9 せんせいの きゅうじつ
「うーん。これぞ俺の求める休日だなぁ」
日曜、俺はほぼずっと自宅のベッドの上で過ごしていた。
カーテンを閉めきりヘッドホンを装着し、溜まったアニメをまとめて消化する。
「ほげ」の大合唱も、大きな床振動も、服を引き裂く怪力もここにはない。
穏やかで完璧なプライベート空間。
……のはずなのだが。
「……なんか、耳鳴りがするな」
ヘッドホンを外してみる。部屋の中はもちろん無音だ。
しかし、俺の三半規管はすでに平均体重80キロ超の「ほげ」を受信していないと
逆にバランスを崩す狂った仕様に改造されてしまっていたらしい。
静寂がむしろ鼓膜を圧迫してくる。
時計を見ると午後4時。
休日の園は園長先生が1人で見てくれている。
ベテラン保育士でもある園長に任せておけば何の問題もない……はずなのだが、
脳裏をよぎるのは、寂しさで暴走した大男たちが園舎を更地にしている様子だ。
「……いや、さすがにないか。
でも、ちょっと散歩がてら様子を見るだけなら……」
気づけば俺は、全力で保育園へとチャリを漕いでいた。
ーーー
「園長先生ー? 差し入れ持ってきましたー」
はらっぱ保育園の勝手口からそっと中に入ると異様な静けさが漂っていた。
いつもなら廊下まで響いてくる「ずりばいの地響き」すら聞こえない。
最悪の結末(園長の殉職)が頭をよぎり、冷や汗が背中を伝う。
恐るおそる保育室のドアを開けると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
「あ、守先生。来てくれたんですか!?」
困り果てていた園長先生の顔がぱっと安心に変わり、俺を出迎える。
その周囲には完全に機能停止した大型重機のごとき大男たち。
龍は部屋の隅っこで体育座りをし、
背中の登り龍をこれでもかと丸めてフリーズしていた。
徹は入り口のドアに背を向けて微動だにせず正座し、
鋭い眼光のまま大きな鼻提灯を膨らませている。
そして悟は部屋の中央で布団を頭からすっぽり被り、
巨大なイモムシのように縮こまりピクリとも動かない。
「園長先生、これ一体どういう……」
「今日は朝からずっとこの状態で……。
ミルクもごはんもおやつも全部「ほげ(いらない)」の一点張りで
ハンガーストライキってやつでしょうか」
園長先生が苦笑いする。
どうやら彼らは俺がいないショックで完全に気力を失ってしまっていたらしい。
ーーー
「みんなー、ただいま!良い子にしてた?」
俺が努めて明るい声で呼びかけた、その瞬間。
徹の鼻提灯がパチンと派手に割れる。
龍がバッと勢いよく顔を上げる。
布団から悟の顔がヌッと飛び出る。
そして俺を見つけると彼らの澱んでいた瞳にもの凄い光量が戻った。
「ほげッ……!?」
「ほげ、ほげぇぇぇ!!!」
一番最初に動いたのは徹だった。
正座の姿勢から、かつての戦闘技術を彷彿とさせる恐るべき跳躍を見せ、
目にも留まらぬ速さのハイハイで突進してくる。
「ほーげー!!!」
「うおっ、徹くん速い速い!」
受け止める間もなく、徹が俺の右足にしがみついた。
続いて大粒の涙をボロボロと流した龍が
こちらも時速30キロのずりばいで床を滑りながら左足にタックルをかましてくる。
「ほげぇぇぇん!! ほげ、ほげぇ!!」
両足を大男2人にロックされ身動きが取れなくなった俺の正面でラスボスが動く。
悟がおしゃぶりを激しくチュパチュパと鳴らしながら両腕を広げて立ち上がった。
190センチの巨躯が歓喜のオーラを全開にして迫ってくる。
「待って、悟くん、そのサイズで抱きつくのは質量的に――」
ドゴォォォン!!!
部屋の中に本日一番の衝撃音が鳴り響いた。
悟の容赦のない「先生がいなくて寂しかったアタック」が胸元に炸裂し、
俺の体は綺麗な放物線を描いて畳の上へと叩きつけられる。
息が詰まる。完全に肺の空気が全部持っていかれた。
「ほげ♪ ほげほげ、ほげぇ~!!」
床に倒れた俺の上に3人が重なるようにして顔をすり寄せてくる。
さっきまでの虚無顔はどこへやら、全員がこれ以上ないほどの満面の笑みだ。
口の周りはヨダレだらけだし、腕の力加減は相変わらず死ぬほど強いけれど、
彼らの全身から「嬉しい!!」という感情が爆発しているのが伝わってきた。
「はいはい、俺がいなくて寂しかったんだね。ごめんね。もう大丈夫だから」
俺が3人の頭を順番にガシガシと撫で回してやると
彼らは満足そうに「ほげぇ……♪」と喉を鳴らした。
結局、俺の休日は夕方であっけなく終了した。
だけど、ここまで全身全霊で自分を必要としてくれる存在がいる。
それはバキバキに痛む背骨の痛みを補って余りある奇妙な幸福感だった。
ーーー
【園長からの置き手紙】
守先生、休日にわざわざありがとうございました。
先生が来た瞬間の彼らの変わりようを見て改めて
この園の組長は守先生なんだな、と確信いたしました。
明日はスッポン鍋のケータリングを頼んでおいたので、
しっかり体力を回復してくださいね(^-^)
ーーー
続く




