EP 14
お前には「欲望」がない!(勇者への赤ペン)
「ペチッ……。ペチッ……」
エターナル世界、はじまりの村のすぐ外にある草原。
勇者ユート(20歳)は、無表情のまま『鉄の剣』を振り下ろし、スライムを単調なリズムで叩き続けていた。
『スライムに 1 のダメージ』
『スライムを たおした』
『1 経験値 と 3ゴールド を てにいれた』
ユートの頭上に、チープなフォントでシステムメッセージが浮かび上がる。
そしてユートは、すぐ横に湧いた別のスライムに向かって歩き出し、また「ペチッ……」と鉄の剣を振り下ろした。
「……」
草むらの陰からその様子を観察していたリアンは、深く、重いため息をついた。
「ダイヤ」
「ハイッ! リアンP!」
首から下げたメガホンを構え、ダイヤが直立不動で返事をする。
「止めろ。見てるこっちの脳が腐りそうだ」
「了解です! ――カーッ! カットカットォォォッ!! そこの勇者、一旦カメラ止めまーす!!」
ダイヤのメガホンから放たれた怒声が、草原に響き渡った。
「……ん? なんだお前たちは。魔王の手先か?」
ユートが剣を構え、テンプレ通りのセリフを吐く。
リアンはダイヤが用意したパイプ椅子(ネット通販で購入)にどっかりと座り、足を組んでユートを睨みつけた。
「魔王の手先じゃねぇよ。お前のその『退屈すぎる人生』をテコ入れしに来てやったコンサルタントだ。……おい勇者、お前は何のために戦ってんだ?」
「決まっている! 俺は勇者ユート! 魔王を倒し、世界に平和をもたらす者だ!」
胸を張り、淀みなく答えるユート。
「……なんで?」
「えっ」
「なんでお前が世界を救うんだよ。その動機は何だ?」
リアンの鋭いツッコミに、ユートは一瞬フリーズした。
リリスが設定した『勇者だから』という初期プログラムしか頭に入っていないため、深い理由など存在しないのだ。
「そ、それは……俺が勇者として選ばれたからだ! 苦しむ人々を放っておけない、それが正義だからだ!」
「ハッ、正義ね」
リアンは鼻で笑うと、パイプ椅子から立ち上がり、ユートの胸ぐらを(背伸びして)ガシッと掴んだ。
「お前には『欲望』がない! そんな無味乾燥な主人公に、画面の向こうの読者(神々)が感情移入するわけねぇだろうが!」
「よ、欲望だと……!? 勇者たるもの、私利私欲に走るなど言語道断だ! 俺の物語は俺が決める! 卑怯な手や汚い真似は絶対にしない!」
ユートが主人公らしく反発する。
その真っ直ぐな言葉に、後ろで見ていたクラウスが「その通りだ! 素晴らしい騎士道精神だよ!」と感動の涙を流している。
「ふーん。私利私欲がない、ね。……おいリリス」
リアンは、後ろでオロオロしている見習い女神を呼び寄せた。
「あの『エンジェルすまーとふぉん』のステータス変更アプリ、1回10万円かかるんだったな?」
「は、はい! 限度額まであと20万残ってるので、2回なら使えますけど……!」
「よし、こいつのステータス画面を開け。そして『所持金』の項目を書き換えろ」
リアンの極悪な指示に従い、リリスが震える手でスマホを操作する。
「お、おい! 何をする気だ!」
ユートが警戒するが、リアンの冷徹な『簿記1級』のロジックが、テンプレ勇者の精神を物理で殴りつけ始めた。
「いいか勇者。お前は正義だけで魔王城まで行けると思ってるのか? 鉄の剣のメンテナンス代、宿屋の宿泊費、ポーション代、さらに今後仲間が増えた時の食費や装備代……。世界を救うっていうのはな、莫大な『遠征費』がかかるんだよ!」
「な、なんだって……!?」
「お前が今まで平和に暮らせていたのは、王国が『勇者育成ファンド』として前借りでお前に投資していたからだ。……だが、お前があまりにもスライム狩りばかりでモタモタしてるから、王国から『一括返済』の請求書が届いた」
リアンが指を鳴らすと、リリスがスマホの【適用】ボタンをターンッ!と押した。
ピロリンッ♪
ユートの頭上に浮かんでいたステータス画面が、激しく文字化けを起こし、新たな項目が赤文字でデカデカと追加された。
【状態異常:超絶多重債務】
【借金総額:1億ゴールド】
【日利:10万ゴールド(※本日中に利息を払えなければ、魔界の強制労働施設へ連行)】
「なっ……い、いちおく……!?」
ユートの目玉が、文字通りポロリと飛び出そうになった。
「そういうことだ、社畜勇者。お前の今日のノルマ(利息)は10万ゴールドだ。スライム1匹3ゴールドだから……今日中に約3万3千匹狩らないと、お前は世界を救う前に、魔界のタコ部屋で一生ツルハシを振るうことになるぞ」
リアンが、悪魔の笑顔で肩をポンと叩く。
「あ、あ、あああ……っ!! じゅ、10万ゴールドォォォォッ!?」
ユートの足元がガクガクと震え始める。
「正義」や「世界平和」というふわふわした概念が、「明日生きるための金」という圧倒的な現実の前に完全に消し飛んだ瞬間だった。
「ふ、ふざけるな! 俺は勇者だぞ! なんでスライムを3万匹も……いや、待て、日が暮れるまでに狩らないと利息が……ああぁぁぁっ!!」
ユートの瞳から、テンプレ特有の虚無感が消え去った。
代わりに宿ったのは、真っ赤に血走った『生存への執着(欲望)』だった。
「うおおおおぉぉぉぉッ!! スライムゥゥゥッ!! 3ゴールドよこせぇぇぇぇッ!! 俺はまだ死にたくないぃぃぃッ!!」
ドガァァァァァァンッ!!!
ユートは狂ったような雄叫びを上げ、これまでの「ペチッ」という単調な攻撃が嘘のような、凄まじい大上段からのフルスイングでスライムを粉砕し始めた。
「落ちろ! ゴールド落ちろぉぉッ! ああっ、このスライム、ポーション落としやがった! 換金率悪いんだよクソがぁぁぁッ!!」
泥とスライムの粘液にまみれながら、血走った目で小銭(3ゴールド)をかき集める勇者。
それはもはや、正義の味方ではなく、日々の支払いに追われる悲しき社畜の姿だった。
「ああっ……! ぼ、僕の理想の勇者像が、ただの借金取りに追われるおっさんに……っ!」
クラウスが胃を押さえて地面にうずくまる。
だが、リアンはパイプ椅子に座ったまま、ニヤリと口角を吊り上げた。
「リリス。God-Tubeの画面、見てみろ」
「えっ……? あ、あああっ!?」
リリスが『エンジェルすまーとふぉん』の配信画面を確認すると、信じられない現象が起きていた。
これまで「視聴者数:3人(しかも全員ボット)」だった画面右上の数字が、異常な速度で跳ね上がっていたのだ。
視聴者数:1,000……5,000……10,000……50,000……!
コメント欄が、神々からのメッセージで滝のように流れていく。
『草』
『なんだこの勇者www 借金取りにビビってスライム乱獲してやがるww』
『正義(笑) 金のために戦う勇者とか斬新すぎだろww』
『リアルすぎて泣ける……俺も天界のローン残ってるから気持ちわかるわ……』
そして。
ピカァァァァンッ!!
画面の中央に、ひときわ輝く虹色のエフェクトと、宝箱のアイコンが出現した。
『【戦神アレス】から 50,000円 のスーパーチャット!』
『メッセージ:【いいぞ勇者! 泥水すすってでも生き残れ! その執念、気に入った!】』
「ス、スパチャが……! はじめてのスパチャが飛んできましたぁぁぁっ!!」
リリスがスマホを天に掲げ、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら歓喜の絶叫を上げた。
「フッ……計算通りだ」
リアンは満足げに頷いた。
無機質なテンプレよりも、生々しい人間の「業」や「絶望」、そして這い上がろうとする「泥臭さ」こそが、退屈な神々にとって最高のエンターテインメントになるのだ。
「よし、主人公のテコ入れは完了だ。……ん?」
その時。
泥まみれになってスライムの小銭を拾い集めるユートの元へ、純白のローブをまとった一人の美しい少女が駆け寄ってきた。
「ユート様! こんなところで泥だらけになって、どうされたのですか? ユート様は魔王を倒す、素敵で立派な勇者様なのですから……♡」
頭上に【聖女 リリナ】と浮かんだそのヒロインは、胸の前で手を組み、小首を傾げてテンプレ通りの甘ったるいセリフを吐いた。
「出たな、中身のねぇ人形その2」
リアンの獲物を狙う鷹のような視線が、次なる標的・聖女リリナへと向けられた。




