EP 2
暴露の黒鯛と、三ツ星シェフの錬成
「よし、スープのベースはこんなもんだろう」
シンフォニア男爵邸の広々とした厨房。
リアン・シンフォニアは、自分の誕生日パーティーであるにも関わらず、真新しいエプロンを身につけ、巨大な寸胴鍋の前で木べらを握っていた。
「主役が自分で料理を作るなんておかしいって、屋敷のメイドたちは言ってたが……他人に厨房を任せられないのは、元・料理人の悲しい性だな」
前世――青田優也、25歳。三ツ星レストランの洋食系副料理長まで上り詰めた彼の『料理への執念』は、異世界に転生して7歳の子供(明日で8歳だが)になっても全く衰えていなかった。
むしろ、アナスタシア世界の未知なる食材に触れることで、料理人としての探求心は前世以上に爆発している。
「今日は俺の誕生日だが、S組の奴らには日頃の礼も兼ねて、俺の最高傑作を振る舞ってやる」
リアンが寸胴鍋の味見をし、微かに塩を足そうとした、その時だった。
「リアン! 誕生日おめでとう!」
バンッ!と厨房の扉が開き、ピカピカに磨き上げられたミスリルアーマーを着込んだクラウスが入ってきた。背筋をピンと伸ばし、いかにも騎士らしい爽やかな笑顔を浮かべている。
「おう、クラウス。一番乗りだな……って、なんでフル装備なんだよ。これから魔王討伐にでも行くのか?」
「騎士たるもの、友人の祝いの席には正装で臨むべきだと思ってね! それと、これを君に渡したくて早く来たんだ」
クラウスは、抱えていた立派な木箱をリアンの前の調理台にドンッと置いた。
「僕の家の執事がね、『市場で一番活きのいい、特別な魚が入った』と買ってきたんだ。リアンは料理が得意だから、きっと喜んでくれると思って!」
「ほう、魚か」
リアンは木箱の蓋を開けた。
氷が敷き詰められた箱の中に鎮座していたのは、体長50センチは下らない、漆黒の鱗を持つ巨大な『黒鯛』だった。
だが、その魚の様子はどこかおかしい。
ギョロリとした目はひどくトロンとしており、エラを動かす代わりに、口をパクパクと開閉して『何かを喋りたそうに』しているのだ。
(……なんだこの魚。活きがいいっていうか、やけに自己主張が激しいな)
リアンが怪訝な顔をした瞬間。
神の視点にのみ、その魚の恐るべき真実がシステムウィンドウで開示された。
【食材鑑定結果】
名称: 暴露鯛
レアリティ: 劇物(特A級)
効果: 深海に生息する魔魚。一口でもその身を食べた者は、脳の理性を司るストッパーが破壊され、心に秘めた『本音』や『隠し事』を、一切のブレーキなしに大声で暴露してしまう。別名・自白剤の王。
クラウスの家の真面目な執事は、悪徳商人の「誕生日には絶対これを食うべきですぜ!」という口車に完全に乗せられ、この恐るべき劇物を高値で買わされてしまったのだ。
「どうだい? 執事いわく、食べると『心がオープンになって、絆が深まる』魔法の魚らしいんだけど……」
「心がオープン、ね。まぁ、宴会の席にはちょうどいいお調子者の魚なのかもな」
リアンの前世の料理人魂(スーシェフの血)が、未知の食材を前に激しく燃え上がった。
「いいだろう。この黒鯛、俺が最高の『海鮮鍋』に仕立て上げてやる」
リアンは愛用の包丁を手に取ると、目にも留まらぬ神速の包丁さばきで、暴露鯛を三枚に下ろした。
シュパッ! シュパパパッ!
「おお……! 相変わらず、恐ろしいほどの剣筋(包丁さばき)だ……!」
クラウスが感嘆の声を上げる。
「この魚、身は引き締まってるが、少しクセ(呪いの成分)がありそうだ。そのまま刺身や塩焼きにするより……細かく叩いて『つみれ』にし、洋食の技法を取り入れた濃厚なスープで煮込むのが正解だな」
リアンは、まな板の上で暴露鯛の身を徹底的に叩き始めた。
トトトトトトトッ……!
前世の三ツ星の技術が、異世界の魚に叩き込まれていく。
その過程で、驚くべき化学反応(錬金術)が起きた。
本来であれば、食べれば即座に社会的に死ぬレベルの劇薬である『暴露鯛の呪い成分』が。
リアンの、一切の妥協を許さない下処理と、数種類のハーブ、そして隠し味の白ワイン(前世の知識で醸造させたもの)と混ざり合うことで――。
『脳髄を直撃する、極上の旨味成分』へと、完全に同化・変質してしまったのだ!
「よし、つみれのタネは完成だ。これを、俺が朝から仕込んでおいたブイヤベース風の特製スープに投入する……!」
リアンが、親指大に丸めた真っ黒なつみれを、黄金色に輝く熱々のスープの中へ次々と落としていく。
グツ……グツグツ……。
鍋から立ち上る湯気が厨房に広がった瞬間。
「……ッ!! な、なんだこの匂いは……っ!?」
クラウスが、ガクンと膝をついた。
それは、ただの魚の匂いではなかった。
海の恵みを極限まで濃縮し、理性を直接殴りつけてくるような、暴力的で、抗いがたい魅惑の香り。
匂いを嗅いだだけで、口の中に滝のようなヨダレが溢れてくる。
「はぁ……はぁ……っ! リアン、その鍋……今すぐ、一口……いや、全部食べたい……!」
普段は生真面目な騎士であるクラウスが、目を血走らせて鍋に手を伸ばそうとする。
「バカ野郎、つまみ食いは厳禁だ。全員が揃うまで待て」
リアンは木べらでクラウスの手をピシャリと叩き落とし、満足げに鼻を鳴らした。
(完璧だ……。前世の俺の腕と、この異世界の極上食材が合わさった最高傑作。これなら、あの食い意地の張った四大ブラックホールどもも、文句のつけようがねぇだろう)
寸胴鍋の中で、黄金のスープに浸かった漆黒のつみれ(自白剤の王)が、コトコトと踊っている。
「さぁ、最高の誕生日パーティーの始まりだぜ」
リアンは、自分が生み出した『極上の海鮮鍋(という名の強制暴露装置)』を前に、悪代官のように不敵な笑みを浮かべた。
その数十分後、この鍋を食べたS組の面々によって、男爵邸のパーティー会場が【阿鼻叫喚の地獄(カミングアウトの嵐)】と化すことなど、この時の天才料理人は微塵も想像していなかった。
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