EP 13
絶望のフードトラック、開業!(最初のカタルシス)
ルナミス魔法学園、第三校舎の裏手。
そこには、学園内で最も重く、暗く、そして胃の痛くなるような空気が渦巻く場所――『進路相談室(就職課)』があった。
近衛騎士団、宮廷魔導士、あるいは一流の魔導具ギルド。
エリートコースへの切符を掴むため、連日連夜のエントリーシート(身上書)作成と面接対策に追われる上級生たちが、目の下に濃いクマを作り、ブツブツと自己PRを呟きながら廊下を徘徊している。
そんな、極限のプレッシャーが支配する空間のど真ん中に。
「はい、いらっしゃい! 面接前のメンタル補強はいかがですかーっ!」
場違いなほど元気な声と共に、一台の派手な『屋台』が鎮座していた。
看板には、デカデカとこう書かれている。
【面接突破率100%! 奇跡のメンタル錬成サラダ・銀貨1枚(※ただし自己責任)】
「リアン君! 本当にお客さん来るかな!? サラダ一杯で銀貨1枚(約1000円)なんて、学食のAランチと同じ値段だよ!」
サクラ兼売り子としてエプロンを身につけたリーザが、不安げにキョロキョロと周囲を見回す。
「馬鹿野郎、タローソンの弁当しか知らねぇお前には分からねぇだろうがな」
屋台の奥で、完璧なコックコートを着込んだリアンが、包丁を片手に不敵な笑みを浮かべた。
「あの絶望の底から這い上がった後に得られる『鋼のメンタル(タフネス+500)』。それが銀貨1枚で買えるなら、連中にとってはタダ同然の安さだ。……見ろ、さっそく『上客』が釣れたぜ」
リアンの視線の先。
進路相談室から出てきたばかりの、豪奢な制服を着た伯爵家の嫡男――ゼイン・フォン・クリフォードが、苛立たしげに足音を鳴らして近づいてきた。
「おい、そこの下級生! ここをどこだと思っている! 神聖なる進路相談室の前で、下品な草を売るなど言語道断だ!」
ゼインは取り巻きを連れ、リアンの屋台をバンッと叩いた。
彼は明日、超難関である『近衛騎士団・最終面接』を控えていた。
極度のプレッシャーから昨夜は一睡もできず、そのストレスを周囲に当たり散らすことでなんとか自我を保っている状態だった。
「おやおや、これは失礼。ですがエリート様、随分と顔色が悪いですね。プレッシャーで夜も眠れず、胃薬ばかり飲んでいるんじゃないですか?」
リアンは挑発的に片眉を上げた。
「なっ……! ぼ、僕がプレッシャーなど感じているわけがないだろう! 僕は伯爵家の長男だぞ!」
図星を突かれて顔を真っ赤にするゼイン。
「なら、度胸試しにこのサラダを食べてみませんか? どんな圧迫面接にも耐えられる『最強の精神力』が手に入りますよ。……もっとも、温室育ちの貴族様には、このサラダの『真の味(絶望)』を乗り越えるのは無理かもしれませんがね」
リアンがカウンターにコトンと置いたのは、木製のボウルに盛られた特製シーザーサラダ。
使われているのは、旧魔導温室で収穫した激レア個体――【最終面接お祈り種(折れたス)】である。
「ふん! 男爵家のガキが、粋がるな! ただの草で僕の心が折れるものか!」
プライドを刺激されたゼインは、銀貨を1枚叩きつけ、乱暴にフォークを掴んだ。
「こんなもの、一瞬で平らげて……ん?」
ゼインが一口食べた瞬間。
カリッとした自家製クルトンと、濃厚なチーズドレッシングの風味が、極上のシャキシャキ感と共に口いっぱいに広がった。
「(美味い……! なんだこの圧倒的な鮮度と旨味は!? 一流レストランの味じゃないか!)」
ゼインの顔が驚愕に染まる。
だが、彼がその極上の味を喉の奥へと飲み込んだ、まさにその直後だった。
『……ゼイン様、この度は近衛騎士団の採用試験にご応募いただき、誠にありがとうございました』
「え?」
ゼインの脳内に、冷たく無機質な、大人の声が直接響き渡った。
『……大変甲乙つけがたい優秀な成績ではございましたが、採用枠の兼ね合いから、誠に遺憾ながら、今回はご縁がなかったということで――』
「あ」
ゼインのフォークが、カランと音を立てて床に落ちた。
彼の瞳孔がカッと開き、全身の毛穴からブワッと嫌な汗が噴き出す。
「あ、ああ、あああああぁぁぁっ……!!」
ゼインはその場に崩れ落ち、地面に四つん這いになった。
「なんでだ……っ! あと一歩だったのに! 面接官も『君ならすぐ戦力になれる』って言って笑ってくれてたのに! 僕の、僕の十年間積み上げてきた剣の修行がぁぁぁっ!!」
ゼインは、周囲の目も、伯爵家としてのプライドも完全に投げ捨て、床を拳で叩きながら子供のように大号泣を始めた。
「ゼ、ゼイン様!? どうされたのですか!?」
「毒だ! あのサラダに毒が入ってるぞ!」
取り巻きたちがパニックになって騒ぎ立てるが、リアンは涼しい顔で腕を組んでいた。
「毒じゃねぇよ。ただの『予行演習』だ」
大号泣から数分後。
「うぅっ、ひぐっ……」としゃくり上げていたゼインの動きが、ピタリと止まった。
彼はゆっくりと立ち上がり、乱れた制服の襟を正した。
その顔には、先ほどまでの「余裕のない傲慢なエリート」の面影は一切なかった。
そこにあったのは、人生最大の挫折(お祈りメール)を味わい、絶望のどん底から這い上がってきた『歴戦の戦士の顔』である。
「……ゼイン様?」
取り巻きが恐る恐る声をかける。
「……素晴らしい」
ゼインは、憑き物が落ちたような晴れやかな声で呟いた。
「このサラダを食べた瞬間、僕の心の中に『落ちた時の言い訳』を考えていた自分がいたことに気づかされた。……僕は甘かった。伯爵家の名前に胡座をかき、失敗を恐れていたのだ」
ゼインはリアンに向き直り、深々と頭を下げた。
「坊主、感謝する! この絶望を乗り越えた今の僕なら、明日の最終面接、どんな圧迫面接官が相手でも絶対に受かる自信がある!!」
ゼインは懐から輝く『金貨(銀貨の10倍の価値)』を取り出し、屋台のカウンターに叩きつけた。
「お釣りは取っておけ! 君のサラダは、金貨1枚以上の価値がある!!」
爽やかな笑顔(メンタルタフネス+500)を残し、ゼインは颯爽と廊下を歩き去っていった。
その後ろ姿は、もはや一介の学生ではなく、真の騎士のそれであった。
「「「…………えっ?」」」
その一部始終を見ていた進路相談室前の就活生(上級生)たちが、一斉に息を呑んだ。
あの、極度のプレッシャーで狂犬のようになっていたゼインが。
たった一杯のサラダを食べて号泣した後、信じられないほど完璧なメンタルを手に入れて去っていったのだ。
「お、おい! そのサラダ、俺にもくれ!」
「私、明後日が宮廷魔導士の面接なの! プレッシャーで押し潰されそうだったの! お願い、私にも絶望を売って!!」
「俺は書類選考で落ち続けてる! もう何も怖くない、一番キツいやつを頼む!!」
ドドドドドドッ!!
一瞬にして、リアンの屋台の前に、血走った目をした就活生たちの大行列が形成された。
「ひぃぃっ! り、リアン君! お客さんが暴動みたいになってるよぉ!」
リーザがカウンターの裏で悲鳴を上げる。
「ハッハッハ! 狙い通りだ!! さぁ、エリートども! 地獄(お祈り)を味わって、栄光を掴み取れ!!」
リアンは、前世の厨房で培った神速の包丁さばきで、次々と『折れたス』をカッティングしていく。
【ノーマル種(書類選考)】【早期選考・お祈り種】【中途採用・お祈り種】。
客の悩み(進行状況)に合わせて、リアンは最適な絶望を処方していく。
チャリン! チャリン! チャリリリーン!!
屋台の金庫に、次々と銀貨と金貨が吸い込まれていく。
数時間前まで無一文だった天才シェフは、最悪の精神崩壊野菜を武器に、凄まじい勢いでアーリーリタイア資金(5000万)の再建に乗り出したのであった!
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