!!」
リアンの魂のツッコミが、保健室に爆音で鳴り響いた!
疑惑の政治家・リーザの完全なる敗北と、事件の思わぬ「真相」が明かされる時は近い!
読んでいただきありがとうございます。
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