EP 8
絶対不運のヘイト管理と、クズすぎる本音たち
ドゴォォォォォンッ!!!!
落とし穴の底で、リアンの頭上に直径50センチの巨大な腐れ丸太が直撃した。
土煙が舞い上がり、穴の上から見下ろすルナたちの顔がサァァッと青ざめる。
「り、リアンくぅぅぅんっ!? 今助けるからね! リアン君が死んだら、また新しくてお金持ちのイケメンを探さなきゃいけなくて面倒くさいから死なないで! あっ、私の本音がクズすぎる!★」
ルナが顔を真っ赤にして叫びながら、杖を振るって魔法のロープを穴の底へ伸ばす。
「ゴホッ、ゲホッ……! 呪い殺す気かルナ! 頼むから建前だけでも愛を囁いてくれ!」
穴の底から、頭から血を流し、白目を剥きかけたリアンが這い上がってきた。
前世はただの料理人だったが、今は一応『男爵令息(魔力チート持ち)』の身体である。無意識に張っていた魔力バリアのおかげで、なんとか即死だけは免れていた。
「あぁっ、リアン君! よかった生きてた! リアン君が死んだら、ポポロ村の借金返済はどうなるのかと思ってハラハラしたわ! 私、絶対連帯保証人にはならないからね! あっ、また本音が!」
「リーザ、お前は本当にブレないな! むしろ清々しいわ!」
泥と血にまみれたリアンは、ルナの魔法ロープに掴まり、ズルズルと穴から引き上げられた。
すでにHP(体力)もMP(精神力)も限界に近いが、呪いを解くためにはこの『厄落としの霊峰』を登り切るしかない。
「いいか、お前ら……」
リアンは息も絶え絶えに、血走った目で仲間たちを睨みつけた。
「この山には魔物が出る。だが、俺は今『絶対的負運』だ。つまり、あらゆる魔物の攻撃、流れ弾、自然災害のヘイト(標的)が、100%俺に向かってくると思っていい。……前衛(ルナ、キャルル、クラウス)、全力で俺を守れ。俺は……俺はまだ、金持ちになって悠々自適なスローライフを送る夢を諦めきれねぇんだよぉぉッ!(本音)」
「任せてくれリアン! 友のピンチに駆けつけるのが正義のヒーローだ! ぼくのこのピカピカの盾で、君を完璧に守り抜いて、ついでにキャルルからの好感度も稼ぐぞ!(本音)」
クラウスが爽やかな笑顔で、邪念まみれの決意を叫ぶ。
「クラウス君のそういう打算的なところも、ちょっと人間味があってたまらないかなって! ふへへっ! ああっ、私の変態みたいな本音がぁっ!」
キャルルが安全靴をもじもじさせながら顔を覆う。
「もういいから早く行け!! 俺が死ぬ前に!!」
かくして、ポンコツと化したS組の面々による、地獄の登山が開始された。
――登山開始から30分後。
リアンの予想は、最も最悪な形で的中していた。
「キシャアアアアッ!!」
山道の中腹で、群れをなして襲いかかってきたのは、霊峰に棲みつく魔物『カーズド・ホーネット(呪いの大蜂)』と『マウンテン・ボア(大猪)』の混成部隊だった。
「僕が止める! 『シールド・バッシュ』!」
クラウスが前線に立ち、猛進してくる大猪の群れを巨大な盾で弾き飛ばす。
ガキィィィンッ! という快音と共に、大猪はバランスを崩して宙を舞った。見事なタンク役(盾)の立ち回りだ。
「よし! 防いだぞリア……」
クラウスが振り返った瞬間。
宙を舞った大猪が、偶然にも山の斜面の『巨大な岩』に激突。
その衝撃で岩が砕け、ピンボールのように弾け飛んだ鋭利な岩の破片が、後方にいたリアンに向かって凄まじい速度で飛んでいった。
「――は?」
リアンが声を上げる間もなく。
ドスッ! ドススッ!!
「ぎゃあああああぁぁぁッ!?」
岩の破片が、リアンの両肩と太ももにピンポイントでクリーンヒット。
「な、なんでぇ!? ぼ、僕の完璧な防御が、結果的にリアンを攻撃する形に!? い、嫌だ! ヒーローとしての僕の評価が下がるっ!(本音)」
クラウスが頭を抱えて悲鳴を上げる。
「クラウスどけ! 私がやる! 『追尾型マジック・ミサイル』!★」
ルナが杖を振り、大蜂に向けて魔法の光弾を放った。
本来なら、対象をどこまでも追いかけて確実に仕留めるチート魔法だ。
だが。
「キシャッ!?」
大蜂が偶然、空中に舞っていた『鳥の羽根』に視界を遮られて軌道を逸らした。
行き場を失った追尾魔法は、「敵を見失った場合は、一番魔力の高い対象に向かう」という仕様により、Uターンしてリアンの方へ一直線に向かっていった。
「ばっ、ルナ! お前、追尾魔法のタゲ管理はどうなっ……」
ボッガァァァァァンッ!!!!
「あぎゃあああああああぁぁぁぁッ!!」
味方の魔法が、リアンの顔面にジャストミート。
黒焦げになり、アフロヘアーと化したリアンがその場にバタンと倒れ伏す。
「ああっ! ご、ごめんなさいリアン君! 私の魔法のコントロールが雑なのがバレちゃう! いつも火力でゴリ押ししてるから、繊細な魔法は苦手なの! あっ、魔法の天才キャラの威厳がぁっ!(本音)」
ルナが涙目で暴露しながら駆け寄る。
「ヒール! ヒール! はやくヒールかけろ! 俺のHPがもう一桁だ!!」
リアンは地面を這いずりながら、血の涙を流して叫んだ。
その後も、地獄は続いた。
キャルルが安全靴で蹴り飛ばした魔物が、なぜかブーメランのように戻ってきてリアンの後頭部を直撃する。
リーザが「あ! 銅貨が落ちてる!」と拾おうとして転んだせいで、彼女が持っていた杖がシーソーの原理で跳ね上がり、リアンの股間を強打する。
晴天だったのに、リアンの頭上にだけ局地的な雷雲が発生し、ピンポイントで落雷(ダメージ判定)が降り注ぐ。
すべての確率、すべての物理法則が、リアン・シンフォニアを殺すため『だけ』に機能していた。
「ハァ……ハァ……。お前ら……もう、何もしないでくれ……。頼むから……」
霊峰の九合目にたどり着いた頃。
リアンは、ルナとクラウスの両肩に担がれた『瀕死のミイラ』のような状態になっていた。
全身に包帯を巻かれ、服はボロボロ、顔はアフロで黒焦げである。前世の三ツ星副料理長の面影など微塵もない。
「ごめんねリアン君……。私、ヒロインなのに足手まといになってる気がして、すごく居心地が悪いよぉ!(本音)」
「気にしないでくれルナ! 僕もヒーロー志望なのに、リアンを盾にして自分が生き残るのに必死だった! 僕のクズな本音が止まらないぃぃっ!(本音)」
「リアン君が死んだら、この着てる服を売ればいくらになるかな……ふへへ! あっ!(本音)」
「お前ら……山降りたら全員減給だ……」
リアンは白目を剥きながら、弱々しく呪詛を吐いた。
そして。
ボロボロのポンコツパーティーは、ついに山頂へと足を踏み入れた。
そこには、石造りの古びた祭壇と、こんこんと湧き出る清らかな『浄化の泉』があった。
「あった! あの泉に『ふ〜ん石』を投げ込めば、呪いが解けるはずだ!」
リアンが最後の力を振り絞って立ち上がろうとした、その時。
『――――誰ダ、我ガ神聖ナル泉ヲ濁ソウトスル者ハ』
山頂の空気が、一瞬にして凍りついた。
泉の奥から、瘴気と泥にまみれた巨大な影が立ち上がる。
それは、四つん這いの獣のような骨格に、無数の怨念が絡みついた異形の怪物。
頭上には【霊峰の主:厄災の泥獣(災厄級)】という、システムウィンドウが赤黒く点滅していた。
「ウソだろ……。ただの浄化ポイントじゃねぇのかよ……。こんなラスボスみたいなのが出てくるなんて、俺のスケジュール(企画書)には無かったぞ……!」
リアンが絶望の表情で後ずさる。
だが、リアンは忘れていた。
今の彼が【絶対的負運】の持ち主であることを。
「『――死ネ、矮小ナル人間ヨ』」
霊峰の主が、一切の予備動作なく、山頂全体を覆い尽くすほどの『超広範囲の泥の津波(即死AoE)』を放ってきた。
逃げ場はない。しかも、その津波は『不運の引力』によって、リアン一人の地点へと完璧に収束するように渦を巻いて迫ってくる。
「……終わった」
リアンが諦めて目を閉じた、その絶体絶命の瞬間。
彼の脳内に、前世の『料理人としての悪知恵』と、懐に隠し持っていた『あるモノ』の存在が閃いた。
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