EP 11
村おこし完了と、終わらない赤字
深夜のポポロ村、高級旅館の厨房。
そこには、王都の貴族たちから巻き上げた金貨の山を前にした時の『悪代官のような笑み』は完全に消え失せ、死んだ魚のような目をしたリアン(7歳)の姿があった。
「へいおまち。ポポロ特製・肉椎茸と極上ネギの濃厚醤油ラーメン、そしてシープピッグの特大から揚げだ」
ドンッ! と厨房のカウンターに置かれたのは、湯気を立てる洗面器サイズの巨大な丼と、山盛りのから揚げだった。
ロックバイソンの骨と太陽芋のデンプンで極限までトロミをつけた濃厚なスープ。そこに、醤油草の特製ダレが絡み合い、トッピングには分厚い肉椎茸のチャーシューと、シャキシャキの極上ネギが山のように積まれている。
「いただきますぅぅぅッ!!」
ズルズルズルゥゥゥッ!!
ダイヤ・マーキスは、S級の凄まじい肺活量で、熱々の麺をスープごと一気にバキュームした。
「はふっ! ほふっ! あ、あぁぁぁ……! 麺に絡みつく濃厚なスープ! 噛めば噛むほど溢れる肉椎茸の旨味! そしてこのから揚げの、サクッとした衣と溢れ出す暴力的な肉汁……! 私、生きててよかったです! これが、これが幸せなんですねリアン様ぁぁぁっ!」
ダイヤは涙とスープで顔をドロドロにしながら、あっという間に洗面器サイズの丼を空にした。
「よしよし、よく頑張ったな。おかわりもあるからな」
リアンが安堵の息をついた、まさにその瞬間だった。
「――ズルい! ダイヤ先生ばっかり!!」
「ルナたちも戦った(?)のに! お腹ペコペコだよ!★」
「ん。キャルル、村長として味見する義務がある」
「キュイィィィィン!!(俺の分も出せ!)」
バンッ!と厨房の扉が開き、この世の全ての食材を無に帰す『四大ブラックホール』――ルナ、キャルル、喰丸、そしてタッパーとビニール袋を持参したリーザがなだれ込んできた。
「お、お前ら! 晩飯ならさっき腹いっぱい食っただろ!」
「甘いものは別腹! ラーメンも別腹だよ! さぁ、早く早くー!★」
ルナがスプーンとフォークを両手に握りしめて机をバンバンと叩く。
キャルルに至っては、特注の安全靴を脱いでリラックスモードに入り、すでに胃袋を無限大に拡張する準備を整えていた。
「わ、私も頂くわよ! あっ、この余ったから揚げは明日の朝ごはん用にタッパーに詰めて……!」
リーザはサバイバーの恐るべき手際で、リアンが揚げたばかりのから揚げを次々と空間収納(ビニール袋)に消していく。
「あぁっ!? 私のから揚げが!」
「ダイヤ先生はさっき食べたでしょ! 私たちは育ち盛り(7歳)なの!」
こうして、深夜の厨房を舞台にした『地獄の無限オーダー』が幕を開けた。
「リアン君、おかわり! 麺硬め、ネギ増し増しで!★」
「キャルル、から揚げ100個追加。マヨ・ハーブたっぷり」
「キュイィ!(俺は鍋ごと食う!)」
「すいませんリアン様! 私も負けてられません! ラーメン特大、もう一杯お願いします!」
リアンは前世で培った『三ツ星副料理長』の意地とプライドをかけ、光の速さで中華鍋を振り、麺を茹で、肉を揚げ続けた。
だが、相手が悪すぎた。
彼女たちの胃袋は物理法則を無視している。作っても作っても、数秒後には空の丼がタワーのように積み上がっていくのだ。
そして、リアンの『簿記1級』の脳髄が、恐ろしい計算を弾き出し始めた。
(……待てよ? あの極上ネギ、1本あたり市場価格で銀貨数枚はする高級品だぞ? それをネギ増し増しで50杯? 肉椎茸も、王都に出荷すれば金貨になるレベルの代物だぞ? シープピッグの油も……太陽芋の粉も……)
厨房の隅に山積みになっていた、ポポロ村が誇る『高級食材のストック(数ヶ月分)』が、みるみるうちに底をついていく。
「お、おいお前ら! もうその辺にしとけ! 明日のお客さんに出す朝食の分が……!」
「ダメだよリアン君! リアン君、さっきダイヤ先生に『村の全食材を使って腹がはち切れるまで食わせてやる』って言ったでしょ!★ 村長さん権限で、嘘は許しません!」
キャルルが満面の笑みで、痛いところを突いてくる。
「嘘つきは泥棒の始まりよ! ほら、このタッパーにもっと肉椎茸を詰めなさい!」
リーザがここぞとばかりに便乗する。
「や、やめろぉぉぉっ!! 俺の利益を食いつぶすなぁぁぁッ!!」
リアンの悲痛な叫びも虚しく、厨房の火は朝まで消えることはなかった。
翌朝。
ポポロ温泉郷には、清々しい朝日が差し込んでいた。
「ヒッヒッヒ……リアン様。昨晩の売上と、宿泊客からの追加チップ、それに年間パスポートの売上を合わせやすと……」
村長宅のリビング。
ニャングルがパチパチと算盤を弾き、興奮した声で報告を上げる。
「総売上、なんと金貨2000枚(約2億円)に到達しやした! いやぁ、たった1日でこれほどの利益を叩き出すとは、さすがリアン様……ん? リアン様?」
ニャングルが顔を上げると、そこには真っ白に燃え尽き、魂の抜けたリアンの姿があった。
そしてその足元には、お腹をパンパンに膨らませて幸せそうに爆睡するダイヤ、ルナ、キャルル、リーザ、喰丸の姿が転がっている。
「……ニャングル」
リアンが、カスカスの声で呟いた。
「昨日の夜から今朝にかけて……こいつらが食い尽くした、村の『全食材ストック(高級品)』の仕入れ原価……計算してみてくれ」
「へ? は、はい。……えーと、極上ネギが約3000本、特大肉椎茸が2トン、シープピッグの肉が……って、ヒィィィッ!?」
算盤を弾いていたニャングルの顔から、サァァッと血の気が引いた。
「な、なんちゅう量でっか! これ、ポポロ村が向こう半年かけて王都に卸すはずだった最高級のブランド食材の全量……! こ、これを買い戻すか、補填するとなると……」
ニャングルは震える手で、最後の弾きを出した。
「……金貨、2500枚……。売上を、全額ブチ込んでも……『500枚の赤字』でっせ……」
しーーーーん。
ポポロ村ののどかな朝に、残酷な静寂が降り下りた。
温泉の完成による大儲け。VIPたちからの荒稼ぎ。その全てが、たった数人の「食欲」という圧倒的暴力の前に消し飛び、マイナスに転落したのだ。
「……クラウス」
リアンは、横で呆然としているクラウスの肩をガシッと掴んだ。
「お前が言ってた通りだ。……どんな完璧な軍事要塞でも、どんな完璧なビジネスモデルでも……身内の『食費』だけは……どうにもならねぇんだな……」
リアンの目から、一筋の熱い涙がこぼれ落ちた。
「わ、分かったよリアン……。君の悲しみは、痛いほど伝わってきたよ……」
クラウスももらい泣きしながら、リアンの背中をさすった。
かくして。
1年S組のポポロ村おこし実習は、村の知名度を大陸中に轟かせ、防衛にも多大な貢献をしたとして、学園から『文句なしのトップ評価』を受けた。
しかし、その裏で、プロジェクトの総責任者であるリアン・シンフォニア男爵令息が、莫大な「個人的な食費の借金」を背負い込み、ゴルド商会で数ヶ月間タダ働きさせられるハメになったことは、学園の誰も知らない極秘事項である。
「おのれぇぇぇぇッ!! 次こそは絶対に、食費のかからないビジネスをしてやるからなぁぁぁぁッ!!!」
ポポロ村の青空に響き渡る、三ツ星副料理長にして不運な経営者の絶叫。
彼が真の『黒字』を達成する日は、まだまだ遠いようであった。
読んでいただきありがとうございます。
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