EP 18
学園祭開演! 天才シェフの究極の『絶望調理』
ルナミス創立祭、当日。
学園のメインストリートは、色とりどりの装飾と、香ばしい屋台の香りに包まれていた。
その中央広場に設置された特設会場には、対照的な二つの屋台が陣取っていた。
右側は、公爵家次男・ユリウスが運営する【カフェテリア・グランヴェル】。
白のタキシードを着たウェイターが並び、ペガサス肉のグリルや高級キャビアをあしらった、宝石のような料理が飛ぶように売れている。
そして左側は、ダンボールで補強されたリアンの【地獄のメンタルクリニック・屋台】。
アフロヘアーがようやく直ったばかりのリアンが、血走った目で調理を行っている。
「行列の数はユリウスの方が上か……。だが、勝負は食った瞬間の『絶望』と『感動』の総量で決まる!」
リアンは、昨日苦労して仕留めた『涙目のオニオンナイト』をまな板に乗せた。
彼はこの日のために、全ての『折れたス(お祈り野菜)』を、オニオンナイトの催涙成分を中和させるための『魔法のドレッシング』に漬け込んでいた。
「このオニオンナイトの甘みが、失恋亜種の青臭い虚無感を、圧倒的な幸福感へと変える……! 前世の三ツ星技術を全投入した、俺の渾身の『絶望のシーザーサラダ』、いざ勝負だ!」
「審査員の方々、お待たせいたしました」
ユリウスが、誇らしげに一皿を差し出す。
「こちらが『ペガサス肉のロースト・極上キャビアのソース仕立て』です。一口食べれば、貴族の嗜み、至福の優雅さを感じていただけるでしょう」
審査員である学園長や教頭たちが、一口食べる。
「おお……! なんという口当たりの良さ! ペガサスの脂が、極上のキャビアと溶け合って……まさに天上の味です!」
「素晴らしい! これぞ美食の極み!」
会場から歓声が上がる。ユリウスは、勝負ありと言わんばかりにリアンを冷ややかに見下ろした。
「さぁ、次が最後だ。男爵家の雑草を拝ませてもらおうか」
リアンは、平然とした顔でボウルを差し出した。
「『究極の、絶望のサラダ』だ。……食ってみろ」
審査員たちは、怪訝な顔でそのサラダを口にした。
見た目は普通だが、漂ってくる香りが尋常ではない。かつてないほど濃密な、旨味の爆弾のような香りだ。
審査員が一口、食べた瞬間。
『……慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくこととなりました――』
『……ゼイン様、先輩としては好きですが、男としては見られません』
『……君の提案書、最後まで紛糾したけれど、コストパフォーマンスで負けたよ』
「うあ……あぁ……っ!!」
審査員たちの瞳から、涙がボロボロと溢れ出した。
彼らが味わったのは、自分が人生で犯してきたミス、見送ったチャンス、叶わなかった夢、そして若き日の恥ずかしい失敗の数々。
そのすべてが、強烈な悲しみとなって脳内に突き刺さった。
「ああ、なんて情けないんだ……私はなんて甘い審査をしてきたんだ! 若い頃の情熱を、いつの間にか忘れてしまっていたのか……!」
学園長が、威厳も何もかなぐり捨てて、審査員席でボロ泣きしている。
「おい、どうした審査員たち!? なぜ泣いている!?」
ユリウスが焦って声を上げる。だが、次の瞬間。
(……だが、私はその悔しさを知っている。だからこそ、今こうして教育者としてここに立っているのではないか……!)
絶望の底で、審査員たちの心に『残り香』が漂った。
そう、オニオンナイトの圧倒的な甘みと旨味が、すべての悲しみと苦みを飲み込み、「……だが、それでも人生は悪くない」という、震えるほどの幸福感へと塗り替えていく!
「……美味い! この旨味、そしてこの突き抜けるような救済感は何なんだ!? 私の心の中で、過去のすべてが許されたような気がする……!!」
審査員たちは、顔をくしゃくしゃにして笑い、再びサラダを口に運んだ。
泣き笑いながら、夢中で食べるその姿は、まるで悟りを開いた修行僧のようだった。
「な、なんだこれは……。あんなに惨めな思いをさせられているのに、なぜ彼らはこんなにも満たされた顔をしているんだ……?」
ユリウスが、信じられないものを見る目でリアンを見る。
リアンの背中には、まるで三ツ星シェフのオーラが神々しく揺らめいていた。
「絶望したままで終わらせねぇ。……それが、俺の料理だ」
リアンは静かに告げた。
その瞬間、特設会場にいた全観客の視線が、ユリウスの高級料理から、リアンの差し出した「絶望と救済のサラダ」へと、完全に引き寄せられていた。
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