EP 9
最強の「一般村人」
「ギチギチギチッ!!」
酸を滴らせながら突進してくる巨大な死蟻型。
その恐ろしい姿を前にしても、農家のおじいさんは慌てることなく、肩に担いだ『魔導誘導バズーカ』の照準を覗き込んだ。
「ほれ、そこだ。……ロックオン、と」
カチッ。
おじいさんがトリガーを引いた瞬間。
ドシュウウウゥゥゥゥッ!!!
バズーカの砲口から放たれた魔力弾が、推進炎を上げながら恐ろしいスピードで空を裂いた。
弾頭は逃げようとする死蟻型の動きを自動で追尾し、その硬い装甲のド真ん中に直撃する。
ドッゴォォォォォォンッ!!!
鼓膜を破るような爆発音と共に、体長2メートルの化け物が、一瞬にして緑色の体液と肉片の雨に変わった。
「おやまぁ、最近の害虫はデカくてかなわんねぇ。腰にくるわい」
おじいさんは「どっこいしょ」と腰を叩きながら、バズーカの排熱筒をカシャッと開けた。まるで畑に殺虫剤を撒いた程度のテンションである。
「な、な……っ!?」
クラウスは、構えていたミスリルソードを取り落としそうになった。
神話の時代の怪物を、ただの村のおじいさんが一撃で粉砕したのだ。
「ブブブブブブッ!!」
地上での仲間の死に激怒したのか、今度は上空から『死蜂型』の群れが、鋭い毒針を向けて急降下してきた。
「あらあら、今夜は蚊が多いわねぇ。お客さんが刺されたら大変だわ」
今度は、割烹着を着たおばあさんが、手にした『魔導対空魔砲(ポータブル型)』の銃身を空に向けた。
ルナミス帝国の最新技術の結晶である、多銃身ガトリングタイプの魔導砲。
「さ、お掃除お掃除っと」
ギュイィィィィィィン!! ダララララララララッ!!!!
おばあさんが引き金を引くと、毎分数千発という狂ったサイクルの魔力弾が、夜空に向かって黄金の弾幕を形成した。
空中で回避機動を取ろうとした死蜂型たちだったが、圧倒的な「面」の弾幕の前には無意味だった。
次々と羽をへし折られ、胴体を蜂の巣にされ、ドトドトドトッと広場に墜落していく。
「あーあ、広場が汚れちゃったじゃないか。明日、清掃班(ゴブリン部隊)を呼ばなきゃねぇ」
おばあさんは困ったようにため息をついた。
「…………」
クラウスの口から、魂のようなものがフワリと抜け出た。
「り、リアン……。騎士の誇りとか、剣の修行とか……一体何の意味があるんだい……?」
生真面目な7歳の騎士は、圧倒的な『近代兵器の暴力』と『村人の日常業務』のギャップに耐えきれず、完全に膝から崩れ落ちていた。
「ようこそ、現代戦へ。……個人の武勇なんて、圧倒的な物流と火力の前じゃ自己満足に過ぎねぇんだよ」
リアンが、クラウスの肩をポンポンと叩いて慰める。
「それに、村の防衛網はこんなもんじゃないぞ。外を見てみろ」
リアンの指差す先、ポポロ村の境界線である農道。
広場での騒ぎを聞きつけ、天魔窟の方角から、さらに数十体の死蟲機が列をなして村へと侵入しようとしていた。
だが、村人たちは誰も動かない。
「村長、自動防衛システムの起動を」
「うん、オッケー! ポチッとな!」
キャルルが、手元の魔導通信石のボタンを軽く押す。
次の瞬間、畑に立っていた『麦わら帽子のカカシ』たちの頭部がパカッと開き、中から『長距離自爆ドローン』が次々と射出された。
ドローンたちは夜空を飛び交い、侵入してくる死蟲機の群れにピンポイントで特攻を仕掛けていく。
チュドォォォン!! ドドォォォン!!
さらに、ドローンの爆発を避けて畑(対戦車壕)へ逃げ込んだ死蟲機たちは、見事に敷き詰められた『魔導地雷』を踏み抜き、次々と爆炎の中に消えていった。
「ひ、ひぃぃぃっ! な、なんなのだこの村は!?」
「我々を襲った化け物が、文字通り『虫けら』のように処理されていくぞ!?」
露天風呂から逃げ出してきた王都の貴族たちは、腰を抜かしてガタガタと震えていた。
彼らはようやく理解したのだ。この『ポポロ・グルメ温泉郷』が、絶対不可侵の軍事要塞の上に成り立つ、狂気の楽園であることを。
「……ふむ。原価(弾薬代)は多少かかったが、村の被害はゼロだ。完璧なコスト管理だな」
リアンは腕を組み、満足げに頷いた。
村人たちの圧倒的な火力により、死蟲機の群れはあっという間に殲滅された。
誰もが「お掃除完了」と息をついた、その時だった。
『……ギィィィィィィィィィィィッ!!!』
突如、上空の雲を切り裂き、耳をつんざくような不快な金属音が響き渡った。
「……なんだ!?」
リアンが見上げると、月明かりを遮るほどの巨大な影が、ポポロ温泉郷の上空に舞い降りてきた。
体長は5メートル超。背中には四枚の巨大な翅を持ち、両腕には鋼鉄すらバターのように斬り裂く、巨大な『死神の鎌』を備えている。
「死蟲王の側近クラス……『死蟷螂型』だ!!」
クラウスが叫ぶ。
これまでの雑魚とは明らかに格が違う、濃密な死のオーラ。
死蟷螂型は、眼下にある真新しい『高級旅館(ダイヤが3日で作った血と汗の結晶)』に狙いを定め、巨大な鎌を振り上げた。
「マズい! あの位置だと、バズーカや対空砲を撃てば旅館ごと吹き飛んでしまう!」
村のおじいさんが顔色を変える。
最新兵器の弱点。それは、防衛対象(温泉施設)に密着された場合、余波を恐れて重火器が使えなくなることだ。
「ギチギチギチッ!!」
死蟷螂型の巨大な鎌が、旅館の屋根に向かって無慈悲に振り下ろされる。
旅館が真っ二つにされる――誰もがそう絶望した、まさにその瞬間だった。
ドガァァァァァァァァァッ!!!!
旅館の屋根を突き破り、真紅の流星が天に向かって飛び出した。
「……あ、あれは!?」
月明かりの下、空中に舞い上がったのは、ボロボロのパジャマの上に慌てて『クリムゾンアーマー』を纏った、紅蓮の戦乙女。
「お前ぇぇぇぇ……ッ!!」
極限のブラック労働で疲労困憊だったはずのダイヤ・マーキスは、眼球にビッシリと血走った血管を浮かべ、般若のような怒りの形相で死蟷螂型を睨みつけていた。
「私が……私が、肉椎茸丼のために、血と汗と涙を流して三日三晩タダ働きで造り上げた、愛と正義の温泉郷を……ッ!!」
ダイヤは背中の『天魔竜聖剣』を引き抜き、凄まじい闘気を全身から爆発させた。
「虫けらごときが、壊そうとするなぁぁぁぁッッ!!!」
自身の「タダ飯の供給源(旅館)」を脅かされた労働者の怒りが、ついに限界を突破する。




