EP 24
取調べ室のカツ丼と、鋼のメンタルの幕開け
ルナミス魔法学園のはずれ。薄暗いプレハブ交番のさらに奥に設けられた、狭くて埃っぽい『取調べ室』。
「……さて。お前のくだらない犯行のおかげで、こっちの調書の書類仕事が増えちまった。さっさと吐いて楽になれよ、リーザ」
天井からぶら下がった無骨な魔導ランプ(裸電球)が、カチリと音を立てて点灯した。
その眩い光が照らし出したのは、部屋の中央にポツンと置かれたパイプ椅子。そして、そこに座らされているピンクジャージの容疑者――リーザである。
彼女の両手は背中で『魔導手錠』によって固く縛り上げられており、顔にこびりついていたクリームはルナによって濡れタオルで拭き取られていたが、まだ少し甘い匂いを漂わせている。
そのリーザを挟み込むように、二人の刑事が仁王立ちしていた。
一人は、安物のコーヒーをすすりながら鋭い眼光を放つ『不良刑事』のリアン。
もう一人は、純白のトレンチコートを纏い、革手袋のシワを伸ばしながら優雅に見下ろす『エリート刑事』のクラウスだ。
「フッ……。侯爵家の僕を前にして、いつまで黙秘を貫くつもりか知らないが……無駄な抵抗はやめることだ。鑑識のキャルルが、君が五円玉をレモン汁で磨いていたという決定的な証拠(レモンの搾りカスと砂の成分)をすでに押さえているからね」
クラウスが、理詰めでプレッシャーをかける。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜……」
だが、リーザの口から返ってきたのは、黙秘権の行使でも弁明でもなく、腹の底から響き渡る『壮絶な空腹の音(腹の虫の悲鳴)』だった。
「……お前なぁ。取調べ中に堂々と腹鳴らしてんじゃねぇよ。緊張感のカケラもねぇな」
リアンが呆れ果てたようにため息をつく。
「だってぇ……私、お腹すいちゃったんだもん。購買部でパイ投げされて、クリームをもうちょっと味わって食べたかったのに、リアン君たちがすぐ連れてきちゃうから……」
リーザがパイプ椅子の上でモジモジしながら、恨めしそうに上目遣いで睨んでくる。
(……相変わらずブレねぇ食い意地だな。こいつは小難しい尋問より、食い物で釣った方が早い)
リアンとクラウスは、目配せで完璧な連携を取った。
「まぁ、お前が腹を空かせてるのは分かった。……おい、相棒。アレを持て」
リアンが顎でしゃくると、クラウスが「チッ、僕をパシリに使うなよ」と舌打ちしつつも、交番の奥から『あるもの』が乗ったお盆を運んできた。
カパッ。
リアンが、お盆に乗っていたどんぶりの蓋を開けた。
フワァァァァ……!
取調べ室に、ダシと醤油の香ばしい匂い、そして黄金色に輝く卵と、分厚い豚肉の揚げたて(トンカツ)の暴力的なまでの香りが充満した。
警察の取調べにおける、最強の自白強要アイテム――『特製・大盛りカツ丼』である。
「じゅるりッ!?」
リーザの瞳孔が、極限まで見開かれた。
口からナイアガラの滝のようにヨダレが溢れ出す。
「前世の知識で、俺が特別に作った特製カツ丼だ。肉はオーク肉の極厚ロース、卵は幻のコカトリスの有精卵を使っている。……どうだ? 最高に美味そうだろ?」
リアンは、わざとカツ丼の湯気を手で扇いで、リーザの顔へと送った。三ツ星副料理長の技術が込められたカツ丼の破壊力は、ただでさえ空腹のリーザにとっては拷問に等しい。
「た、食べたい! 食べたい食べたい食べたい!! 私、昨日からタンポポにマヨネーズかけたのしか食べてないのぉっ! お肉食べたいぃぃっ!!」
リーザがパイプ椅子の上で、手錠をかけられたまま魚のようにピチピチと跳ね回る。
「フッ、哀れな容疑者だ。……だが、これを食べるには条件がある」
クラウスが、冷徹な声で宣告した。
「君が犯した『偽造通貨行使未遂』および『詐欺未遂』。その犯行の動機と、手口の全容を素直に自白し、調書にサインすること。……そうすれば、このカツ丼は君のものだ。さぁ、洗いざらい吐け!!」
ドンッ!! と、クラウスが机を叩いた。
空腹のサバイバー少女であるリーザだ。
この圧倒的な「飴(カツ丼)」と「鞭(威圧)」を前にすれば、「ごめんなさい私がやりましたぁ!」と泣きながら自白するはずだった。
リアンもクラウスも、事件解決によるボーナス(金貨)を確信していた。
だが。
リーザは、目の前のカツ丼を食い入るように見つめながら、数秒間、ピタリと動きを止めた。
そして、彼女の瞳の奥で、何かが『カチリ』と切り替わる音がした。
「……ふむ」
リーザは、先ほどまでの「ヨダレを垂らす食いしん坊少女」の表情をスッと消し去った。
代わりに浮かんだのは、極めて冷静で、ふてぶてしく、そしてどこか『百戦錬磨の老獪さ』すら感じさせる、底知れぬ無表情だった。
「どうした? さっさと吐いてカツ丼食えよ」
リアンが怪訝な顔で急かす。
リーザは、手錠をかけられた背筋をピンと伸ばし、真っ直ぐにリアンを見据えて、抑揚のない声でこう言った。
「……身に覚えが、ございません」
「…………は?」
リアンの口から、間の抜けた声が漏れた。
「な、何を言っているんだ君は。購買部の店長が、君が現行犯で五円玉を金貨と偽って使ったと証言しているんだぞ!」
クラウスがトレンチコートの襟を正しながら、厳しく追及する。
だが、リーザは瞬き一つせず、淡々と答弁を続けた。
「……その件に関しましては、現在、私の記憶にはございません」
「ふざけんじゃねぇぞ! リーザ!」
リアンが机にバンッと両手をついて身を乗り出した。
「お前、さっきまで『クリームをもっと味わいたかった』って現場の状況をバッチリ覚えてたじゃねぇか! 何が『記憶にございません』だ! バレバレの嘘ついてんじゃねぇ!」
「……ご指摘の点につきましては、事実無根であります。私は、その購買部という場所に赴いたという明確な証拠がないと認識しております」
「現行犯で捕まってんのに事実無根なわけあるか! 鑑識のキャルルがお前が磨いた五円玉もしっかり押収してんだぞ! 往生際が悪いぞお前!」
リアンが青筋を立てて怒鳴りつける。
だが、リーザの【鉄壁の防御】は崩れない。
彼女は、まるで国会の答弁席に立つ『疑惑のベテラン大物政治家』のような、異常なまでの図太さとメンタルを発揮し始めたのである。
「な、なんだこの女……!? さっきまでの食い意地が嘘のように消え失せている……!」
クラウスが冷や汗を流しながら後ずさる。
「いや、違う! 相棒、彼女の目をよく見ろ! 確実にカツ丼をロックオンしている! 罪は認めたくない(怒られたくない)が、カツ丼は堂々と食ってやろうという『極限の強欲』が、彼女のメンタルを鋼鉄の政治家に変えているんだ!!」
エリート刑事の推理通りだった。
リーザは「カツ丼は食べたい、でも罪は認めたくない」という人間の欲望の行き着く果てを、どこかで聞きかじった政治家のテンプレ答弁で強引に乗り切ろうという暴挙に出たのだ。
「いい加減にしろよリーザ! てめぇが吐かねぇと、事件解決にならなくて俺の特別ボーナスが確定しねぇんだよ! さっさと自白してカツ丼食え!」
リアンが、カツ丼のどんぶりを片手に詰め寄る。
「……私の発言は先ほど申し上げた通りであり、これ以上の答弁は差し控えさせていただきます。……あ、カツ丼は冷めないうちに頂きたい所存です」
「どの口が言ってんだ!!」
プレハブ交番の取調べ室で、ボーナスが欲しい不良刑事と、カツ丼だけをタダ食いしたい疑惑の政治家の、終わりの見えない泥沼の答弁が幕を開けた!




