EP 5
絶対負運の業火と、本音の号泣
「そ、倉庫だと……!? 冗談じゃねぇ!! あそこには俺の血と汗と涙の結晶がぁぁぁッ!!」
火災報知器のけたたましいベルが鳴り響く中、リアンはダイニングチェアから弾かれたように飛び出し、廊下を猛ダッシュした。
「り、リアン君! 待って!」
「火事なんて危ないよ!★」
ルナたちが慌てて後を追う。
リアンの頭の中は、今度こそ完全にパニックに陥っていた。
男爵邸の裏手にある古い倉庫。そこの地下の隠し金庫には、リアンがポポロ村の温泉開発や『エターナル世界』のコンサルティングで稼ぎ出し、ルチアナのえげつないピンハネを潜り抜けてどうにか死守した『金貨500枚(約5000万円)』という莫大な隠し財産が眠っているのだ。
「どけ! どけぇぇぇッ! 俺の金が、俺のアーリーリタイア計画が燃えちまうぅぅッ!!」
『暴露鯛』の呪いが依然として絶賛発動中であるため、リアンは「当主の息子としての冷静な振る舞い」など微塵も保てず、守銭奴すぎる本音を大声で叫びながら裏庭へと飛び出した。
「リアン様! 倉庫が!」
すでに駆けつけていたメイドたちが、バケツリレーで必死に消火活動を行っている。
だが、裏庭の倉庫はすでに赤々とした炎に包まれていた。
「なんで急に火事なんか……ッ!」
リアンは絶望的な光景を前に、自身の持つ『水属性魔法』で一気に鎮火しようと両手を構えた。
「集え水よ! 『ウォーター・スプラッシュ』!!」
強烈な水流が炎に向かって放たれる。
普段のリアンなら、これ一発で鎮火できるはずだった。
だが――現在のリアンの運勢は、【絶対的底辺(通常時のリーザ以下)】である。
ビュルルルルッ!……スポンッ!!
「――は?」
放たれた魔法の水流が、なぜか空中で見えない『何か(空間の歪みか魔力の乱れ)』に弾かれ、明後日の方向へと飛んでいく。
そして、無情にも倉庫の横に積まれていた『備蓄用の小麦粉の袋』に直撃し、袋を大破させた。
バァァァァァンッ!!!
空中に大量の小麦粉が舞い散る。
そこに倉庫の炎が引火した。
「粉塵爆発……だと!?」
前世の知識が、最悪の物理現象をリアンに理解させた。
ドッゴォォォォォォォォンッ!!!!!
凄まじい爆発音と共に、倉庫が屋根ごと吹き飛んだ。
鎮火するどころか、リアンの放った魔法がトリガーとなって、倉庫を完全に『全焼』させてしまったのだ。
「あ、ああ、あああぁぁぁ……」
リアンの口から、魂の抜けたような声が漏れる。
「り、リアン君の魔法が爆発した……!?」
「リアン! 怪我はないかい!?」
追いついてきたルナやクラウスたちが、爆風から身を守りながらリアンの元へ駆け寄る。
「……金庫。俺の、耐火金庫……」
リアンはフラフラと、焼け落ちた倉庫の残骸に近づいた。
瓦礫の下から、真っ黒に焦げた鉄の箱(隠し金庫)が姿を現した。
リアンは震える手で金庫のダイヤルを回し、扉を開ける。
パラパラ……。
中からこぼれ落ちたのは、金貨の山……ではなかった。
耐火金庫だったはずなのに、なぜか『底に偶然小さな穴が開いていた』せいで超高温の熱気が入り込み、金貨の束はドロドロの金の塊(価値大幅下落)に、紙幣や貴重な契約書はすべてただの『灰』と化していた。
「灰……。俺の、金が……ただの、灰に……」
リアンは、その灰を両手で掬い上げた。
そして。
前世で25年間、過労死するまで働き詰めた大人の精神と。
転生してから今日まで、裏で必死に算盤を弾き続けてきたプロデューサーの矜持が。
『暴露鯛』の強制本音システムによって、完全に、そして無惨に決壊した。
「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁんッ!!!!」
夜の男爵邸に、8歳になったばかりの少年の、文字通り『腹の底からの大号泣』が響き渡った。
「俺の金がぁぁぁぁッ!! 毎日毎日、裏でブラック企業の社長みたいに胃を痛めながら稼いだお金がぁぁぁッ!!」
リアンは地面にうつ伏せになり、両手両足でドタバタと地面を叩きながら、子供のように……いや、完全に『8歳の子供』として泣き喚き始めた。
「嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁッ!! 前世でも安月給でこき使われて、過労死して! 異世界に来てまでなんでこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよぉぉッ!! ルチアナのバカヤロォォ! 俺の金返せぇぇぇッ!!」
鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶリアン。
普段の「クールで計算高いリアン」からは想像もつかない、あまりにもみっともなく、生々しく、そして悲痛すぎる『本音の号泣』だった。
「り、リアン君……!」
ルナがオロオロとしながら、リアンの背中をさする。
「かわいそうに……リアン、泣きたい時は泣いていいんだぞ! ヒーローは時に涙を流すものだ!」
クラウスも、なぜか貰い泣きしながらリアンの肩を抱いている。
だが、ここで一人、リアンの号泣に完全に『共鳴』してしまった者がいた。
極貧サバイバーの、リーザである。
「り、リアン君の金貨500枚が……灰に……」
暴露鯛のせいで「リアン君の財産が好き!」とカミングアウトしたばかりの彼女にとって、リアンの財産焼失は『自分の財産が燃えた』のと同じだった。
「うわああああああんッ!! もったいないよぉぉぉッ!! そのお金があれば、タローソンのから揚げ弁当が一生分買えたのにぃぃぃッ!!」
リーザもリアンの隣にうつ伏せになり、灰をかき集めながら大号泣を始めた。
「うおおぉぉん! 俺のアーリーリタイアがぁぁっ!」
「あぁぁぁん! 私のセレブ生活がぁぁっ!」
男爵邸の裏庭で、地面を叩いて泣き喚く二人の守銭奴。
そのあまりにもシュールでカオスな光景に、使用人たちも火を消すのを忘れてポカンとしていた。
「……チクショウ、なんでだ……なんで急に、こんなに運が……」
ひとしきり泣いて少しだけ冷静さを取り戻した(それでも涙は止まらない)リアンは、ズビッと鼻水をすすりながら、自分の身に起きた『異常事態』を振り返った。
椅子の脚が折れた。
カラスのフンが落ちてきた。
魔法が明後日の方向に飛んで粉塵爆発を起こした。
耐火金庫の底に偶然穴が開いていた。
「……いくらなんでも、下ブレ(不運)の連鎖が異常すぎる。まるで、何かの『呪い』にでもかかってるみたいじゃねぇか……」
リアンは、無意識のうちに自分のズボンのポケットに手を入れた。
そこには、先ほどリーザから誕生日プレゼントとして貰ったばかりの、虹色に輝く『綺麗な石』が入っている。
「……まさかな」
リアンの前世のゲーマー知識と、料理人としての鋭い直感が、最悪の可能性を告げていた。
この『石』を受け取った瞬間から、全ての不幸が始まっているという事実に。
「おい、リーザ……ズビッ。お前、この石……どこで拾ったって……?」
涙目で石を取り出しながら、リアンが問う。
「ひっく……! 帝都のタローソンの裏の、ゴミ捨て場だよぉ……!」
同じく涙と鼻水まみれのリーザが答える。
リアンの目に、冷たい怒りと絶望の光が宿った。
(間違いない……! この石が、全ての不幸の元凶だ!!)
暴露の呪いと、絶対不運の呪い。
二つの厄災に挟まれた天才少年の、真の原因究明が、ここから始まろうとしていた。




