EP 16
真の主人公(CEO)発掘
「……酷い有様だな。テクスチャの貼り忘れか?」
はじまりの村の裏路地。
一歩足を踏み入れると、そこは華やかな表通りとは打って変わり、ポリゴンがむき出しになったような、灰色の壁と地面が続く無機質な『スラム街』だった。
「ご、ごめんなさい……。予算が尽きちゃって、このエリアは無料素材をそのまま配置しただけで、背景の作り込みまで手が回らなくて……」
リリスが申し訳なさそうに身を縮める。
「まぁいい。クソゲーの裏側(バグ空間)なんてこんなもんだろ。……おっと」
スッ、と。
リアンが路地裏を歩いていると、すれ違いざまに、小柄な影がリアンの腰のポーチに手を伸ばしてきた。
だが、前世からの英才教育で武芸百般を極める7歳のリアンに、そんな素人のスリが通用するはずもない。
ガシッ。
「いっ……!?」
リアンは振り返りもせず、自分をすり抜けようとした影の手首を正確に、かつ万力のような力で掴み取った。
「手際が悪いな。重心がブレてるから、殺気と衣擦れの音がダダ漏れだぞ」
「くそっ、離せ! 離せよこのガキッ!!」
リアンが捕らえたのは、ボロボロの服を着た、鋭い目つきの15歳ほどの少年だった。
頭上には【スラムの孤児 シオン】という文字が浮かんでいる。
「こ、こら! スリはいけないよ! 騎士として見過ごせない悪行だ!」
クラウスが慌てて説教に入ろうとするが、リアンは手でそれを制し、シオンの瞳を覗き込んだ。
(……いい目だ。勇者の虚無の目とは違う。こいつの目には、生き汚く泥水をすすってでも明日を掴み取ろうとする『飢え』がある)
「お前、こんなバグだらけの虚無空間で、なんでスリなんかしてんだ?」
「……っ、生きるためだ! 母ちゃんが死んで、俺が弟や妹たちに飯を食わせなきゃいけないんだよ! お前らみたいな金持ちのガキに、俺たちの気持ちが分かってたまるか!」
シオンはリアンを鋭く睨みつけながら、懐からボロボロの『本』を落とした。
表紙には『商業の基礎と農作物の育て方』と書かれている。
「それは……?」
「……母ちゃんの客が忘れていった本だ。俺はこれを読んで、スラムの裏庭で野菜を育ててる。でも、それだけじゃ足りないんだよ……だから、スリでも何でもやるしかねぇんだ!」
その言葉を聞いた瞬間。
リアンの口角が、三日月のように吊り上がった。
「ハッハッハッハッ!! 素晴らしい!」
リアンはシオンの手首を離し、歓喜の笑い声を上げた。
「り、リアン君?」
ルナが不思議そうに首を傾げる。
「リリス。お前、こいつに『スリをして弟妹を養い、本を読んで農業をする』なんて高度なAI(設定)、組み込んでないだろ?」
「は、はい……。スラムの住人は、ただ『お腹が空いた』って呟くだけのモブとして配置したはずなんですけど……」
「つまり、こいつは『イレギュラー』だ。このテンプレで縛られたクソゲー世界の中で、唯一、プログラムの壁を越えて『己の欲望と生存本能』だけで動いている、真の人間ってことだ」
リアンはシオンの前に立ち、そのボロボロの本を拾い上げて手渡した。
「気に入ったぜ、シオン。お前がこの世界で一番『生きてる』。……お前がこの世界の、裏の主人公だ」
「な、なんだよお前……。いきなり訳の分からねぇことを……」
気圧されるシオン。
「だが、やり方がショボすぎる。スリで稼げるのはせいぜい銅貨数枚、裏庭の野菜で食えるのは数日だけだ。……お前、この世界の『経済』を支配してみたくはないか?」
「け、経済を支配……?」
「そうだ」
リアンは懐から、一冊の分厚いノート(※前世の知識をまとめた手書きの簿記教本)を取り出した。
「スリなんていうリスクが高くてリターンの少ない真似は今すぐやめろ。俺がお前に、『株式会社の概念』と『複式簿記』、そして『流通ネットワークの構築法』を叩き込んでやる」
「かぶしき……がいしゃ……? ぼき……?」
「そうだ。スラムの孤児たちを組織化して、情報を売れ。冒険者が必要とするポーションや素材の相場を操作し、物流を牛耳るんだ。……俺の知識があれば、お前はスラムのネズミから、世界を裏で操る『若き商王(CEO)』になれる」
リアンの圧倒的なカリスマと、前世の『ブラック企業の経営術』が、15歳の少年の脳髄に直接インストールされていく。
「……俺が、CEO……。弟や妹たちに、もうひもじい思いをさせなくて済む……?」
シオンの瞳に、野心の炎がボワァァッ!と燃え上がった。
「やらせてくれ! あんたのその『ビジネス』ってやつを、俺に教えてくれ!!」
シオンがリアンに頭を下げた、その瞬間。
ピロリロリロリィィィンッ!!
シオンの頭上に浮かんでいた【スラムの孤児】という文字が、凄まじいバグ(ノイズ)と共に書き換えられた。
【クラスチェンジ:スラムの若き起業家(CEO)】
「うおおおおぉぉぉっ!! クラスチェンジしました! モブからネームドの特殊クラスに進化しましたぁぁッ!」
リリスがスマホの画面を見ながら絶叫する。
「よし、ダイヤ! こいつに『初期投資(資金)』として金貨100枚を貸し付けろ! 年利はトイチ(10日で1割)だ!」
「イエッサー!! リアンP! ここに借用書のサインをお願いしまーす!」
ダイヤがADの素早さでシオンに誓約書を書かせる。
「くっ……ひどい暴利だが、この金貨を元手に『スラム運送』を立ち上げ、3日で倍にして返してやる……!」
シオンは金貨を握りしめ、孤児たちを集めるためにスラムの奥へと走り出していった。
「あぁ……また借金まみれの被害者が……。君たち、子供相手になんてえげつない契約を……!」
クラウスが頭を抱えてしゃがみ込むが、リアンの目はリリスの持つ『エンジェルすまーとふぉん』に釘付けだった。
ピピピピピピピッ!!!
ピカァァァン! ピカァァァン!!
視聴者数:100万……300万突破!!!
『うおおおおお!! なんだこの熱い展開は!!』
『スラムのモブが成り上がっていく下剋上、たまらねぇぇぇッ!!』
『勇者側のブラック労働と、スラム側のベンチャー起業! この群像劇、面白すぎるだろ!!』
『【商業神ヘルメス】から 500,000円 のスーパーチャット!:【素晴らしい! これぞ商売の真髄! あの少年の株(IPO)を買わせろ!!】』
『【知恵の女神アテナ】から 300,000円 のスーパーチャット!:【複式簿記を導入する異世界ファンタジーなんて初めて見たわ! 最高ね!】』
神界からの万札が、先ほどの比ではない勢いで降り注ぎ、画面が黄金の光で埋め尽くされる。
「ひゃあああぁぁぁっ!! スパチャが! スパチャの波でスマホが熱いですぅぅぅっ!!」
リリスが歓喜の舞を踊りながら、オーバーヒートしそうなスマホにフーフーと息を吹きかけている。
「ヒッヒッヒ……チョロいもんだ。神様ってのは、よっぽど退屈な毎日を送ってやがるんだな」
リアンは、悪徳商人のように肩を揺らして笑った。
「これで『光の勢力(勇者とCEO)』のプロデュースは完璧だ。……だが、物語ってのは『敵』が魅力的じゃなきゃ、最後にはダレる」
リアンの視線が、はじまりの村から遥か遠く、黒い雲に覆われた『魔王城』の方角へと向けられた。
「次は、あの時代遅れのテンプレを引きずってる『魔王軍』のコンサルティング(大手術)だ。……行くぞ、お前ら」
「了解です! 魔王城ロケ、入りまーす!!」
ダイヤがメガホンを振り上げ、S組の面々と見習い女神は、次なるバズりを求めて魔王の居城へと足を踏み出すのだった。




