表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
172/376

EP 11

無一文の天才シェフと、魔の温室

ルナミス魔法学園、昼休み。

大理石が敷き詰められた豪奢なカフェテリアでは、貴族の子息たちが優雅にナイフとフォークを動かし、専属シェフが腕を振るった『特製ローストビーフ』や『真鯛のポワレ』に舌鼓を打っていた。

「……美味そうな匂いがしやがる」

そのカフェテリアの裏口。

リアン・シンフォニアは、換気扇から漂ってくる極上の匂いを嗅ぎながら、自分の手元にあるスッカスカの財布を恨めしそうに見つめていた。

中に入っているのは、銀貨4枚と銅貨5枚。

先日、自分の隠し財産である『金貨500枚(約5000万円)』が不運の業火によって文字通り灰と化し、女神ルチアナからのピンハネを経て残された、リアンの正真正銘の「全財産」である。

「カフェテリアのAランチが銀貨1枚……。ここで食っちまったら、数日後には完全に資金がショートする。……冗談じゃねぇ、前世で三ツ星の副料理長まで上り詰めた俺が、なんで8歳にしてその日暮らしのホームレスみたいな資金繰りに悩まされてんだ」

リアンは胃をキリキリと痛めながら、財布をポケットに突っ込んだ。

背に腹は代えられない。生き残るためには、己の足と知識で食材を調達するしかないのだ。

リアンが向かったのは、学園の敷地の最奥。

現在は使われておらず、ツタが絡まり放題になっている『旧魔導温室』である。

「前世の知識とこの世界の植物学を照らし合わせれば、食える野草タンポポやノビルくらい生えてるはずだ。最悪、ドレッシングさえ作れば雑草でもフレンチの前菜サラダに昇華させてやる……」

ブツブツと呟きながら、薄暗い温室の錆びた扉をギギギ……と押し開けた、その時だった。

「あ、リアン君! 奇遇だね! お昼ご飯の調達?」

温室の隅で、すでに地面に這いつくばり、熱心に雑草を引っこ抜いているピンクジャージの少女がいた。

1年S組の極貧サバイバーアイドル、リーザである。

「……お前、こんなところで何してんだ」

「ここの雑草、他の場所より魔力が行き届いてるせいか、ちょっと葉っぱが柔らかいんだよ! タローソンでタダでもらったマヨネーズをかけると、立派なご馳走になるの!」

泥だらけの手でニカッと笑うリーザを見て、リアンは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

「お前のその逞しさには時々本気で引くわ……。だが、今日は俺も人のことは言えねぇ。何かマトモに食えそうなもんは生えてたか?」

「うーん、タンポポくらいかなぁ。あ、でもね、温室のずーっと奥のほうに、なんかすごく綺麗な葉っぱが生えてる場所があったよ!」

「綺麗な葉っぱ?」

リアンはリーザに案内され、温室の最奥、うっそうと茂るシダ植物の陰へと足を踏み入れた。

「――なんだこれは」

そこには、周囲の淀んだ空気とは全く不釣り合いな、異様なまでに美しい植物の群生地があった。

朝露のような水滴を弾き、まるで宝石のように瑞々しく、鮮やかな緑色をした『玉レタス』が、ゴロゴロと自生していたのだ。

「すっごく美味しそうじゃない!? でも、私一人で食べるのはちょっと怖くて……リアン君、これ食べられるかな?」

「待て、俺が見てやる」

リアンは、ゴルド商会から取り寄せた『万能鑑定眼鏡』を装着し、最も大きく育ったレタスを睨みつけた。

空中に、システムウィンドウが浮かび上がる。

【食材鑑定結果】

名称: 折れたス(オレタス)

分類: 魔界植物(メンタルハザード指定:特A級)

発生条件: 人間界や魔界の「不採用通知」「失恋」などの『負の感情(ストレス魔力)』が土壌に蓄積された場所に自生する。

特徴: 一口食べれば天国、脳内は地獄。

「なんだこのふざけたダジャレみたいな名前の野菜は……。メンタルハザード指定?」

リアンは怪訝な顔をした。

「でもリアン君、見てよこれ! 葉っぱの巻き具合といい、この色艶といい、完璧なレタスだよ! 野良でこんな上質な野菜が育つなんて奇跡だよ!」

リーザがよだれを垂らしながらレタスをつつつ、と突っつく。

確かに、前世・青田優也(25歳・三ツ星副料理長)の料理人としての魂が、そのレタスの『食材としての完璧さ』に激しく惹かれていた。

みずみずしい香り。少し触れただけで伝わってくる、最高のシャキシャキ感。

(毒は無いらしい。ただのギャグみたいな名前の魔界植物だろ? 料理人として、この極上の鮮度を前にして味見しない手はねぇ……)

「よし、俺が毒味してやる」

リアンは、その美しい『折れたス』の葉を一枚、指でそっとちぎった。

パリッ! という、耳に心地よい最高の音が響く。

リアンはそのまま、葉の切れ端を口の中に放り込んだ。

「――――ッ!!」

瞬間、リアンの目が極限まで見開かれた。

(……美味い!! なんだこのシャキシャキ感! 噛んだ瞬間に口いっぱいに広がる瑞々しい甘みと、青臭さを一切感じさせない爽やかな後味! 前世の高級フレンチで使っていた最高級の有機レタスすら、こいつの足元にも及ばねぇ!!)

まさに、一口食べれば天国。

リアンがその絶上の美味に酔いしれ、ごくりと喉を鳴らしてレタスを飲み込んだ、まさにその直後である。

『……慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくこととなりました――』

「は……?」

『――なお、青田様の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます』

「ッッッッッ!!!!!????」

リアンの脳内に、直接、あまりにも丁寧で、無機質で、それでいて大人の自尊心をチェンソーでズタズタに切り裂く『あの音声(お祈りテレパシー)』が、爆音で鳴り響いた。

「が、はぁッ……!?」

リアンは心臓を鷲掴みにされたような強烈な動悸に襲われ、その場に両膝をついてガクンと崩れ落ちた。

「り、リアン君!? どうしたの!?」

リーザが慌てて駆け寄る。

だが、リアンの耳にはリーザの声は届いていなかった。

彼の脳裏にフラッシュバックするのは、前世の青田優也時代、三ツ星レストランに入る前に経験した、おびただしい数の「就職活動での敗北」の記憶。

面接官の冷たい視線。手応えがあったはずなのに翌日届いた定型文のメール。履歴書を書くためにすり減らした徹夜の記憶と、ポストに投函された履歴書在中の封筒の重み。

「あ、あああ……。お祈り、お祈りメール……。俺は、俺はダメな人間なんだ……。社会の、どこにも必要とされていない……歯車にすら、なれない……」

リアンは地面に四つん這いになり、うつろな目でブツブツと呟き始めた。

「えええ!? 毒味したらいきなり鬱になっちゃった!? リアン君しっかりしてぇぇっ!」

リーザがリアンの肩を揺さぶる。

「うぅ……。サイレントお祈りだけは……マイページを何度も更新するあの動悸だけは勘弁してくれぇぇ……っ」

あまりにも美味すぎる天国の味と、大人のトラウマをピンポイントでえぐってくる地獄のテレパシー。

この『折れたス』という最悪の精神崩壊野菜が、どん底のリアンに『起死回生の最悪なビジネス』を閃かせるまで、あと数時間のことであった。

お読みいただきありがとうございます!


評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ