10 くるまで ごー
「♪のりものあつまれー いろんなくるまー」
保育室のテレビから陽気な子供向けの童謡が流れている。
その前には信じられないほどの高い密度でひしめき合う大男が3人。
龍、徹、悟は、異様な真剣さで画面を凝視していた。
救急車や郵便車、トラックなどが軽快に走り抜けていく。
そして画面が切り替わり、白黒のツートンカラーに赤いライトを載せた
「パトロールカー」が登場した。
ウゥゥゥゥ〜〜〜〜ン!!!
スピーカーからお馴染みのサイレン音が響き渡る。
その瞬間、3人の目の色が一気に変わった。
「ほげッ……!?」
「ほげ、ほげぇぇぇ!!!」
完全に幼児退行した今の彼らにとってパトカーは恐怖の象徴ではない。
赤くてピカピカ光って、なんだかもの凄い大音量で吠える
「最高にイカしたスーパーマシン」に映っているのだ。
特に悟などはおしゃぶりを吸うスピードが通常の3倍に跳ね上がり、
瞳を限界まで輝かせてテレビににじり寄っている。
「はいそこ、画面に近づきすぎ! 下がってー」
俺がリモコンでテレビを消すと
3人は一斉に「ほげぇぇ……」とこの世の終わりみたいな絶望の声を上げた。
「大丈夫だよ、今からおもちゃの車で遊ぶからね」
ーーー
俺は地面を蹴って進むタイプの
プラスチック製の乗り物おもちゃを3台部屋の真ん中に並べる。
1台目は黄色いショベルカー。2台目は緑色のダンプカー。
そして3台目は……ボタンを押すと「ウー!」と鳴って赤色灯が光る
特大サイズのパトカー。
「ほげいっ!!」
誰よりも速く反応したのは徹だった。
持ち前の敏捷性をフルに活かした超高速ハイハイで一瞬にして距離を詰め、
パトカーの座席にガシッと跨ると同時にボタンを親指で連打し始めた。
ウー! ウー! ウー!
「ほげ♪ ほげっ、ほげぇい!」
ドヤ顔でパトカーを乗り回す徹。
しかし、そんな独占を許す仲間たちではない。
「ほげえええい!!」
ヨダレを撒き散らしながら突進してきた龍が、
徹が乗るパトカーの後部バンパーを熊のような両手でガシッと掴んだ。
そのまま腕力だけで、徹ごとパトカーを後ろへ引きずり戻し始める。
「ちょ、龍くん! 徹くんが先に乗ってたでしょ! 引っ張らない!」
さらに、背後から音もなく近づいた悟が、
不敵な笑みを浮かべながらパトカーのフロント部分を両手で持ち上げた。
徹が乗った状態のパトカーがそのまま地上30センチの高さまで持ち上がる。
「浮いた!? 悟くん、下ろして! パトカーは空飛びません! 墜落するから!」
「ほげー!!」
空中へリフトアップされたパトカーを巡り、
徹はハンドルを死守しながらボタンを連打し、龍は徹の足を引っ張り、
悟は車体を丸ごと奪おうと引きちぎるような勢いで力を込める。
かつて警察を最も敵視していたはずの極道たちが、
今やパトカーを奪い合って本気の小競り合いを繰り広げている。
この上ない皮肉だ。
「ほら、みんな喧嘩しない!
龍くんにはこのかっこいいダンプカーがあるよ! 悟くんにはショベルカー!」
俺は必死に仲裁に入り、それぞれの前に他のおもちゃを差し出した。
だが、ダンプカーを渡された龍は「ほげぇ……」と
露骨につまらなそうな顔でそれを床に転がす。
ショベルカーを渡された悟にいたっては不満のあまり
アーム部分を素手でミシッと掴み、そのままへし折ってしまった。
「あああっ! ショベルカーの命が! 悟くん、握力どうなってんの!?」
「ほげぇ!」
アームを破壊してすっきりした悟が再びパトカーへと手を伸ばす。
徹も龍も一切譲る気はない。
ついに3人が同時に1人乗りの小さなパトカーへと一斉にのしかかった。
ピキピキ、メリメリメリ……。
「あ、これアカンやつ――」
ガシャァァン!!!
静かな部屋にプラスチックが完全に粉砕される凄惨な音が響き渡った。
合計体重250キロオーバーに耐えられるおもちゃなど存在するはずがない。
タイヤは四方に弾け飛び、車体は煎餅のように平たく潰れてしまった。
あまりの出来事に完全にフリーズした3人。
自分たちの愛したパトカーが自らのパワーによってスクラップと化したのだ。
数秒の静寂。
そして、彼らの大きな瞳にみるみるうちに大粒の涙が溜まっていく。
「ほ、ほげ……」
「ほげええええええん!!!(一斉に大号泣)」
鼓膜を容赦なく破壊しにくる三重奏の超重低音シャウト。
床がかつてないレベルで激しく振動している。
「だから言ったろー!! 自業自得!
でも泣かないで! 先生がなんとかするから!」
俺は耳を塞ぎながら急いで倉庫へ走り、特大の段ボール箱を3つ、
それから黒と白の画用紙に赤の折り紙をひっつかんだ。
ーーー
保育室へ戻り、俺はプロの保育士としての本領を発揮する。
ハサミを猛烈に動かし、段ボールの底を抜き、ガムテで画用紙を貼り付けていく。
「はい! できあがり!」
汗だくになりながら俺が差し出したのは、
体にすっぽりはめられるタイプの「手作り段ボールパトカー」3台だ。
屋根には赤い折り紙で作った赤色灯がちょこんと載っている。
「ほげ……?」
ピタッと泣き止んだ3人が涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔でそれを見つめる。
俺は彼らの体にその段ボールパトカーを1つずつ装着してやった。
「ほら、これならみんなの分があるよ。かっこいいでしょ?」
段ボールのパトカーを身にまとった、ひよこスモックの強面3人衆。
お互いの姿を見合わせ、自分だけのパトカーがあることを理解した瞬間、
満開の笑顔が咲いた。
「ほげーーーい!!!」
「ほげ♪ ほげ♪」
おしゃぶりを咥え直した悟が真っ先に廊下へと飛び出していく。
龍と徹もそれに続き、横一列になって廊下を爆走し始めた。
「ほーげー! ほーげー!(ウーウーの意)」
段ボールをガサガサと鳴らして保育園内を巡回する大男たち。
見た目は完全に不審者の集団だが、心はいたって無邪気なパトロール隊だ。
「はぁ……、喜んでくれたなら何よりだよ」
俺はプラスチックパトカーの残骸を片付けながら、ようやく息を吐いた。
ーーー
【園長からの連絡帳メモ】
守先生。パトカー抗争の鎮圧、本当にお疲れ様でした。
彼らがかつてあれほど嫌っていたパトカーを、
自ら嬉々として身にまとっている姿を見ると何だか感慨深いですね。
なお、「ほげほげ」と園庭をパトロールしていた彼らが
たまたま通りかかった本物のパトカーとフェンス越しに遭遇した際、
警察官の方が車を急停車させて「……えっ?」と二度見し、
その後、もの凄く複雑な表情で敬礼をして去っていかれました。
次回はぜひ、制限速度を守るようご指導をお願いします(^-^)
ーーー
「はい、パトロール隊のみなさーん!
ごはんの時間だから車庫入れしてくださーい!」
「ほげーーー!!!」
今日も段ボールを引きずりながら突進してくる3頭の猛獣を、
俺は全力のハグで受け止めるのだった。
続く




