8 かきごおり きーん
最高気温35度。うだるような夏の昼下がり。
エアコンは点けているのだが常時フル稼働とはいかないのに加え、
平均体温および基礎代謝が異常に高い大男たちが3人も集まれば
保育室の空気はたちまち熱帯雨林と化す。
「ほげー……」
「ふぃー……ほげ……」
床に這いつくばり、まるで打ち上げられたトドのように伸びている龍と徹。
悟にいたっては、おしゃぶりをチュパチュパ吸う気力すら失せたらしく、
開け放した口からおしゃぶりがポロリと床に落ちていた。
「よし、みんな! 今日のおやつは特別に『かき氷』にしよう!」
俺がペンギン型の家庭用手動かき氷機を机に置くと、
死屍累々だった大男たちが一斉にムクリと起き上がった。
その俊敏さは完全に臨戦態勢のそれである。
「ほげっ!?」
「ほげー!」
「そう、冷たくて美味しいかき氷。じゃあ、まずは先生がお手本見せるからね」
氷をありったけセットしてハンドルを回す。
ガリガリガリ……と小気味よい音を立てて、
白い雪のような氷が器に積もっていく。
3人は身を乗り出し、新種の兵器のデモンストレーションでも見るかのような
ギラついた視線で俺の手元を凝視していた。
ーーー
「ほげぇい!」
最初にハンドルに手を伸ばしたのは龍だった。
自分もやりたいとゴツい人差し指でペンギンの頭をツンツンと突つく。
「いいよ、龍くん。やってごらん。……ゆっくり回すんだよ?」
龍は嬉しそうに「ほげ♪」と鳴き、
熊のような手で小さなプラスチック製のハンドルを握りしめた。
そして、彼がグッと腕に力を込めた瞬間。
パキ、メリメリメリ……ッ!
「ストップ!!! 龍くん止めて!! ペンギンさん死んじゃう!!」
外装のプラスチックが悲鳴を上げ、結合部から白いプラスチックの粉が吹いた。
幼児退行していても彼の背筋力は一歩間違えれば重機なのだ。
慌てて引き剥がすと、龍は「ほげぇ……」と悲しそうに眉根を寄せた。
「ほげ! ほげい!」
次に名乗りを上げたのは徹だ。
俺が「優しくね」と言う間もなく、徹の手がハンドルを捉えた。
シュババババババババババッ!!!
「嘘だろ!? 速すぎる!!」
火花が散りそうなほどの超高速回転。
あまりのスピードに、削られた氷が器に溜まる暇すらない。
風圧と遠心力によって細かな氷の粒子が部屋中に凄まじい勢いで噴射された。
「ほぎゃー!」
「ほげっ♪」
一瞬にして保育室が局所的なホワイトアウトに包まれ、
涼しいミストサウナ状態になる。
「涼しいけど! 部屋が水浸しになるから!!
あと器の中身が空っぽだよ徹くん!!」
ーーー
結局、俺が必死にハンドルを回して3人分のかき氷を完成させた。
チョイスしたシロップは三者三様。
龍には鮮烈なイチゴ。
徹には新緑のメロン。
悟には涼しげなブルーハワイ。
ちんまりと正座(筋肉のせいでやや不自然な姿勢)し、
カラフルな原色の液体を前にスプーンを握りしめる大男たち。
言っておくが、これは決して怪しい組織の実験などではない。
「ほげ♪」
悟がスプーンで山盛りのブルーハワイをすくい豪快に口へ放り込んだ。
その、直後。
ピキィィィィン……。
悟の動きが完全に停止した。
スプーンを口に咥えたまま、両目を限界まで見開き全身の筋肉を硬直させている。
「……ほ、げ」
悟は持っていたスプーンを落とすと、両手でこめかみを強く押さえ、
顔面を梅干しのようにクシャクシャに歪めて畳の上に転がった。
そう。アイスクリーム頭痛である。
「ほげぇえぇぇぇぇん!!!」
地獄の底から響くような超重低音の悲鳴。
冷たさによる脳への刺激を何らかの精神攻撃と勘違いしたらしい。
それを見た龍と徹も「敵襲か!?」と言わんばかりに
慌てて自分のかき氷を急いで口に詰め込み――
当然、タイムラグ無しで「キーン」の洗礼を受けた。
「ほげぇぇぇぇ!!」
「ほ、ほげっ……ほげげげげっ!!」
180センチオーバーの巨漢3人が一斉に頭を抱えて床をのたうち回る。
その光景は特殊部隊の閃光手榴弾を喰らったテロリストの集団そのものだった。
「だから一気に食べるなって言おうとしたのに!
誰も敵なんか来てないから! 自分のさじ加減だからそれ!」
ーーー
数分後。
ようやく頭痛が引いた3人はすっかり大人しくなり、
今度は少しずつ氷を口に運んでいた。
「はぁー、冷たくて美味しいねぇ」
俺が声をかけると3人は一斉に振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「ほげ♪」
「ほげーい!」
その口元を見て、俺は思わず吹き出してしまった。
イチゴを食べた龍の唇は真っ赤に染まり、メロンの徹は緑、
ブルーハワイの悟にいたっては舌が真っ青になっている。
強面な顔面のなかでカラフルに着色された口元。
おまけに全員ひよこ柄のスモック。
あまりにもアンバランスで、あまりにも無邪気なその姿に、
さっきまでのドタバタの疲れが氷のようにスッと溶けていくのが分かった。
「はい。食べ終わったら、みんなでお口拭こうね」
俺が差し出したタオルに3人が競うように顔を押し付けてくる。
冷え切った彼らの頬が俺の手にあたって、
真夏の暑さを少しだけ忘れさせてくれるのだった。
ーーー
【園長からの連絡帳メモ】
守先生、猛暑の中でのかき氷イベントお疲れ様でした。
地鳴りのような悲鳴を聞きつけた通りすがりの方が、
「はらっぱ保育園の周辺だけ、局所的な気圧の歪みが発生している」
と心配されていましたが聞き流しておきました。
なお、廊下を通るときに舌を真っ青にして「ほげ♪」と笑う悟くんと目が合い、
一瞬だけ新種のUMA(未確認生物)かと思って腰を抜かしかけました(^-^)
ーーー
続く




