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11 けんか しちゃった

カチッ、カチッ、と積み木を積み上げる音。

事件は本当にちょっとした出来事から始まった。


徹がてっぺんに載せようと

アンパンマンの顔が描かれたブロックを手に取ろうとした、その瞬間。

悟が同じブロックを掴もうと、ぶっとい手を伸ばしたのだ。


手が重なる。

二人の動きがピタッと止まり、一瞬で室内の空気が張り詰めた。


「ほげぇい!」


徹がブロックを自分の方へ強く引き寄せる。


「ほ、ほげぇっ!」


悟も負けじと腕力でそれを奪い返そうとする。

お互いに一歩も退く気はない。


ついに両者は積み木を放り出して互いのスモックの胸元をガシッと掴み合った。

かつての仁義なき争いを彷彿とさせる、あまりにも重厚な胸ぐらの掴み合い。

だが、着ているのはひよこ柄のスモックだ。


「待って待って! 喧嘩はダメ! 仲良く使って!」


俺は慌てて二人の間に割って入った。

一般の保育園児の喧嘩なら抱きかかえて離すだけだが、

こちらは合計体重が優に180キロを超える大男二人である。


「お、重い……! 二人とも、手を離して!」


俺は二人のごつい腕を全力で引っ張る。

ミシミシと俺の骨が悲鳴を上げる中、

なんとか物理的に二人を引き離すことに成功した。


「ほげぇー!!」

「ほげっ!!」


引き離されてもなお二人は凄まじいメンチを切り合っている。

俺は二人の間に立って人差し指でバツ印を作った。


「お友達を叩いたり、引っ張ったりするのはメッ、です! 分かった?」


俺が厳しく叱ると二人はバッと同時にお互いから顔を背けた。


ーーー


ここまでは、よくある日常のはずだった。

だが、本当の地獄はここから始まった。


お互いにそっぽを向いたまま二人は部屋の両端へと移動する。

そして、驚くほど静かな時間が訪れたのだ。


いつもなら泣き叫ぶか、他のおもちゃで遊び始めるはずなのに今回は違った。

徹は壁に向かって正座しクマのぬいぐるみをこれでもかと強く抱きしめる。

その背中からは冷たい殺気すら漂っている。


一方の悟は、おしゃぶりを凄まじいピストン運動で吸引しながら

部屋の反対側で床を見つめていた。

たまに「チッ」とおしゃぶりが鳴る。


完全に無視。徹底的な無関心。

いわゆる冷戦状態である。


「……あの、徹くん? これで遊ばない?」


俺が絵本を持っていくが、徹はピクリとも動かない。


「悟くん、ジュース飲む?」


悟にコップを差し出しても、彼は無言で横を向くだけだ。


部屋の温度が5度くらい下がったような錯覚に陥る。

言葉を持たない彼らの無言の抵抗は、

怒鳴り散らされるよりも精神的にクるものがあった。


俺がどうやってこの凍りついた空気を解かすべきか頭を抱えていると、

部屋の隅から、ずり、ずり、と聞き慣れた地鳴りのような音が近づいてきた。


ーーー


パンパース一丁の龍だ。

龍はこのピリついた空気を全く気にしていない様子で、

のそのそと二人の間へと這い寄っていく。

そして、彼の手にはおやつの時間に配っていたイチゴ味のボーロが二粒、

大切そうに握られていた。


龍はまず、壁を睨みつけていた徹の横にピタリと寄り添った。


「ほげ?」


徹が怪訝そうに顔を向けると龍は

ごつい指先でつまんだピンク色のボーロを徹の口元へとぽすっと押し込んだ。

徹の頬が驚きで丸く膨らむ。


次に、龍はそのまま反対側の悟のところへ進み、

もう一粒のボーロを悟の口にもねじ込んだ。


「ほ、ほげ……」


おしゃぶりを一時的に外され、ボーロを食べさせられた悟も目を丸くしている。


それだけでは終わらない。

龍は、徹と悟の首根っこを熊のような大きな両手でガシッと掴んだ。

さらに、そのまま、ずり、ずり、と抵抗を許さない圧倒的な腕力で、

二人を部屋の真ん中へと引きずり戻したのだ。


「うお、龍くん!? 何するの?」


俺が声を上げるのを余所目に龍は徹の右手と悟の左手を、

自分の大きな掌で包み込むようにしてギュッと握らせた。


龍の規格外の怪力による強制的な手繋ぎ。


「ほげっ……」

「ほぎゃ……」


二人は痛いのか気まずいのか、微妙な表情を浮かべて身をよじろうとするが、

龍がギチギチとさらに力を込めて固定する。逃げられない。


そして龍は繋がれた二人の手の上に自分の大きな頭をぽすんと乗せた。


「ほげぇ……♪」


龍は目を細め、実にご機嫌そうに喉を鳴らした。


ーーー


「あ……」


その瞬間、徹と悟の肩の力がすっと抜けるのが見えた。

龍の「みんな仲良くしよう」という純粋な温もりが、

繋がれた手を通じてダイレクトに伝わったのだろう。

二人はお互いの顔を見合わせ、それから繋がれた自分たちの手を見つめ――。


「……ほげ」

「ほげ」


どちらからともなく、小さく照れくさそうな声が漏れた。


龍が手を離すと、二人は手を繋いだまま今度はしっかり目を合わせ、

お互いのスモックの汚れをパッパと払い合うようにして笑い始めた。

いつの間にか、龍も交えて三人で残りのボーロの袋を囲んで

「ほげほげ」と分け合って食べ始めている。


「……はぁ。よかった」


張り詰めていた緊張が一気に解け、俺はペタンと床にへたり込んだ。

言葉なんてなくても、彼らの中には確かに通じ合う特別な絆があるのだ。

嵐の去った後のような穏やかな部屋で俺は深く息を吐き出した。


ーーー


【園長からの連絡帳メモ】

守先生。緊迫した冷戦状態の和解交渉、本当にお疲れ様でした。

彼らのようなタイプは一度こじれると「全面戦争」になりかねないので、

龍くんの素晴らしい仲裁能力には私も感服いたしました。

やはり美味しいおやつとスキンシップが一番の特効薬ですね。

なお、大男三人が手を繋いで頭を寄せ合っている姿が、

秘密結社の儀式に見えたのでスマホで撮影して壁紙にしちゃいました(^-^)


ーーー


「ほーら、おやつの後はみんなでお手て洗いに行くよー!」

「「「ほげーーー!!!」」」


俺は楽しそうな三人と一緒に廊下を歩いていく。

彼らと繋いだ手の温もりが、

バキバキに凝り固まった肩を少しだけ軽くしてくれるような気がした。


続く

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