EP 9
三ツ星の奥の手と、霊峰の主の恥ずかしい秘密
「『――死ネ、矮小ナル人間ヨ』」
厄落としの霊峰の山頂。
【災厄級】の霊峰の主が放った、山頂全体を覆い尽くすほどの『泥の津波(即死AoE)』が、絶対不運の引力に吸い寄せられるようにリアンめがけて殺到する。
「り、リアン君!!」
「ダメだ、防ぎきれない! ぼくのヒーロー伝説がここで終わってしまうぅぅッ!(本音)」
クラウスたちが絶望の悲鳴を上げる。
死の壁が数メートルまで迫った、その絶体絶命の瞬間。
(……前世の三ツ星レストランの厨房じゃ、どんな絶望的なオーダーでも、手持ちの『仕込み』で乗り切るのがプロってもんだったな……!)
リアンは血走った目で、腰のポーチから『あるモノ』を取り出した。
それは、ゴルド商会特製の『魔導保温水筒(魔法瓶)』。
「な、なんだいそれはリアン!? 秘密兵器か!?」
「ああっ! 俺が朝、もったいないからこっそり水筒に詰めてきた『海鮮鍋の残り汁』だ! 明日の朝ごはんに極上のリゾットを作る予定だったんだよぉぉッ!(本音)」
貧乏性な元・料理人の意地と本音がダダ漏れになる中、リアンはその水筒の蓋を力任せに開け放った。
立ち昇る、黄金色のブイヤベースの香り。
そこには当然、あの『暴露鯛』の成分が致死量レベルで溶け込んでいる。
(俺の今の運勢は絶対的底辺! 普通に投げても、絶対に明後日の方向に飛んでいく! だから……!)
「もうどうせ死ぬなら! 最後に俺の最高傑作を味わってから死んでやるぅぅッ!!」
リアンは、わざと『自分がスープを飲む』モーションに入った。
するとどうだろう。リアンの『絶対的負運』のシステムが、全力で彼への嫌がらせ(スープを飲ませないこと)を演算し始めたのだ!
ツルッ!
「あぶっ!?」
リアンが踏み出した足元に、なぜかバナナの皮(誰が捨てたのかは永遠の謎)が落ちており、見事にスリップ。
リアンの手から、保温水筒がスポーンッ!と勢いよくすっぽ抜けた。
飛んでいった水筒は、運悪く(リアンにとって)クラウスの盾の角に激突して跳ね返り、さらに運悪くキャルルの安全靴のつま先に当たり、最終的に運悪くルナがパニックで放った『突風魔法』の気流に巻き込まれた。
「あっ! 俺のスープがぁぁぁッ!!」
リアンが血の涙を流して手を伸ばす先で。
保温水筒は、まるで弾丸のような速度と完璧な放物線を描き――霊峰の主が泥の津波を吐き出すために開いていた『巨大な口』の奥深くへと、スッポリとホールインワンした。
「ガフッ!?」
突然喉の奥に異物を叩き込まれ、主の動きがピタリと止まる。
そして、ゴクリと、黄金のスープを飲み込んでしまった。
直後。
災厄級の魔物の巨体が、ブルブルと激しく震え始めた。
「『……ナ、ナンダコレハ……ッ!? アリエナイホドノ、旨味……!? 深海ノ恵ミト、ハーブノ複雑ナ香リガ、我ガ泥ノ体ニ染ミワタ……ッ!!』」
前世の三ツ星副料理長の技が、異世界の怪物の舌(?)を完全に虜にした。
だが、その極上の美食体験は、恐るべき呪いのトリガーに過ぎない。
ブチィィィィィィィィィッ!!!!!
霊峰の主の脳内で、理性を司る『ストッパー』が、物理的な音を立ててちぎれ飛んだ。
「『……ッ!? ア、アァァァッ! 言ウナ、我ヨ! 言ッテハナラナイ! 霊峰ノ主トシテノ、威厳ガァァァッ!!』」
主は泥の巨体を抱きしめ、必死に口を塞ごうとする。
だが、『暴露鯛』を極限まで濃縮したスープの力は、災厄級のボスの精神防壁すらも紙くずのように貫通した。
「『ジ、ジツハ我!! 泥ニマミレルノトカ、本当ハ超キモクテ大嫌イナンダヨォォォォッ!!!』」
「「「……えっ?」」」
山頂に響き渡った、魔物のあまりにも悲痛な『本音』に、リアンたちの動きが止まった。
迫り来ていた泥の津波も、主の動揺と共にボロボロと崩れ落ちていく。
だが、暴露の嵐は止まらない。
「『本当ハ、白クテフワフワノ、可愛イマスコットキャラクターニナッテ、女ノ子ニキャーキャー言ワレナガラ抱キシメラレタイノォォォッ!! 毎晩、コノ泉ノ水鏡ノ前デ、カワイイポーズノ練習シテルンダゾォォォッ!!!』」
「な、なんだって……!?」
クラウスがドン引きして盾を下ろす。
「『ソレニ、ココニ住ミ着イテルノモ、魔王軍ノ面接デ極度ノコミュ障ヲ発揮シテ落トサレタカラ、実家ニ引キコモッテルダケナンダヨォォォッ!! 最近、右肩ニ四十肩ミタイナ痛ミガアルシ、もう人生(魔生)ツライィィィッ!!』」
ドドドドドドッ……!!
霊峰の主が抱えていた『底辺の引きこもり魔物としての哀しき真実』が、一切のオブラートなしに世界へとぶちまけられた。
「ああっ……! わかる、その面接に落ちた時の絶望感と、関節の痛み……! 俺も前世でブラック企業を転々としてた時、同じ気持ちだったわ……!(本音)」
リアンが、敵であるはずのボスに前世の悲哀を重ねて、思わずホロリと涙を流す。
「こんな暗い山でずっと一人ぼっちなんて……かわいそうに! 友達がいない寂しさは、ヒロインとしても放っておけないよ!(本音)」
ルナも同情の涙を浮かべる。
「『……ハッ!?』」
一通り自分の恥ずかしい秘密を絶叫し尽くした霊峰の主は、ハッと我に返った。
そして、目の前で同情の目を向けてくる人間(子供)たちを見て、自身の置かれた【究極の社会的死】を理解した。
「『ア、アァァァァァァァッ……!! 恥ズカシイィィィッ! 我ガ、我ガ黒歴史ガァァァッ!!』」
ボワァァァァッ!!
精神的なショック(羞恥心)が限界を突破した霊峰の主は、みるみるうちに自己崩壊を起こし、巨大な泥の体がシュルシュルと縮んでいく。
そして、その中から現れたのは――泥をすっかり落とした、真っ白でフワフワな、子犬サイズの『可愛らしいマスコット獣』だった。
「『モウ、お嫁ニ行ケナイィィィィッ!』」
キュウウゥゥゥッ! と可愛らしい(しかし中身はコミュ障の)鳴き声を上げながら、フワフワの魔物は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い、猛ダッシュで山の裏手へと逃げ去っていった。
「…………勝った、のか?」
「物理じゃなくて、精神攻撃で自滅したね……(本音)」
呆然とする一行。
だが、ボスが消え去ったことで、山頂を覆っていた瘴気が晴れ、清らかな水がこんこんと湧き出る『浄化の泉』へと続く道が完全に開かれた。
「ハァ……ハァ……! やっと、やっとだ……!」
全身ボロボロ、顔面アフロのリアンは、最後の力を振り絞って地面を這いずり、泉の縁へとたどり着いた。
「この、忌まわしき『ふ〜ん石』め……! 俺のアーリーリタイア計画を灰にしやがって……! これで、終わりだぁぁぁッ!!」
リアンはポケットから虹色の石を取り出し、憎しみを込めて、清らかな泉の底へと勢いよく投げ込んだ。
ポチャァン……。
石が泉の底に沈んだ瞬間、山頂全体が眩い浄化の光に包まれた。
リアンを苦しめ続けた『二つの呪い』の解呪の時が、ついに訪れる。
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