6 あおぞら おえかき
よく晴れて心地よい風が吹く園庭。
俺は地面にこれでもかと敷き詰めた真っ白な模造紙を前に満足気に立っていた。
「よし、これだけあれば周りを汚さずダイナミックに描けるだろう!」
今日のアクティビティは屋外でのフィンガーペインティングだ。
衣服へのダメージを最小限に抑えるため、
3人には黒ナイロン袋の底と脇をくり抜いた特製スモックを着用させている。
「ほげー? ほげ、ほげぇ」
「そうだよ龍くん、
今日はこの大きな紙に手や足でペタペタしていいからね」
黒いスモックをガサガサと鳴らしながら
龍が不思議そうに自分の大きな手のひらを見つめている。
俺はクマのぬいぐるみを砂場に生き埋めにしようとしていた徹を回収し、
模造紙の真ん中へと誘導した。
最後に、今日もおしゃぶりを強烈な勢いで吸引している悟の前に
何色もの絵の具を溶かしたプラスチックバケツを並べる。
準備は万端。さあ、芸術の時間を始めよう!
ーーー
「ほげぇい!!」
口火を切ったのは悟だった。
彼がバケツに豪快に突っ込んだ両手を勢いよく模造紙へ叩きつけた、
その瞬間。
バシャアッ!!!
「――あ」
俺は自分の重大なミスに気づき頭を抱えた。
チョイスしたバケツのよりによって一番手前にあったのが「赤」だった。
白熱の太陽光に照らされ、真っ白な紙の上に飛び散る鮮烈な真紅の液体。
そこに龍が「ほげぇ♪」と満面の笑みで乱入し、
両手でその液体をぐちゃぐちゃに引き伸ばしていく。
「ほげ! ほげげ!」
徹にいたっては手のひらにたっぷりと赤い絵の具をつけ、
「オラア!」と言わんばかりのスピードで模造紙に手形を連打し始めている。
これに関してはもはや言い訳の仕様がなく、血の手形そのもの。
凄惨。
その二文字しか浮かばない。
(バカか俺は!
どうして原色の赤なんて、このメンツの前に無防備に置いたんだ……!)
完全に判断を誤った。
もし今、上空を警察のヘリが通過したら間違いなく
はらっぱ保育園に特殊部隊が降下してくる。
冷や汗が背中を伝う中、当の本人たちは「ほげほげ」と大はしゃぎで
今度は青や黄色のバケツにも手を伸ばし始めた。
ーーー
「ほげー♪」
「ほげっ、ほげぇい!」
男たちの手によって赤と青が混ざり紫に変わる。
黄色が混ざり鮮やかな緑が生まれる。
凄惨な修羅場だったはずの白い紙の上は
いつの間にか、目まぐるしく色を変える万華鏡のようになっていった。
「……あれ?」
我を忘れて色を塗りたくっていた3人が急に動きを止めた。
お互いの顔や腕がカラフルな絵の具だらけになっているのを見て、
「ほげ~」と満足そうに顔を見合わせている。
龍が絵の具のついたごつい指を、そっと俺の頬に伸ばしてきた。
「ほげ、ほげぇ……」
ビビらせてごめんね、とでも言うように龍が俺の顔を覗き込む。
その指先が触れた場所に黄色い絵の具がちょこんとついた。
ふと、彼らが囲んでいた模造紙の真ん中に目を落とす。
そこには無数の手形や足跡が重なり合ってできた、
いびつだけど力強い「ハートマーク」がたくさん描かれていた。
その中央にはツンツンした髪の毛らしき線と、
にっこりと笑う口のある人の顔のようなもの。
「これ……俺の顔?」
「ほげー!」
悟がおしゃぶりをペッと吐き出し、胸を張って嬉しそうに鳴いた。
徹も絵の具まみれの手で俺のシャツをギュッと掴み、誇らしげに鼻を鳴らす。
ダークヒーローにすべてを奪われ、過去の記憶さえ無くしてしまった彼らが、
拙い手つきで一所懸命に「だいすき」の気持ちを表現してくれたのだ。
胸の奥がじんわりと温かいもので満たされていく。
「みんな、ありがとう。最高の作品だな」
俺はしゃがみ込み、ナイロン袋姿の芸術家たちをまとめて抱きしめた。
カサカサと鳴るビニールの音と、混ざり合った絵の具の匂いが
不思議と愛おしく思えた。
ーーー
【園長からの連絡帳メモ】
守先生、お外でのお絵描き、お疲れ様でした。
通りすがりの方から
「保育園の庭で黒い袋を被った血まみれの男たちが
奇声を上げながら這い回っている」との電話が入りました。
誤解はすぐに解けましたが、次回から赤の絵の具を使用する際は
緑色などを混ぜてアボカドのような優しい色合いにしてみるのはどうでしょう。
なお、園庭に敷いた模造紙はアートとして職員室の壁に飾っておきますね(^-^
ーーー
「よし! じゃあ、みんな。中に戻ってシャワー浴びるぞー!」
「ほげーーー!!!」
カラフルに染まった3人を引き連れ、俺は浴室へと向かう。
お風呂場がこれまた戦場になることは確定しているが、
俺の顔に浮かんだ笑みはシャワーの水でも簡単には洗い流せそうにない。
続く




