7 おりがみ おるよ
「いい、みんな? 今日はこれ。このカラフルな四角い紙で『おりがみ』をします」
俺が赤や青の折り紙を掲げると、床に転がっていた龍、ぬいぐるみを抱いた徹、
おしゃぶりをチュパチュパさせている悟の3人が一斉に身を乗り出してきた。
「ほげー!」
「ほげっ?」
「そう、折り紙。指先を動かすのは脳にいいんだよ。
じゃあ、まずは定番の『お星さま』から折ってみようか」
俺が手本として黄色い折り紙を丁寧に折り進めていく。
園児たちはそれを獲物を狙うスナイパーのような鋭い眼光で見つめていた。
退行していても、集中するときの顔つきは完全に「そっちの人」なのだ。
「はい、みんなの分ね。優しく折るんだよ?」
カラフルな紙が、ゴツゴツとした熊のような手へと配られていく。
ーーー
「ほぎゃあぁぁ……!」
開始3秒、早くも悲痛な「ほげ」が室内に響いた。
見ると、龍が絶望した表情で自分の手元を見つめている。
彼が折ろうとした緑色の折り紙は、太すぎる指先と規格外のプレスのせいで、
折り目を付ける前にただの「極小の紙クズ」へと圧縮されていた。
「あー、龍くん力入れすぎ! 紙が可哀想なことになってるから!」
俺が慌てて新しい紙を渡すと、龍は慎重におそるおそる指先で紙の端を合わせようとする。
大男が舌を少しだけ出しながら、15センチ四方の紙と対峙している姿はどこか健気だ。
一方、隣の徹はといえば、恐るべきスピードで手を動かしていた。
シュババババババッ!!!
「ちょっと徹くん!? 何それ、残像が見えるんだけど!」
さすがの指先だ。
俺が教えた「星」の工程など完全に無視し、独自のルートで爆速の立体交差を見せている。
そして、彼が机の上にバシッと叩きつけたのは、禍々しいほどに尖った「手裏剣」だった。
しかもご丁寧に黒い折り紙だけで作られている。
「ほげぇい!」
徹が不敵な笑みを浮かべ、手裏剣を指先で挟んでシュートポーズを構えた。
「待て待て待て! それ投げたら普通に刺さるから! お部屋で手裏剣投げ禁止!」
ーーー
「ほげ……? ほげー……」
そんな喧騒の中、悟はじっと紫色の折り紙を見つめていた。
おしゃぶりを吸うリズムに合わせて巨体が規則正しく揺れている。
彼は折り紙の端と端を合わせると、親指で『スーッ』と折り目をなぞった。
(お、悟くんは意外と手先が器用なのか……?)
そう思った次の瞬間。
ミシッ……。
「え?」
悟が折り目をプレスした瞬間、木製のテーブルから聞いたことのない怪音が響いた。
彼が指を離すと、そこには綺麗に折られた折り紙……ではなく、
折り紙の形に陥没したテーブルの天板があった。
折るというか、握力と腕力で折り紙ごと机にめり込ませたらしい。
「ほげ♪」
満足げに微笑む悟。
「 めり込んでとれないよ!万力のポテンシャルを折り紙で発揮しないで!? 」
ーーー
気がつけば、制限時間の30分が経過していた。
俺のライフはすでに赤ゲージだが、なんとか全員の「作品」が完成したようだ。
「よし、みんな上手にできたかな? 先生に見せてー」
まずは徹。彼は黒い手裏剣を十数枚量産し、それを床に整然と並べていた。
……いや、これ、完全に追っ手を阻むための「まきびし」の配置だ。
部屋の出入り口が完全に封鎖されてしまっている。
次に悟。机を破壊しながら作った力作を両手で大事そうに掲げて見せてくれた。
紫色の紙で作られていたのは、見事な造形の「アジサイ」……ではなく、
どう見ても「お焼香をあげる時の香炉」だった。
なぜ幼児退行してそれを作れるんだ。渋すぎるだろ。
「最後は龍くん。何ができた?」
龍は大きな体をモジモジさせながら、背中に隠していたものを差し出してきた。
それは、赤の折り紙を不器用につなぎ合わせた、いびつな形の「太陽」だった。
あちこちクシャクシャでヨダレのシミもついているけれど、
龍はそれを俺の胸元にぽすっと押し付けてきた。
「ほげ、ほげぇ♪」
満面の笑み。
そのピュアな響きは「せんせい、あげる」と言っているようにしか聞こえなかった。
「……あーあ。もう、ずるいなぁ」
不覚にも胸の奥がじんわりと温かくなってしまう。
どれだけ怪力で、どれだけ破天荒な元ヤクザでも。
この真っ直ぐな好意を向けられて嬉しくない保育士なんていない。
「ありがとう、龍くん。先生の宝物にするね」
俺が太陽を受け取って頭を撫でてやると、龍は嬉しそうに「ほげー!」と叫び、
そのまま俺の腰に抱きついてきた。
続いて、それを見た徹と悟も「ほげ!」「ほげー!」とジェラシーを爆発させ、
手裏剣と香炉を放り投げて突進してくる。
「うおっ、ちょっと待て、3人同時は――」
ドガシャァァン!!!
地響きと共に、俺は再び250キロの肉体マウンティングの餌食となった。
背骨がバキリと鳴った気がするが、彼らの無邪気な笑い声に包まれていると、
不思議と「明日も筋肉痛に耐えよう」と思えてしまうのだった。
ーーー
【園長からの連絡帳メモ】
守先生、おり紙の制作活動、お疲れ様です。
龍くんの太陽の折り紙は職員室の壁に飾っておきます。
なお、徹くんの「まきびし(折り紙製)」を踏んだ来客の方が、
精神的恐怖から「一歩も動けない」と泣いておられました。
次回はちぎり絵なども良いかもしれませんね(^-^)
ーーー
続く




