EP 22
交番コント開幕と、エリート刑事(侯爵令息)の流儀
ルナミス魔法学園の広大な敷地のはずれ。
旧校舎へと続く、普段は誰も通らないような薄暗い裏道の入り口に、その建物はあった。
「……おい、マジで言ってんのか。これが俺たちの新しい職場か?」
リアン・シンフォニアは、目の前にある建造物を見上げて、ピクピクとこめかみを引きつらせた。
そこにあったのは、トタン屋根に色あせた壁、そして隙間風が吹き抜けそうな『四畳半のプレハブ小屋』である。
入り口のガラス戸には、ガムテープで乱雑に『学園交番(風紀取り締まり特別詰所)』と書かれた紙が貼られている。超エリート校であるルナミス学園の華やかさとは完全に無縁の、まさに掃き溜めのような場所だった。
「わぁ〜! なんだか秘密基地みたいでワクワクするね、リアン君!★」
ルナが目を輝かせながら、軋むガラス戸をガラガラと開ける。
中には、傷だらけの事務机が二つ、パイプ椅子がいくつか、そして壁には『指名手配(※図書室の本の延滞者など)』のポスターが貼られているだけ。
お世辞にも快適とは言えない空間だったが、時給銀貨2枚(約2000円)という破格の労働条件と、ボーナス(金貨)の匂いに釣られたリアンにとっては、もはやここは『新たなビジネスの拠点』でしかなかった。
「……まぁいい。雨風がしのげて時給が発生するなら、ここが俺の城だ」
リアンは一番奥の事務机にどっかりと腰を下ろすと、引き出しから紙コップを取り出し、持参した安物のインスタントコーヒーを注いだ。
そして、机の上に両足を投げ出し、どこからか調達してきたスポーツ新聞(学園のゴシップ紙)を広げる。
その姿は、完全に『定年間近でやる気を失い、ただ年金と退職金だけを待ち望んでいる事なかれ主義の腐敗デカ』そのものであった。
「やれやれ。こんな掃き溜めのような場所にまで、侯爵家の僕が足を運ばねばならないとはね」
ガラリ、とガラス戸を開けて入ってきたのは、クラウスアルヴィンである。
制服の上に、仕立ての良さそうな純白のトレンチコートを羽織り、手には本革の手袋。その立ち振る舞いには、腐敗したプレハブ小屋には似つかわしくない『高貴なエリートのオーラ』が漂っていた。
「フッ、相変わらず下品な座り方だな、リアン。君のような叩き上げの不良刑事がいるから、学園の治安が良くならないんだ」
「うるせぇな、キャリア組のエリート様。俺は時給が発生する時間だけ、ここに座って息をしてるんだよ。正義感なんかで腹は膨れねぇんだ」
リアンが新聞越しに睨み返すと、クラウスは鼻で笑ってパイプ椅子に優雅に腰掛けた。
「僕はこの学園の規律を守るために来た。だが……君の言う『成果報酬(金貨ボーナス)』という響きも悪くない。正義を執行し、その対価として得た資金で騎士団の装備を強化する。今回は特別に、君と手を組んでやろう、相棒」
完全に『エリート刑事と不良刑事のバディもの』のロールプレイである。侯爵家の矜持を保ちつつも、リアンのコントに全力でノッてくるクラウスの適応力は流石だった。
「どうかな、リアン君! 私のタイトスカート、ちょっと短すぎたかな? ふふっ、リアン君の心を盗んだ罪で、私を逮捕しちゃう?★」
ルナは、ボディラインがくっきりと出る『超ミニスカ婦警』の制服に身を包み、手錠をチャラチャラと鳴らしながらウインクを決めている。
「公然わいせつ罪でしょっぴくぞ。あと俺はコンプライアンスに厳しいから、そういうセクハラまがいのトラップには引っかからねぇ」
リアンは新聞から目を離さずに冷たくあしらった。
「ふへへへ……。リアンP、この床のホコリ……ただの砂じゃないです。微量の魔力反応と、購買部で売ってる『タローソンのから揚げ』の油の成分が混ざってますぅ……」
部屋の隅では、白衣を着て安全靴を履いたキャルルが、虫眼鏡を片手に床を這いずり回っている。鑑識(オタク気質)のロールプレイが完全に板についており、目がマジでヤバい人のそれだった。
全員が完全に自分の役割に入り込んでいる中、リアンはズルズルと安物のコーヒーをすすり、ふぅと息を吐いた。
「いいか、お前ら。俺たち『1年S組ポリス』の行動理念を叩き込んでおく」
リアンが机から足を下ろし、インテリヤクザのような鋭い眼光で仲間たちを睨み据えた。
「俺たちの目的は『学園の平和』じゃねぇ。生徒会から支給される『時給とボーナス(金貨)』だ。だから、迷子探しや喧嘩の仲裁みたいな、ボーナスが出ない面倒な事件には一切関わらない。これを『民事不介入の原則』という!」
「相変わらず浅ましいな、リアン」
クラウスが肩をすくめる。
「だが、合理的な判断だ。些末な事件は無能な一般風紀委員に任せておけばいい。僕たちが動くのは、巨悪……つまり『ボーナス(金貨)の出る重大事件』のみというわけだね?」
「その通りだ、エリート。お前、分かってんじゃねぇか」
「当然だ。僕は侯爵家の嫡男だからね。動くからには、相応の価値がある獲物しか狙わない」
最低すぎる腐敗警官と、エリート刑事の悪魔的合意。
その時、クラウスが部屋を見渡して眉をひそめた。
「……そういえば、リーザがいないな。サボりか?」
「あいつなら、『今日はなんだか運勢がいい気がするから、全財産を使って購買部で一番高い【超高級ペガサス焼肉弁当】を買ってくる!』って言って、タローソンの釣り銭を握りしめて走っていったぞ」
リアンが呆れたように答える。
「リーザちゃんが高級弁当? 珍しいね。いつもは野草にマヨネーズかけて食べてるのに……」
ルナが不思議そうに首を傾げた、まさにその時だった。
ジリリリリリリリリリリッ!!!!
机の上に置かれていた、本部と直通の『緊急通報用・魔導黒電話』が、鼓膜をつんざくようなけたたましいベルの音を鳴らした。
同時に、プレハブ小屋の天井に設置されていた赤色の魔導ランプ(パトランプ)が、ギュルンギュルンと激しく回転し始める。
「事件だ! クラウス、電話を取れ!」
リアンが新聞を放り投げ、声を張り上げる。
「チッ、人使いの荒い相棒だ」
クラウスは革手袋のまま受話器を取り、優雅に耳に当てた。
「はい、こちら学園交番。……何? 購買部(売店)で詐欺事件? 現行犯だと?」
「詐欺事件だと……!? おい、それは生徒会からの『ボーナス支給対象』の重大インシデントじゃねぇか!」
リアンの目に、再び強烈な円マークが浮かび上がる。
「詳細を聞け、クラウス! 犯人の特徴は!?」
「あぁ、分かっている。……店長、犯人の手口と特徴を教えてくれ。ふむ……なるほど。『穴の開いた銅貨(五円玉)をピカピカに磨き上げて、これを新種の金貨だと言い張って高級弁当を騙し取ろうとした』……だと?」
「……は?」
リアンの動きがピタリと止まった。
「犯人の特徴は、【ピンク色のジャージを着た、食い意地の張った1年生の女子生徒】。現在、激怒した店長から顔面にパイを投げつけられ、クリームまみれになって現場で暴れている模様……だとさ」
「――――ッ!!」
プレハブ小屋に、一瞬の静寂が落ちた。
ピンクのジャージ。穴の開いた銅貨(五円玉)を磨くという、あまりにもセコすぎる手口。そして、高級弁当。
犯人の正体は、どう考えても、さっきまでこの交番に来るはずだった『あの極貧サバイバー少女』しかあり得なかった。
「……身内の不祥事か」
クラウスが、呆れたようにため息をついた。
「いや、関係ねぇ」
リアンは、腰に提げた魔導手錠をガチャリと鳴らし、極悪非道な笑みを浮かべた。
「犯人が誰だろうと、俺のボーナス(金貨)の査定には関係ない。むしろ、身内を容赦なくしょっぴくことで、生徒会に『俺たちのコンプライアンス意識の高さ』をアピールできる絶好のチャンスだ!!」
「フッ、君のその血も涙もない強欲さ……嫌いじゃないよ、リアン。侯爵家の名にかけて、犯罪者は身内であろうと容赦なく裁く!」
クラウスもまた、白いコートを翻して不敵に笑う。
「よし野郎ども、出動だ! 容疑者は『ピンクジャージの偽造金貨詐欺犯』! 現場に急行し、ボーナスという名の正義を執行するぞ!!」
「「「了解!!」」」
サイレン(ルナが口で「ウー! ウー!」と叫んでいる)を鳴らしながら、1年S組ポリスはプレハブ小屋から飛び出した。
身内を容赦なく売り飛ばし、金に換えるための非情な捜査線が、今、購買部に向けて引かれたのである。
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