EP 8
招かれざる客(死蟲機の影)
「ヒッヒッヒ……リアン様、今日の売上、ざっと計算して金貨500枚(約5000万円)は下りやせんぜ。完全に笑いが止まりまへんなぁ!」
「あぁ。原価率がほぼゼロに近いからな。笑えるほどの黒字だ」
夜の村長宅。
積み上げられた金貨の山を前に、リアンとニャングルが悪代官のように肩を揺らして笑っていた。
その横では、アイドル衣装のままのリーザが、お賽銭箱に詰まった大量の硬貨を抱きしめながら、幸せそうに頬ずりしている。
「うふふふ……これでタローソンの廃棄弁当ともお別れよ……。明日はルナミスデパートの地下で、特上の『ピラダイの握り寿司』を買うんだから……!」
サバイバー人魚姫の夢は、とてもささやかで現実的だった。
「みんな、お疲れ様! 温泉郷の初日、大成功だったね!」
パジャマ姿のキャルルが、ウサギ耳を揺らしながら温かいハーブティーを運んできた。
奥の部屋では、昼間の超絶ブラック労働で完全に燃え尽きたダイヤが「お肉……もう食べられません……」と幸せそうな寝言を言いながら爆睡し、ルナもその隣でスヤスヤと眠っている。
クラウスも、疲労困憊ながらも充実した顔でお茶を受け取った。
「本当にすごいよ、リアン。君の知略とダイヤ先生の力があれば、どんな辺境の村でも黄金郷に変わるんだね。……これで実習のトップは僕たちで決まりだ!」
和やかな空気が流れる村長宅。
だが――その静寂は、突如として村の外から響いた『異音』によって破られた。
ブブブブブブブブブ……ッ!!!
「……ん?」
リアンがいち早く反応し、窓の外に視線を向けた。
それは、無数の羽虫が飛び交うような、低く不快な羽音だった。しかし、ただの虫の音ではない。空気を震わせ、本能的な恐怖を呼び覚ますような、禍々しい金属質なノイズ。
「キャアアアアァァァァッ!!?」
「な、なんだこいつらは!? 温泉に……化け物が!!」
直後、温泉郷の旅館や露天風呂の方角から、宿泊していた貴族たちの悲鳴が上がった。
「敵襲か!?」
クラウスが即座に立ち上がり、ミスリルソードを掴んで外へと飛び出す。リアンとキャルルもそれに続いた。
「こ、これは……ッ!!」
外へ出たクラウスは、目の前の光景に息を呑んだ。
月明かりに照らされたポポロ村の広場に、異形の怪物たちが溢れ返っていたのだ。
体長2メートルを超える、黒光りする機械のような装甲を持った巨大な蟻――『死蟻型』。
そのアゴからは、地面をジュウジュウと溶かす強力な酸が滴り落ちている。
さらに上空には、鋭い毒針を備えた巨大な蜂――『死蜂型』が、ドローンのような不気味な軌道で飛び回っていた。
「死蟲王サルバロスの眷属……『死蟲機』だ!!」
クラウスが叫ぶ。
天魔窟の奥底で復活を企む死蟲王サルバロス。
温泉郷の熱狂によって集まった「数百人もの貴族たちの活気ある魂」の匂いに引き寄せられ、魂を刈り取るための尖兵がポポロ村へと放たれたのだ。
「ギチギチギチ……」
「ブブブブブ……!」
死蟲機たちは、逃げ惑う貴族たちに狙いを定め、酸と毒針を放とうと殺気を膨れ上がらせた。
「させないッ!!」
生真面目な騎士の鑑であるクラウスは、己の『ノブリス・オブリージュ(貴族の義務)』に従い、恐怖に震える人々の前に立ちはだかった。
「僕が時間を稼ぐ! リアン、君はキャルル君たちを連れて地下シェルターへ避難してくれ! 相手は神話の時代の化け物だ、7歳の僕たちでどうにかなる相手じゃない!」
クラウスはミスリルソードに闘気と雷属性を纏わせ、決死の覚悟で必殺技『ライトニング・ブレイク』の構えをとる。
だが。
ガシッ。
リアンが後ろから、クラウスの肩を力強く掴んだ。
「待て、クラウス。剣を収めろ」
「リ、リアン!? 何を言ってるんだ! このままじゃ村の人たちも、お客さんも殺されて魂を奪われてしまう!」
クラウスが焦燥に駆られて叫ぶが、リアンの顔には焦りどころか、冷ややかな『傍観者』の色が浮かんでいた。
「よく見ろ。村の連中は、誰一人として『パニック』になんてなってねぇよ」
「……え?」
リアンに言われ、クラウスは周囲を見渡した。
悲鳴を上げて逃げ惑っているのは、王都から来た貴族たちだけだ。
ポポロ村の村人たち――昼間に「人参マンドラ」を追いかけていたおじいさんや、「ネタキャベツ」を収穫していたおばあさんたちは、逃げるどころか、不気味なほど冷静な顔で広場に整列し始めていたのだ。
「キャルル村長」
農家のおじいさんが、首に巻いたタオルで汗を拭きながら、7歳の村長に声をかけた。
「害虫が湧きやがりました。……村の防衛規定に従い、『駆除』を開始してもよろしいですかな?」
キャルルはポッケから新しい飴玉を取り出して口に放り込むと、ニッコリと笑って頷いた。
「うん! お客さんに怪我させないように、サクッとお掃除しちゃってね!」
「承知いたしました」
おじいさんが指笛を吹く。
その瞬間。
ガシャコンッ!! ジャキッ!!
素朴な村人たちが背負っていた農機具用の木箱が変形し、中から無骨で鈍い光を放つ『重火器』が次々と姿を現した。
おじいさんの肩には、ルナミス軍の最新鋭『魔導誘導バズーカ』が。
おばあさんの手には、上空の死蜂型をロックオンする『魔導対空魔砲(ポータブル型)』が握られている。
「な、ななな……なんだいあれは!?」
クラウスの騎士道の常識が、再び音を立てて崩れ去っていく。
「言っただろ、クラウス」
リアンは腕を組み、ニヤリと笑った。
「ここは3カ国の国境を生き抜く、独立した軍事要塞だ。……たかがデカい虫けら数匹に、俺たち(自軍)のコスト(体力)を割く必要なんてねぇんだよ」
「さぁて、畑の肥料にしてやろうかねぇ」
おばあさんが、優しげな笑顔のまま、魔導対空魔砲のトリガーに指をかけた。
最強の軍事村・ポポロの『日常的な害虫駆除』が、いよいよ火蓋を切る。




