EP 25
秘書のミスと、強欲なる政治家答弁
「……なあ、リーザ。頼むからもうその茶番はやめようぜ。カツ丼、冷めちまうぞ」
プレハブ交番の取調べ室。
リアンは、すっかり湯気の立たなくなった特製カツ丼を片手に、深い、本当に深い疲労の溜息を吐いた。
取調べが始まってからすでに小一時間が経過していた。
しかし、パイプ椅子に座らされた容疑者・リーザの【政治家バックレ・モード】は、一切崩れる気配がなかった。それどころか、時間が経てば経つほど、彼女の答弁は洗練され、老獪な大物政治家のような凄みすら帯びてきていたのだ。
「フッ……。強情な容疑者だ。だが、その鉄壁の言い逃れもここまでだ」
エリート刑事のクラウスが、トレンチコートを翻して不敵に笑った。
ガチャリ、と取調べ室のドアが開き、白衣姿の鑑識・キャルルが入ってきた。
彼女の両手には、透明な証拠品用のビニール袋が握られている。
「ふへへへ……先輩、クラウス刑事。決定的な証拠、上がりましたぁ……」
キャルルは、怪しい笑みを浮かべながら、ビニール袋を机の上にドサリと置いた。
「よくやった、鑑識! さぁ、これを見ろリーザ!」
リアンが、バンッと机を叩いて証拠品を指差した。
袋の中に入っていたのは二つ。
一つは、異常なまでにピカピカに磨き上げられ、不自然な光沢を放っている『穴あき銅貨(五円玉)』。
そしてもう一つは、レモン汁と砂の混ざった汚れがべっとりと付着した『古びた布の切れ端』である。
「購買部のレジに出された偽造金貨と、お前のジャージのポケットから押収した磨き布だ! お前の指紋もバッチリ検出されてるんだぞ! これでもまだ『事実無根』なんて寝言を抜かすつもりか!」
リアンの鋭い追及。
言い逃れ不可能な物的証拠を突きつけられ、普通の学生ならここで「うわあああん、ごめんなさいぃ!」と泣き崩れる場面である。
だが、疑惑の政治家と化したリーザは、ピクリとも表情を変えなかった。
彼女は、机の上の五円玉をスッと一瞥すると、手錠をかけられたまま恭しく頭を下げ、こう答弁した。
「……こちらの硬貨に関しましては、確かに面識はございます」
「おっ! やっと認めたな!」
リアンが身を乗り出す。
「しかしながら、あくまで一般的な付き合いであり、深い関係ではございません」
「硬貨相手に何言ってんだお前!!」
リアンの強烈なツカミが炸裂した。
「深い関係ってなんだよ! お前がレモン汁つけて必死に磨き上げてたんだろうが! ズブズブの共犯関係(自作自演)だろうが!」
「……特定のお金と癒着しているという誤解を招くような表現は、遺憾に存じます」
「遺憾なのはこっちだ!!」
リーザのあまりにも的外れで図太い言い訳に、リアンは頭を抱えた。
「相棒、下がるんだ。ここは僕に任せてくれ」
クラウスが、リアンの肩をポンと叩いて前に出た。
「君のその詭弁、侯爵家の僕には通用しないよ。……では、この『レモン汁と砂がこびりついた布』についてはどう説明するつもりだい? これは君自身のポケットから出てきたんだ。君が自分で五円玉を磨いていた、動かぬ証拠じゃないか」
クラウスが、冷徹な理詰めでリーザを追い詰める。
(さぁ、これにはどう答える? さすがに観念するはずだ……!)
だが、リーザは大きく一つ深呼吸をすると、真剣な面持ちでこう言い放った。
「……その布の件につきましては、先ほど私の事務所(秘書)に確認させましたところ、事務的なミスであったことが判明いたしました」
「…………は?」
クラウスの美顔が、完全にフリーズした。
「事務所!? 秘書!? お前、ただの1年生だろ! 秘書なんてどこにいるんだよ!」
リアンがすかさず激しいツッコミを入れる。
「……秘書の個人的な管理不足により、私のポケットに不適切な布が混入してしまったものと認識しております。私自身は、そのような布が入っているとは一切知らされておりませんでした」
リーザは、存在しない「秘書」にすべての責任をなすりつけるという、汚職政治家における最強のトカゲの尻尾切りを発動したのである。
「ふ、ふざけんじゃねぇぞリーザ! てめぇのポケットに入ってた布を架空の秘書のせいにするな! 責任逃れにもほどがあるだろ!」
「……任命責任は私にあると痛感しております。国民の皆様に多大なるご心配をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます」
リーザは全く反省の色がない声で謝罪の言葉を口にした後、チラリと横目で机の上のどんぶりを見た。
「……つきましては、そのカツ丼を速やかに私の口へ支給していただくよう、強く要請いたします」
「どの口が言ってんだァァァッ!! 誰が食わせるかこんなふざけた奴に!!」
リアンが怒りのあまり、カツ丼のどんぶりを振り上げそうになるのを、キャルルが「先輩、落ち着いてください! カツがこぼれますぅ!」と必死に止める。
「な、なんて女だ……!」
クラウスが、額に冷や汗を浮かべて後ずさった。
「自分の行動をすべて『秘書』という架空の存在に分離し、精神的なダメージを完全に無効化している……! これが、食欲だけを原動力に行き着いた人間の、究極の自己防衛本能だというのか……!」
エリート刑事のプライドすら粉砕する、リーザの異常なメンタル。
「くそっ……! このままじゃラチが明かねぇ! 俺のボーナスが遠のく一方だ!」
リアンは歯をギリギリと鳴らし、ついに「最悪の手段」に出ることを決意した。
「……おいリーザ。これ以上シラを切るってんなら、こっちにも考えがあるぞ。……おい鑑識! 前の章で余ったアレを持ってこい!」
「ふへへ……了解です、先輩。証拠保管庫から『アレ』を持ってきますぅ……」
数分後。
キャルルが厳重な金属ケースに入れて持ってきたのは、見るからにヤバいオーラを放つ、一枚の瑞々しい緑色の葉っぱだった。
「……前章の読者にはお馴染み、食べた者の脳内にトラウマ(お祈りメール等)を直接響かせ、心をボキボキにへし折る魔界植物……【折れたス(お祈りレタス)】だ」
リアンは、インテリヤクザの最高に悪い笑顔を浮かべ、その葉っぱをリーザの顔の前にチラつかせた。
「素直に吐けばカツ丼。このままシラを切るなら、この『折れたス』をドレッシング無しで口にねじ込む! さぁ、どうする!」
究極の二択。
いかに図太い政治家といえど、この精神崩壊野菜の恐ろしさは身をもって(前章で)知っているはずだ。
ついに「やりました」と泣きを入れるか。
だが。
リーザは、その「折れたス」をじっと見つめた後。
ゆっくりと首を横に振り、本日最大となる、最強のテンプレ答弁を放ったのだ。
「……現在、当局が捜査中(調査中)の案件でありますので、私からのコメントは差し控えさせていただきます」
「お前が捜査されてる張本人だろうがァァァッ!!」
リアンの怒号が、プレハブ交番に虚しく響き渡った。
泥沼化する取調べ。
追い詰められた疑惑の議員は、この後、さらなる【政治家最強の逃亡スキル】を発動させることになる!
読んでいただきありがとうございます。
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