EP 19
公爵令息の涙と、圧倒的な敗北
「……俺にも、その『絶望と救済のサラダ』を食わせてくれ!!」
「私にも! 最近、就活も恋愛もうまくいかなくて……思い切り泣いて、スッキリしたいの!!」
審査員たちの「泣き笑い」という異常すぎるリアクションを見た観客たちが、堰を切ったようにリアンの屋台へと押し寄せてきた。
「いらっしゃい! 己のトラウマと向き合う覚悟のある奴だけ並びな!!」
リアンが神速の包丁さばきで『折れたス』を切り分け、特製の【オニオンナイト入り・甘辛シーザードレッシング】を豪快にぶっかける。
「ひぃぃっ! り、リアン君! 金庫がもう閉まらないよぉ!」
「ふへへへ……金貨の雨だぁ……っ!」
売り子のルナが悲鳴を上げ、リーザがよだれを垂らしながら硬貨の山にダイブする。
クラウスとキャルルも、押し寄せる客の列を整理するのに必死だ。
一方。
特設会場の右側、ユリウスの【カフェテリア・グランヴェル】の前は、見事なまでに「もぬけの殻」となっていた。
「ば、馬鹿な……。僕の……僕のペガサス肉が。最高級のキャビアが、ただの草に負けるというのか!?」
ユリウスは、誰もいなくなった自分の屋台の前で、ワナワナと肩を震わせていた。
「認めない……。こんな下品な料理が、人の心を打つなど! きっと何かの幻術だ! 舌を誤魔化す魔法を使っているに違いない!!」
ユリウスが血走った目でリアンの屋台に乗り込んできた。
「おい、男爵家のガキ! 詐欺はやめろ! 僕が直々に、そのインチキ草のタネを暴いてやる!!」
「……いいぜ。なら、てめぇ自身の舌で確かめてみろ」
リアンは一切動じず、カウンター越しに小皿に盛ったサラダを差し出した。
「ふん! こんなもの……!」
ユリウスは怒りに任せてフォークを突き立て、サラダを口に放り込んだ。
(……!! なんだ、この味は!?)
ユリウスの瞳孔が開く。
シャキシャキとしたレタスの完璧な食感。そして何より、失恋亜種特有の「青臭さ」を完全に打ち消し、暴力的なまでの旨味に昇華させているドレッシングの存在。
(甘い……いや、辛い!? この突き抜けるような風味は、幻のタマネギ魔獣……『涙目のオニオンナイト』か!? これほどの猛毒食材を、一切の雑味なく調理するだと!?)
美食家であるユリウスの舌が、リアンの料理人としての【圧倒的な格の違い】を理解してしまった。
だが、本当の地獄はそこからだ。
彼がサラダを飲み込んだ、その瞬間。
『……ユリウス。お前は優秀な兄の「スペア(予備)」に過ぎない。魔法の才能も平凡なのだから、せいぜい料理などの道楽で、貴族同士の社交の道具にでもなるのだな』
「――――ッ!!」
ユリウスの脳内に直接響き渡ったのは、他でもない、絶対権力者である『父親(公爵)』の冷酷な声だった。
「あ……がっ……!」
ユリウスは喉をかきむしり、その場に両膝をついた。
「違う……。僕は、僕はただ……お父様や兄様に、僕自身の価値を認めてほしかっただけで……っ!!」
白鳥の羽をあしらった豪奢なマントが泥に塗れるのも構わず、ユリウスは地面に突っ伏して、子供のようにボロボロと涙をこぼし始めた。
彼が「美食」に異常なまでに執着していた理由。
それは、魔法や剣術で評価されない彼が、唯一、家族から「美味い」と褒められたのが『料理』だったからだ。しかし、それすらも「道楽」と切り捨てられた過去のトラウマが、ユリウスの心を縛り付けていたのである。
「ユリウス様!?」
取り巻きの風紀委員たちが慌てて駆け寄る。
だが、リアンは静かにその光景を見下ろしていた。
「……泣けよ。プライドの鎧を着たままじゃ、本当に美味い飯は作れねぇんだよ」
五分後。
しゃくり上げていたユリウスの胸の奥に、ある感覚が広がり始めた。
それは、オニオンナイトの『極上の甘み』がもたらす、魂への救済。
(……そうか。僕は、誰かに認められるために料理を作っていたんじゃない。ただ、美味しいものを食べた時の『笑顔』が見たかっただけなんだ……!)
「あ、ああ……っ」
ユリウスは涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
その顔には、先ほどまでの傲慢でイヤミな公爵令息の面影はなく、ただ純粋に料理を愛する一人の青年の顔があった。
「……負けたよ」
ユリウスは、リアンに向かって深々と頭を下げた。
「味、構成、そして食べる者の心を動かす力。すべてにおいて、君の『絶望のサラダ』の圧勝だ。……僕は根本から間違っていた。料理とは、飾るためのものではないんだな」
特設会場に、静寂が落ちる。
そして、審査員席の学園長が立ち上がり、高らかに宣言した。
「勝者、1年S組・リアン・シンフォニアの『地獄のメンタルクリニック屋台』!!」
「「「うおおおおおおおっ!!!」」」
会場中を揺るがすような、大歓声と拍手が巻き起こった。
「やったぁぁっ! リアン君、勝ったよ! 圧倒的勝利だよ!★」
ルナが飛び跳ねて喜び、キャルルやクラウスとハイタッチを交わす。
「約束通り、君の屋台の営業停止は撤回だ。……そして、これが僕からの敗北の代償だ」
ユリウスは懐から、ずっしりと重い革袋を取り出し、カウンターに置いた。
中には、眩いばかりの光を放つ【金貨500枚】が詰まっている。
「……ありがたく受け取っておくぜ、ユリウス」
リアンはニヤリと笑い、その革袋をガッチリと掴んだ。
(よっしゃぁぁぁぁっ!! ついに、ついに全焼したアーリーリタイア資金を取り戻したぞ!! これでまた、働かずに悠々自適な生活を送る計画が再始動できる!!)
天才シェフの起死回生のビジネスは、これ以上ないほどの完璧な大成功を収めた。
だが、彼は忘れている。
この世界(というか、この物語のシステム)が、リアンに「平穏な金持ちスローライフ」を絶対に許さないという、宇宙の真理を。
栄光の絶頂の裏側で、女神ルチアナによる『えげつない搾取のシステム』が、すでに牙を剥いて待ち構えているのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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