EP 22
オチ(神界のピンハネ)
「いっくよー! 空間転移!!」
リリスが『エンジェルすまーとふぉん』の画面をタップすると、エターナル世界を包み込んでいた光が収束し、リアンたち1年S組の面々は再びルナミス帝国の公園へと帰還した。
空はすでに茜色に染まり、夕暮れの冷たい風が吹き抜けている。
「はぁぁ……! 帰ってこれたぁ……!」
リリスは芝生の上にへたり込み、スマホの画面を食い入るように見つめた。
そこには、輝かしい数字が並んでいる。
【God-Tube 最終収益(スパチャ総額):500,000,000円】
【リボ払い残高:0円(完済)】
「やりました! リアン様、やりましたよ! 借金の100万円が自動で引き落とされて、残高がゼロになりました! これで私、マグローザ漁船にドナドナされなくて済みますぅぅぅッ!!」
ピンクジャージの見習い女神は、リアンの手にすがりついてボロボロと歓喜の涙を流した。
「フッ……まぁ、泣くほどのことじゃねぇよ」
リアンは、頭の巨大なタンコブをさすりながらも、悪代官のような笑みを浮かべていた。
彼の脳内は、すでに『5億円』という莫大な数字をアナスタシア世界の通貨に換算する作業で埋め尽くされている。
(5億円……! 俺の契約したプロデュース料は『利益の9割』! つまり4億5000万円だ。金貨に換算すれば、ざっと4500枚! ポポロ村の赤字500枚を余裕で補填して、さらに大豪邸が建つレベルの大黒字じゃねぇか……!!)
「ヒッヒッヒ……。さぁ、リリス。約束通り、俺の取り分の9割をこっちの通貨で支払ってもらおうか。神界のシステムなら両替も一瞬だろ?」
リアンが手を差し出し、勝利の美酒に酔いしれようとした、まさにその時だった。
ピロロロロロリィィィン♪
リリスのスマホに、一件の『ビデオ通話』が着信した。
画面に表示された発信者名は【ルチアナ先輩(絶対神)】。
「あ、ルチアナ先輩からです! もしもし、先輩! 私やりましたよ! エターナルが世界ランキング1位に……」
『ヤッホー! 見てたわよーリリスちゃん! あんたの渾身のツッコミ、最高だったわ! そしてリアン君! 今回もいい仕事してくれたわねぇ★』
空中にホログラムとして投影されたのは、どこかの居酒屋でジョッキを片手に持ち、上機嫌で顔を赤らめている駄女神・ルチアナの姿だった。
「ルチアナか。見てたなら話は早い。とっとと俺の取り分を振り込め。ポポロ村の借金を返さなきゃならねぇんだ」
リアンが指を鳴らして急かす。
『あー、その件なんだけどねぇ……。リアン君、あんた一つ大事なことを忘れてるわよ』
ルチアナはジョッキをゴトリと置き、インテリヤクザ(魔王ゴウマ)も顔負けの、えげつない『ピンハネの笑顔』を浮かべた。
『天界のプラットフォームを使うってことは、それなりの「手数料」がかかるってこと。……はい、これが今回の収益の明細書よ★』
ピコンッ、と空中に一枚の請求書が表示された。
そこには、目を疑うような『鬼の搾取システム』が羅列されていた。
God-Tube プラットフォーム手数料: 50%
天界アプリストア決済手数料: 20%
異世界間・次元為替(両替)手数料: 15%
機材リース代およびルチアナの仲介料: 14.99%
【控除後・最終利益】:0.01%(50,000円)
「…………は?」
リアンの脳髄が、一瞬でフリーズした。
5億円あったはずのスパチャが、神界のえげつない中抜きシステムによって、マトリョーシカのように削り取られ、残った額はたったの『5万円』になっていたのだ。
「な、ななな……なんだこの暴利はぁぁぁッ!? ほぼ100%持っていかれてんじゃねぇか! 異世界間為替手数料ってなんだよ! 機材リース代14.99%って、お前何にもしてねぇだろ!!」
リアンがホログラムのルチアナに向かって吠える。
『何言ってんのよ、私がリリスちゃんにスマホを貸してあげたからこの企画が成り立ったんでしょ? プロデューサーなら「経費」の計算くらいしとかなきゃダメじゃない♡』
ルチアナがケラケラと笑う。
「ふ、ふざけるな! じゃあ俺の取り分は!?」
『最終利益の5万円から、リアン君の取り分は契約通り「9割」! つまり……日本円換算で4万5000円。ゴールドに直すと、だいたい銀貨4枚と銅貨5枚(約4500円分)ね! はい、送金完了!★』
チャリン……。
虚しい音と共に、リアンの足元に、銀貨4枚と銅貨5枚がポトリと落ちた。
5億円を稼ぎ出した天才プロデューサーの報酬は。
牛丼屋で特盛とサラダセットを頼んだら消し飛ぶ程度の、子供のお小遣いだった。
「…………」
リアンは、足元に落ちた小銭を見つめたまま、完全に石化した。
「わぁ! すごいですリアン様! 銀貨が4枚も! これで美味しいお団子が買えますね!」
世間の相場(とリアンの絶望)を知らないリリスが、無邪気に拍手をしている。
『じゃ、そういうことだから! リリスちゃん、借金も返せたし、明日は天界に出社してエターナル世界の続編アプデ作業よろしくね! リアン君もまた私の借金返すの手伝ってねー! バイバーイ!』
プツンッ。
ルチアナの通信が一方的に切れ、公園に静寂が戻った。
「…………天界の……資本主義……神界の、ピンハネ……」
リアンの口から、魂の抜けたような声が漏れる。
「リアン様! 今日はとっても勉強になりました! 私、エターナル世界をもっと神様たちに楽しんでもらえるように頑張りますね! ホーリー・スマッシュの練習もしておきます!」
リリスはぺこりと頭を下げると、光の粒子となって天界へと帰っていった。
残されたのは、頭に巨大なタンコブを作り、足元に銀貨4枚を転がした7歳の男爵令息と、彼の仲間たち。
「……リアン君」
ルナが、ぐぅぅぅ~とお腹を鳴らしながら、リアンの服の裾を引っ張った。
「ルナ、魔法いっぱい使ったらお腹ペコペコになっちゃった。……夜ご飯、焼肉食べ放題がいいな!★」
「ん。キャルルも土木作業したから、お肉いっぱい食べたい。村長命令」
「リアンP! 私もカメラワークと大道具でカロリーを消費しました! 特上ロースをお願いします!」
夕焼け空の下、無邪気に「メシ」を要求してくる三大ブラックホール。
その食費をまかなうには、最低でも金貨数枚は飛んでいく。
リアンは、足元にある『全財産(銀貨4枚と銅貨5枚)』を見つめ、そして、血の涙を流しながら夕空に向かって絶叫した。
「神界の搾取システムは、悪魔よりえげつねぇぇぇぇッッ!!! ルチアナのバカヤロォォォォォォォッ!!!!」
こうして。
『創造世界エターナル』は、同接1億人というGod-Tubeの伝説となり、神々の間で語り継がれる神コンテンツとなった。
しかし、その裏で全てをプロデュースした天才男爵令息が、プラットフォーマーの理不尽な手数料に全てをむしり取られ、今夜の夕食代すら出せずに野宿を強いられたことは、歴史の闇に葬り去られている。
どんなにチートな経営術を持っていようと、プラットフォーム(神)の規約には勝てない。
リアンの真の「黒字化」への道のりは、まだまだ遠く、険しいものであった。




