16 あわあわ おせんたく
保育園の洗濯カゴは、毎日キャパシティの限界を迎えている。
大量のよだれ、こぼしたミルク、絵の具、そして泥。
体格もエネルギーも規格外の3人が全力で暴れ回った証の品が、
文字通りのマウンテンとなって常に押し寄せてくるのだ。
「よし、今日は洗濯機だけじゃ追いつかないから、
お外で『あしぶみ洗濯』をしよー!」
俺が園庭に引っ張り出してきたのは、
直売所の野菜洗い用だったという特大のステンレス製タライだ。
そこへシーツやバスタオルを放り込み、水と洗剤を投入する。
「ほげ?」
パンパース一丁の龍が、水面にモコモコと湧き出してきた白い泡を
不思議そうに指でつんつんしている。
その横では徹がスモックの裾を器用にパンツに挟み込み、
早くも足首を回して柔軟体操を始めていた。
おしゃぶりをチュパチュパと激しく鳴らす悟は、
タライの中に漂うシーツを、仕留めるべき獲物か何かのように睨みつけている。
「いい? 泥のついたシーツを、みんなの足でギュッ、ギュッって踏んで
綺麗にするんだよ。順番に入ろうね」
お手本として俺がタライに入って足踏みをしてみせると、
3人の目が一斉にギラリと輝いた。
ーーー
「ほげぇい!」
最初に名乗りを上げて飛び込んできたのは徹だ。
彼がタライの真ん中に着地した次の瞬間、水面が激しく波打った。
シュババババババババババッ!!!
「ちょっと徹くん! 速すぎるって、それ脱水機能の速度だから!」
かつて「神速」と恐れられた足さばきが泡の中で遺憾なく発揮される。
残像が見えるほどの超高速地団駄により、
タライの中に凄まじい勢いの渦潮が発生した。
シーツやバスタオルが恐ろしいスピードで回転し、
遠心力で泡が竜巻のように空へ舞い上がっていく。
「ほ、ほげげー!」
それを見ていた龍が楽しそうなアトラクションを見つけた子供のように、
我慢できずにタライへ乱入した。
体重90キロが、徹の高速回転にタイミングを合わせてドスンと足を踏み下ろす。
その瞬間、ブチブチブチッという不穏な音が響いた。
「待って龍くん! 繊維のちぎれる音がしてる!
徹くんもお願いだから回転を緩めて!」
龍の圧倒的なプレス能力と、徹の超高速回転が奇跡の融合を果たし、
タライの中はさながら産業用シュレッダーと化していた。
ーーー
「ほー、げぇぇぇ!!!」
さらに、おしゃぶりを咥えた悟が大騒ぎに加わろうと走ってきた。
彼はタライの縁をゴツい両手でガシッと掴むと
なんと驚異的な跳躍力で空中へと持ち上げた。
視界を遮る190センチの影はまるでトライを狙うラグビー選手のようで……
「……って、見とれてる場合じゃねぇ!悟くんストップ!! 」
ドバッシャァァァァァァンッ!!!!!
園庭にダイナマイトでも着弾したかのような大爆発音が轟いた。
同時にタライの中のすべての水と泡が垂直方向へと一気に噴射される。
ドササササササササッ。
数秒後、雨のように降り注ぐ冷たい洗剤水。
一番近くで静止を呼びかけていた俺は、
頭から大量の泡を被弾し、一瞬にして完璧な「雪だるま」へと姿を変えた。
「……ぶはっ! ぺっ、口の中に泡が……」
俺が顔を拭って目を開けるとタライの中の水は一滴残らず消え去っていた。
ただ、その底には悟の圧倒的なプレスの風圧と威力によって、
奇跡的に汚れが完全に消し飛び、真っ白かつペッタンコになったシーツが
ステンレスの底に親の仇のように張り付いていた。
「ほげー♪」
泡まみれになった悟が、俺の頭の上に載った大きな泡の塊を見ながら、
嬉しそうに手を叩いている。
龍も徹も、顔中に泡の髭をつけて「ほげっ、ほげ♪」と大はしゃぎだ。
お互いに泡を投げ合い、気付けば園庭中が白い泡で埋め尽くされていく。
ーーー
【園長からの連絡帳メモ】
守先生。ダイナミックな泡フェスお洗濯、お疲れ様でした。
職員室の窓から見ておりましたが、悟くんが着地した瞬間、
園庭から白い間欠泉が立ち上ったのかと思って腰を抜かしかけました。
なお、プレスされたシーツですが、
アイロンがけが一切不要なほど見事に真っ直ぐになっておりました。
家電メーカーも驚きですね(^-^)
ーーー
数時間後。
すっかり綺麗になった巨大なシーツが、
夏の青空の下で風にパタパタと揺れている。
その真っ白なシーツの影に隠れて3人の大男たちがちんまりと並んで座り、
冷たい麦茶をストローで、ちゅーっと回し飲みしていた。
龍のパンパースも、徹のスモックも、悟のおしゃぶりも、
どこかお日様のいい匂いがしている。
「ありがとう、みんな。お洗濯のお手伝い、よくできました」
俺がそう言って頭を撫でてやると、
3人はお揃いの真っ白な歯を見せて「ほげぇ♪」と無邪気に笑った。
そよ風に揺れるシーツの白さと、彼らの屈屈のない笑顔。
洗剤まみれになってボロボロになったシャツの冷たさが、
火照った俺の体には妙に心地よく染み渡るのだった。
続く




