EP 12
お祈り試食会と、鋼のメンタル錬成
「ハァ……ハァ……。ようやく、息ができるようになった……」
昼休みの終わり。
旧魔導温室で『折れたス(書類選考・新卒お祈り種)』の直撃を受け、小一時間ほど地面に突っ伏して社会の不条理を呪っていたリアンは、ようやく正気を取り戻した。
「リアン君、大丈夫!? ずっと『マイページ……お祈り……エクセルの資格が……』ってうわ言を言ってたよ!」
心配そうに覗き込むリーザに、リアンは力なく手を振った。
「ああ、悪い……。前世の、絶対に思い出したくないトラウマの蓋が開いちまった。……だが、俺は料理人だ。この『味』と『効果』の関連性……徹底的に検証する必要がある」
リアンの目に、危うい研究者(あるいは悪徳商人)の光が宿った。
彼は温室の奥から、数種類の異なる形をした『折れたス』を収穫し、リーザと共に足早に学園の家庭科室へと向かった。
放課後。
家庭科室の大きなテーブルには、ルナ、キャルル、クラウスの三人が集められていた。
「リアン君が手料理を振る舞ってくれるなんて珍しいね!★」
ルナが期待に胸を膨らませてフォークを握っている。
「ふへへっ! 毒見なら任せて! 胃袋は丈夫だから!」
「リアンの料理はいつも最高だからな! 騎士の修練の疲れも吹き飛ぶよ!」
彼らの目の前には、リアンが三ツ星の技術で完璧な下処理(水洗いと氷水での締め)を施した『特製シーザーサラダ』が、一人一皿ずつ配られていた。
もちろん、ドレッシングの下には、リアンが意図的に『品種』を分けて盛り付けた折れたスが潜んでいる。
「お前ら、最近たるんでるからな。今日は俺の奢りだ。遠慮なく食え」
リアンは腕を組み、ニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
(俺一人だけあの地獄の胃痛を味わうなんて割に合わねぇ。お前らも社会の理不尽さを存分に味わうがいい……!)
「「「いただきまーす!!」」」
何の疑いも持たないS組の面々が、フォークでサラダをすくい、一斉に口へと運んだ。
「んんっ! シャキシャキしてすっごく美味しい! 甘みがあって……えっ?」
ルナの動きが、ピタリと止まった。
彼女が食べたのは【お友達から種(サラダ菜風・失恋亜種)】。
直後、ルナの脳内に『リアンの声(幻聴)』で、絶望の音声が直接響き渡った。
『……ルナと一緒にいると、妹みたいに安心できるんだよね。でもごめん、今は誰かと付き合うとか考えられなくて。これからも一番仲の良い友達でいてくれたら嬉しいな!』
「――――ッ!?」
ルナの瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「い、嫌だぁぁぁっ!! お友達なんて嫌だぁぁぁっ! 私はリアン君のお嫁さんになりたいのぉぉぉっ!!」
ルナは両手で顔を覆い、テーブルに突っ伏して大号泣を始めた。
「ええっ!? ルナちゃん急にどうしたの!? ……って、あれ? 私もなんか胸が……ウッ!?」
キャルルが胸を押さえてうずくまる。
彼女が食べたのは【リファラル(紹介)お祈り種(高級品種)】。
『……キャルルさん、紹介ありがとう! 君の友人なら間違いないって期待してたんだけど、ちょっと今回のプロジェクトには合わなくて……あ、君との関係は変わらないよ!』
「あぁぁぁ……! 私が紹介したせいで、友達に気まずい思いをさせちゃったぁぁっ! ごめんなさい……ごめんなさい……胃が、胃が痛いよぉっ!」
キャルルは安全靴を履いた足で床を蹴りながら、強烈な罪悪感と冷や汗に苛まれてガタガタと震え出した。
「どうしたんだ二人とも! 幻覚の魔法でもかけられたの……か……?」
クラウスが立ち上がろうとした瞬間、彼の膝からガクンと力が抜けた。
彼に盛られたのは【中途採用・お祈り種(ロメインレタス風)】。
『……クラウス様のこれまでの騎士としての修練は大変魅力的ではございますが、現在弊社が求めているポジションの要件と、技術的なミスマッチが極めて僅かにございました』
「ミスマッチ……? 僕の、これまでの素振りと筋トレが……全否定されたわけじゃないけど、なんかすごく大人の言葉でやんわり拒絶された……! 僕は市場価値のない人間(騎士)なんだ……もう剣を握る資格なんてない……」
クラウスは床に膝をつき、生気のない目で虚空を見つめ始めた。
「リアン君……これ、私も食べた方がいいのかな……?」
リーザがフォークを持ったまま、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した家庭科室を見てドン引きしている。
「いや、お前は普段から底辺をサバイブしてるからメンタル強そうだし、食わなくていい。……というか、俺も味の検証のために端切れを食ったせいで、また胃が……ウプッ」
リアンもまた、再び襲い来る『お祈りメールの動悸』に耐えきれず、テーブルの端に突っ伏した。
天才シェフの料理によって、将来有望なS組のエリートたちが、ただの「社会の荒波に揉まれて心が折れた可哀想な若者たち」へと成り下がってしまった。
だが、この『折れたス』の真の恐ろしさ(そして価値)は、この直後に発揮されることになる。
放課後の後半。
S組合同の『実技試験(対人戦闘)』の時間がやってきた。
演習場に現れたルナ、キャルル、クラウスの三人は。
顔面蒼白、目の下には深いクマを作り、一切の感情を失った【虚無の表情】を浮かべていた。
「おい見ろよ、S組の連中! なんだあの死んだ魚みたいな目は!」
対戦相手となる上級生たちが、ニヤニヤと笑いながら挑発してくる。
「天才だか何だか知らないが、ビビってんじゃねぇのか? 軽く捻り潰してやるよ!」
だが、彼らの挑発は、S組の三人には『風の音』程度にしか聞こえていなかった。
なぜなら、彼らは数十分前に【人生のすべてを否定されるレベルの絶望】を経験し、それを胃袋で消化したばかりなのだから。
「……はじめッ!!」
教官の合図が鳴り響いた、その瞬間。
「……失恋の痛みに比べたら、あなたの魔法なんて、そよ風みたい」
ルナが、一切の感情を持たない冷たい声で呟き、杖を振るった。
ノータイムで放たれた『超圧縮・氷槍雨』が、上級生の防壁を紙くずのように貫通し、一瞬で壁際に張り付けにした。
「へっ……? は……?」
「……僕の市場価値。……証明する」
クラウスが、一切の掛け声(ヒーローとしての熱いセリフ)を出さず、機械のように無駄のない動きで間合いを詰め、上級生の首筋に木剣をピタリと突きつけた。
「……友達への罪悪感。……これで、紛らわす」
キャルルが安全靴で地面を蹴り砕き、その破片を散弾銃のように蹴り飛ばして後衛の魔導士を全滅させた。
無言。無表情。無慈悲。
かつてないほどの『冷徹な殺戮マシーン』と化したS組の面々が、開始わずか数秒で上級生チームを完全制圧してしまったのだ。
「な……なんだあいつら……!? 隙が、精神的なブレが一切ねぇ……!!」
教官すらも戦慄して後ずさる。
演習場の隅で、未だに少し胃を痛めながらその光景を見ていたリアンの目に、信じられないシステムウィンドウが映り込んだ。
【システムログ】
ルナ、クラウス、キャルルは、『折れたス』による極限の絶望を乗り越え、消化しました。
【精神耐性+500】が付与されました。(※効果時間:24時間)
あらゆる精神攻撃、プレッシャー、挑発を無効化します。
「……これだ」
リアンの頭の中で、バラバラだったピースが完璧に組み合わさった。
そして、絶望と胃痛で濁っていた目に、強烈な『円マーク』がギラリと輝きを放つ。
「この学園には、将来の騎士団入隊や宮廷魔導士を目指して、極度のプレッシャーに押しつぶされそうになってる『エリート(就活生)』が山ほどいる。……そいつらに、この極上のサラダ(絶望)を食わせて、強引にメンタルをバフ(強化)してやるんだ!」
リアンは立ち上がり、悪魔のような――いや、超一流のビジネスマンの笑みを浮かべた。
「絶望を売って、成功を買わせる。……完璧なビジネスモデルじゃねぇか! 俺のアーリーリタイア資金、この『折れたス』で全額(5000万)取り戻してやる!!」
かくして、無一文に転落した天才シェフによる、学園の常識を覆す『地獄のフードトラック・ビジネス』が、今まさに産声を上げようとしていた!
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