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EP 12

公園の女神と、マグローザの恐怖

「はぁ……。完璧なビジネスモデルだったのに、どうしてこうなった……」

ルナミス帝国の帝都、その一角にある緑豊かな公園。

7歳の男爵令息リアン・シンフォニアは、ベンチに座って深い、深いため息を吐いていた。

ポポロ村での『温泉郷リゾート開発』は、大成功を収めた。

王都の貴族たちから莫大な金貨を巻き上げ、学園の課題でもぶっちぎりのトップ評価を獲得した。そこまでは完璧だった。

しかし、ダイヤ、ルナ、キャルル、リーザ、喰丸という『四大(+一匹)のブラックホール』が、ポポロ村の高級ブランド食材のストックを数ヶ月分食い尽くした結果、リアンは個人的に「金貨500枚(約5000万円)の赤字」を背負い込むことになってしまった。

現在はゴルド商会のニャングルの下で、帳簿整理などの裏方仕事をして少しずつ借金を返済している身である。

「食費……。どんなに利益を出しても、身内のエンゲル係数がバグってたら会社は倒産する。前世の飲食店経営でも一番頭を悩ませた問題だが、まさか異世界でここまで痛感させられるとはな……」

リアンが『簿記1級』の知識をフル回転させ、どうやってこの莫大な赤字を補填するか悩んでいた、その時だった。

キュルルルルルルルゥゥゥゥ……ッ!!

公園の静寂を切り裂くような、凄まじい腹の虫の音が響き渡った。

「ん……?」

リアンが音のした方へ視線を向けると、向かいのベンチに一人の少女が倒れ伏していた。

年齢は17歳くらいだろうか。しかし、その格好はあまりにも奇抜で、そして哀愁が漂っていた。

着ているのは、上下ピンク色の『芋ジャージ』。

ご丁寧に、左胸には若葉マークのような『初心者マーク』の刺繍が入っており、足元は突っかけの『健康サンダル』という、近所のコンビニに行くニートのような出で立ちだ。

「うぅぅ……。お腹空きましたぁ……。ルチアナ先輩のクレジットカード、限度額いっぱいで止められちゃいましたぁ……」

少女は、ハードケースに入ったスマートフォン――『エンジェルすまーとふぉん』を握りしめながら、ボロボロと涙をこぼしていた。

「……ねぇ、賢者君。どうやったらこの状況から抜け出せるの?」

少女がスマホに向かって話しかける。

『……【無料版AI・賢者君】からの回答。現在のアカウント残高はゼロです。God-TubeでのPV数も底辺です。ご自身で解決してください。本日の無料質問回数は残り0回です。……ツーツー』

「冷たいっ! 課金してないからってAIの賢者君が塩対応すぎるよぉっ!」

少女はスマホを抱きしめてワンワンと泣き出した。

(……なんだあのアブナイ奴は。関わらないでおこう)

リアンはそっと立ち上がり、気配を殺して立ち去ろうとした。

しかし。

「ぐすっ……みたらし団子、食べたい……。お腹ペコペコだよぉ……」

前世で『三ツ星の副料理長』まで上り詰めたリアンの魂が、その言葉に反応してしまった。

料理人たるもの、目の前で本気で飢えている人間を見過ごすことはできない。ましてや、ダイヤの時にも証明された通り「空腹の奴に飯を食わせれば、後で何倍にもなって返ってくる」という打算もあった。

「……おい」

「ひゃうっ!?」

リアンは少女の前に立つと、誰にも見られないよう死角を作り、こっそりと『ネット通販』のスキルを発動。空間から取り出した『コンビニの鮭おにぎり(高級海苔使用)』を、少女の顔の前に差し出した。

「食うか?」

「お、おおお、おにぎりぃぃぃっ!?」

少女は一瞬で起き上がり、リアンの手からおにぎりをひったくると、包装フィルムを器用に剥がして(神業だった)勢いよくかぶりついた。

「あむっ! ほふっ! むぐむぐ……っ! あぁぁぁ……! 塩の効いた鮭の旨味と、海苔のパリパリ感が、空っぽの胃袋に染み渡りますぅぅぅっ!!」

少女はポロポロと嬉し涙をこぼしながら、あっという間におにぎりを完食した。

「ぷはぁっ! ごちそうさまでした! 命の恩人です、人間の男の子!」

少女はベンチから立ち上がると、ピンクのジャージの裾を払い、リアンに向かって深々と頭を下げた。

「私はリリス! 天界暦で正真正銘の17歳、見習い女神をやっています!」

「……女神?」

リアンはジト目でリリスのジャージを上から下まで眺めた。

「ルチアナ先輩から『これが女神の基本正装であり、動きやすさを極めた究極のフォームだ』と教わって着ているのですが、なんだか周りの視線が冷たいような気がして……」

「完全に騙されてるな。あの不良女神ルチアナめ」

リアンが呆れてため息をつく。

「えっ? あなた、ルチアナ先輩のことを知ってるんですか?」

リリスがハッとして、リアンをまじまじと見つめた。

「待って……その7歳児らしからぬ冷徹な眼差し。もしや、ルチアナ先輩がよく居酒屋で愚痴っている『可愛げのないチート転生者のリアン君』ですか!?」

「誰が可愛げのないチートだ。……まぁ、知り合いと言えば知り合いだが」

「あああっ! 神様、仏様、リアン様ぁぁぁっ!!」

リリスは突然、リアンの足元にスライディング土下座をかました。

「お願いします! 私を、私の作った世界を救ってください! このままだと私、黒服にスーツケースに詰め込まれて、マグローザ漁船にドナドナされちゃうんですぅぅッ!!」

「マグローザ漁船……って、あの借金まみれの荒くれ者が一攫千金を夢見て乗る、生還率の低い魔獣マグロ漁船か!? 神様がなんでそんな借金取りみたいな目に遭うんだよ!」

リアンはギョッとして後ずさった。

「こ、これを見てください……」

リリスは震える手で『エンジェルすまーとふぉん』の画面をリアンに見せた。

そこには【月額利用料:20,000円】【利用限度額100万円:到達済】【God-Tube収益:0円】という、恐ろしい地獄の数字が並んでいた。

「私、このスマホの限度額100万円の予算ギリギリで、『エターナル』っていう創造世界を作ったんです。天界では、作った世界を『God-Tube』っていう動画サイトで配信して、神様たちからPV(アクセス数)とスパチャ(投げ銭)を稼ぐのが仕事なんですけど……」

「けど?」

「予算が足りなくて、村人は棒読みだし、テクスチャはバグってるし、ストーリーもテンプレすぎて……誰も見てくれないんです! PV数がずっと底辺で、スパチャはゼロ!」

リリスはボロボロと大粒の涙を流した。

「限度額を使い切ったから、自動で『36回払い・年率15%』のリボ払いが始まっちゃうんです……! PVが稼げないと世界はサービス終了して、私は天界から左遷されて……借金だけが残って、マグローザ漁船行きなんですぅぅぅッ!!」

「なんてえげつない課金システムだ天界……」

リアンは戦慄した。しかし、彼の『経営者』としての脳髄が、ある一つの単語に猛烈に反応していた。

(待てよ……。神々からの『スパチャ(投げ銭)』? ってことは、そのGod-Tubeの収益は、こっちの世界の『ゴールド』に換金できるってことか……?)

リアンの目の奥に、ギラァッ!と暗黒の光が宿った。

金貨500枚の赤字。これを一発で帳消しにするどころか、莫大な黒字に転換できる『超巨大市場(天界)』が、今、目の前に転がり込んできたのだ。

「……おい、リリス」

リアンは、マグローザ漁船の恐怖に震える見習い女神の肩に、ポンと優しく手を置いた。

「俺が、お前のその『エターナル』って世界を、God-Tubeのランキング1位の大バズりコンテンツに生まれ変わらせてやるよ」

「ほ、本当ですかぁぁッ!?」

リリスが顔を上げ、すがりつくようにリアンを見る。

「あぁ。俺のコンサルティング(演出指導)にかかれば、どんなクソゲー世界でも神々が熱狂する神コンテンツに化ける。……マグローザ漁船なんて絶対に乗らせねぇ」

「リアン様ぁぁぁ! あなたは本物の救世主です! 天使です!!」

リリスが歓喜の涙を流して拝み倒す。

「ただし」

リアンは、悪魔のように――いや、ルチアナ以上にえげつない『ブラックプロデューサー』の極悪な笑顔を浮かべた。

「プロデュース料として……God-Tubeで稼いだスパチャ(利益)の『9割』は、俺がピンハネ(いただく)する。……文句はないな?」

「きゅ、9割!? ……で、でも、マイナスになるよりはマシです! お願いします、エターナルを救ってください!」

リリスは二つ返事で、この悪魔の契約にサインをしてしまった。

(よし……! 舞台は『異世界エターナル』。客は『暇を持て余した神々』。最高のビジネスの匂いがプンプンしやがる……!)

リアンは懐の魔導通信石を取り出した。

「おーい、クラウス、キャルル、ルナ、ダイヤ。……今から課外授業だ。全員、フル装備で公園に集まれ。……ちょっと『別世界』に乗り込んで、稼ぎに行くぞ」

圧倒的PVとスパチャを求めて。

7歳の鬼プロデューサー・リアンと、見習い女神リリスの、前代未聞の『世界改造バズりプロジェクト』が幕を開けようとしていた。

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