EP 14
絶望のソムリエと、メンタルクリニック『リアン』
「はい、次のお客様! 希望する進路と、現在の『不安度』を教えてください!」
「魔、魔導具研究室の三次面接です! 自分のポートフォリオ(作品集)が評価されるか不安で……昨日は胃薬を三瓶飲みました!」
「なるほど。専門職志望で、自己評価と市場評価のギャップに怯えているわけですね。なら、処方箋はこちらです」
ルナミス魔法学園、中庭。
リアンのフードトラックの前には、今日も長蛇の列ができていた。
「【中途採用・お祈り種(ロメインレタス風)】のシーザーサラダ、カリカリベーコン乗せです。お代は銀貨1枚」
「あ、ありがとうございます……! いただきます!」
学生がサラダを一口食べる。
数秒後。
『……ご提出いただきました作品集を拝見し、慎重に選考を行いました。貴殿の魔導回路の構築技術は大変魅力的ではございますが、現在弊ギルドが求めている要件と、技術的なミスマッチが極めて僅かにございました――』
「あ、あああぁぁぁっ……! ミスマッチ! 僕の芸術的な魔導回路が、実務的じゃないとやんわり否定されたぁぁっ!」
学生はボウルの前で泣き崩れ、地面をバンバンと叩いた。
だが、三分後。
「……甘かった。僕は芸術家になりたいんじゃない、魔導具『職人』になりたいんだ。顧客のニーズに合わせた実用的な回路に、今夜徹夜で組み直してやる……!!」
涙を拭った学生の顔は、一流のエンジニアが持つ『妥協なき職人の顔(メンタルタフネス+500)』へと変貌していた。
「ありがとう、マスター! 目が覚めたよ!」
「お大事に! さぁ、次のお客様!」
「ひぃぃ、リアン君! 銀貨を数える手が腱鞘炎になりそうだよぉ!」
カウンターの奥で、売り子のリーザが悲鳴と歓喜の入り交じった声を上げる。
金庫の中は、すでに銀貨と金貨で溢れ返っていた。
絶望サラダの噂は、学園中を瞬く間に駆け巡った。
『あそこの屋台のサラダを食べると、一時的に地獄を見るが、その後の面接や試験で絶対に緊張しなくなる』という都市伝説は、プレッシャーに苛まれるエリートたちにとって、まさに救いの蜘蛛の糸だったのだ。
リアンは今や、ただの料理人ではない。
『万能鑑定眼鏡』をインテリヤクザのように光らせ、顧客の悩みに合わせて最適な『折れたス(絶望)』を処方する、悪魔のメンタルコンサルタントと化していた。
「リアン君、次は外部からのお客様だよ! 商人ギルドの人みたい!」
リーザが声を潜めて言った。
列の先頭に立っていたのは、恰幅の良い中年の商人だった。
「噂を聞いてね。私は明日、王城での大規模な『魔石納入コンペ』を控えているんだが……ライバル商会の提案書が強力でね。どうしても弱気になってしまう。私に効くサラダはあるかね?」
「大勝負を控えたベテラン商人様ですね。お任せください。大人のプライドを完璧にへし折る、極上の特効薬がございます」
リアンは、氷水でキンキンに冷やしたガラスの器を取り出した。
「【コンペ敗退種(水耕栽培個体)】を使用した、冷製チョレギサラダです。この個体は無菌室で育つため、シャキシャキ感は全品種トップ。……ですが、葉がコピー用紙のように薄いのが特徴です」
「ほう、美味そうだ」
商人がサラダを口に運ぶ。
ゴマ油と塩昆布の風味が、みずみずしいレタスの食感と共に弾けた。
「うん、これは絶品だ! 王都の一流レストランにも引けを取らな――」
『……社内審査委員会にて厳正に審査いたしました結果、今回は【他社様の提案が、弊社の求めるコストパフォーマンスにより合致した】ため、そちらを採用することとなりました』
「ッッッ!?」
商人の動きが、彫像のように硬直した。
『……〇〇様の提案書は非常にクオリティが高く、最後まで議論が紛糾いたしましたことを申し添えます』
「ごほっ、がはぁッ……! コストパフォーマンス……! 提案の質では勝っていたのに、価格競争で負けた……! 徹夜でパワポ(魔法幻灯機)の資料を作った部下たちに、なんと顔向けすれば……ッ!」
大の大人が、屋台の前で頭を抱えてむせび泣き始めた。
周囲の学生たちも「うわぁ、あれはキツい」「社会人の絶望はリアリティが違うな……」と同情の視線を向ける。
だが、五分後。
「……フッ。ハハハッ!」
商人は立ち上がり、ギラギラとした肉食獣のような目をリアンに向けた。
「惜しかった、などという言葉は敗者の慰めに過ぎん! 質が良いのは当たり前だ。私はこれから商会に戻り、物流ルートを根本から見直して、ライバル商会を圧倒する『最強のコスト削減案』を徹夜で叩きき出してやる!!」
商人は金貨を3枚、カウンターに叩きつけた。
「素晴らしい絶望だった! おかげで、私が丁稚奉公だった頃の『ハングリー精神』を思い出したよ! 坊主、また来るぞ!」
「毎度あり! 徹夜明けには特製の栄養スープも用意しておきますよ!」
リアンは金貨を弾いて音を確かめ、ニヤリと笑った。
(完璧だ。新卒(ノーマル種)、中途(ロメイン風)、コンペ敗退(水耕栽培)。顧客の属性に合わせた完璧なターゲティング。この調子なら、全焼した5000万を回収するのも時間の問題だな)
夕暮れ時。
「あーっ、疲れたぁ! でも大儲けだねリアン君!」
リーザがエプロンを外し、金庫を撫で回しながらうっとりとしている。
「ああ、今日はここまでだ。明日の仕込みをするぞ」
リアンは、屋台の冷蔵魔導具の中から、厳重に何重にもロックがかけられた『赤いタッパー』を取り出し、カウンターの奥にそっと置いた。
そこへ、放課後の魔法訓練を終えたルナとキャルルがやってきた。
「リアン君、お疲れ様! 今日も大盛況だったね!★」
「ふへへ、リアンPがどんどんお金持ちになっていく……頼もしい……」
「おう、お前らもご苦労。……いいか、絶対に触るなよ?」
リアンは、赤いタッパーを指差して、三人に極めて真剣な顔で念を押した。
「リアン君、それ何が入ってるの?」
ルナが首を傾げる。
「俺が昨日、旧魔導温室の最奥で発見した『折れたス』の突然変異種だ。……通称、【お友達から種(失恋亜種)】。サラダ菜みたいにフワフワしてて甘いが、食うと『強烈な青臭さと、終わった恋の切なさ』が無限にフラッシュバックする」
リアンの言葉に、家庭科室でのトラウマを思い出したルナとキャルルがビクッと肩を揺らした。
「こいつはヤバすぎる。就活生に食わせたら、面接どころか『誰からも愛されない』という虚無感に襲われて、試験をブッチして実家に帰っちまう危険性がある。だから、一般販売は絶対に禁止だ。これは俺が後で、解毒剤を作るために研究用として使う」
「わ、わかったよ……。そんな恐ろしいもの、絶対に見たくもないし!★」
ルナがぶんぶんと首を振る。
「よし、じゃあ俺は明日のドレッシングの材料を買い出しに行ってくる。リーザ、火の元と戸締まりは頼んだぞ」
「任せて! お金の計算終わったら鍵閉めとくね!」
リアンが屋台を離れ、夕焼けの学園へと歩き出す。
だが。
この時のリアンは、天才ゆえの慢心を抱いていた。
『絶対に押すなよ』という言葉が、このカオスな1年S組のメンバーにおいて、いかに強力な【フラグ】として機能するかということを、完全に失念していたのである。
「えっと……リアン君の使ってたボウル、洗っておこうかな」
ルナが、屋台のキッチンに入り、片付けを手伝い始めた。
その横には、ロックが解除されたままの『赤いタッパー』と。
明日使う予定の、大量の『特製シーザードレッシングの仕込み樽』が、隣り合わせで置かれていた。
最悪のバイオハザード(失恋パンデミック)の足音が、すぐそこまで迫っていた。
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