15 すいか わりたい
「ほげーっ! ほげ、ほげぇ!」
お昼寝前のテレビタイム。
画面の中でアニメのキャラクターたちが目隠しをして
棒を振り回しているのを見た瞬間、3人のボルテージは最高潮に達した。
龍はパンパースを激しく揺らしながらテレビを指差し、
徹は敷居の段差を利用して早くもステップを踏み始めている。
悟にいたっては、おしゃぶりを口の端に寄せ、
エアで何かを叩きつけるようなモーションを繰り返していた。
「……やりたいんだね、スイカ割り」
ちょうど昨日、園長が立派な大玉スイカを差し入れてくれたばかりだ。
しかし、視界を奪った状態で彼らに武器を持たせるなど正気の沙汰ではない。
一歩間違えれば、この保育園が文字通りの「タマの取り合い」の現場と化す。
「いい? やる代わりに、先生が後ろから一緒にお手伝いします。
絶対に一人で暴れないこと!」
俺はブルーシートを敷いた園庭に、見事な縞模様のスイカを設置する。
棒は安全性を考慮して用意したプラスチック製の子供用おもちゃバットだ。
ーーー
トップバッターは徹。
視界を遮るためのバンダナを頭に巻いた瞬間、彼の纏う空気が一変した。
じっと微動だにせず耳をピクピクと動かしている。
目隠しをされたことで他の感覚が研ぎ澄まされているようだ。
「よし、徹くん。先生と一緒にゆっくり進もうね」
俺は後ろから徹の脇に両手を通し、がっちりとホールドした。
だが、徹の足さばきは俺の制御を軽々と凌駕した。
シュッ、シュバッ!
「おっとっと! 徹くん、ステップが鋭すぎる!」
俺を引きずりながら音もなく獲物の懐へと滑り込む。
そして、バットを腰のあたりで逆手に構えた。
(マズい、フォームが完全に『居合い』だ!)
「優しく! 優しくトントンだよ!」
俺は全神経を両腕に集中させ、
徹がバットを音速で振り抜く寸前で、その手首を強引に抑え込んだ。
ポコッ。
プラスチックの軽い音が響き、バットの側面がスイカの皮を優しく叩く。
「ほげ……?」
手応えのなさに、徹はバンダナをずらして不満そうに首を傾げた。
暗殺者のようなキレを制御した俺を自分で褒めてあげたい。
ーーー
「はい、次は悟くんの番ね」
2番手の悟は、ひよこ柄のスモックをパンパンに膨らませて前に出た。
彼にも目隠しを施しバットを握らせる。
「ほげぇい……!」
視界を奪われた恐怖からか、あるいは武闘派としての本能が目覚めたのか、
悟の巨躯が小刻みに震え始めた。
みし、みしみし……。
彼が握りしめたプラスチックのバットが、
その圧倒的な握力によって早くも悲鳴を上げながらひしゃげていく。
「悟くん、リラックス! 怖くないから! 力を抜いて!」
俺は後ろから悟の胴体にがっしりと抱きついた。
まるで巨大な大木にすがりつくコアラの気分だ。
「ほー、げぇぇぇ!!!」
悟が咆哮と共に、バットを上段から一気に振り下ろそうとする。
凄まじい重力馬力がかかるのを感じながら俺は両足を地面に踏ん張り、
悟の身体を強引に右斜め後ろへと傾かせた。
ズバァァァンッ!!!
空気を切り裂く爆音が響く。
悟のフルスイングはスイカの数センチ横のブルーシートを直撃し、
風圧だけでスイカがゴロゴロと数回転した。
同時におもちゃのバットは衝撃に耐えかねて木っ端微塵に砕け散った。
「ほげっ!?」
目隠しを取った悟は自分の手元に残ったバットの残骸を見つめ、
呆気にとられた顔をしている。
地面にはプラスチックの破片が哀しく飛び散っていた。
ーーー
「最後、龍くん。もうバットがないから、この新聞紙を丸めた棒でいこう」
ラストを飾る龍は相変わらずパンパース姿のマイペース。
目隠しをされても特に緊張した様子はなく、
むしろ楽しそうに「ほげ♪ ほげ♪」と足踏みをしている。
「じゃあ、いくよ。前、前……あ、行き過ぎ! 右、右!」
俺は龍の大きくて温かい手を後ろから包み込むように握り、
一緒に新聞紙の棒を構えた。
龍は俺の誘導に身を委ね、完全にリラックスしてくれている。
「よし、そこだ! せーの、で叩くよ!」
「ほげー!」
俺と龍の呼吸がぴったりと合った。
二人の体重を乗せて新聞紙の棒がまっすぐに振り下ろされる。
パカッ。
見事な快音が響き渡った。
スイカの中央に綺麗な亀裂が入り、鮮やかな赤色の果肉と
みずみずしい甘い香りが夏の空気に広がっていく。
「ほげええええい!!!」
「ほげっ、ほげ♪」
3人はきれいに割れたスイカを囲んで大はしゃぎ。
龍は嬉しさのあまり俺を片腕でひょいと持ち上げ、
徹と悟は壊れたバットのことなどすっかり忘れて拍手を送っている。
ーーー
その後、縁側に並んで座り、スイカをみんなで食べることになった。
「ほげ、むしゃ、むしゃ……」
大男たちがひよこスモックやパンパース姿でちんまり並んでスイカを頬張る。
龍は口の周りをタネだらけにし、
徹はまるで精密機械のように皮のギリギリまで綺麗に平らげ、
悟はおしゃぶりを首にぶら下げて、
一切れを一口で丸呑みにせんばかりの勢いで食いついている。
プッ、プップッ。
ふと見ると、3人は庭に向けて器用にタネを飛ばし始めた。
「こら、タネをそんなに遠くに飛ばさないの! 」
俺が注意すると3人は一斉にこちらを振り返り、
赤く染まった口元で「ほげぇ♪」と無邪気に笑った。
背中や腕の筋肉は引きちぎれそうに痛むし園庭の片付けも山積みだ。
だけど、この夏の陽射しの下で彼らが一瞬一瞬を
ただの子供として全力で楽しんでいる姿を見られるなら、
俺の流した汗にも少しは価値があるのかもしれない。
ーーー
【園長からの連絡帳メモ】
守先生、命がけのスイカアクティビティ、本当にお疲れ様でした。
職員室の窓から拝見しておりましたが、
守先生が悟くんのスイングを肉体でねじ曲げた瞬間、
一瞬だけ園庭に衝撃波が走ったのを見逃しませんでしたよ。
明日は冷たい麦茶をたくさん用意しておきますね(^-^)
ーーー
「ほら、みんな食べ終わったらおてて洗うよ! タネも自分でゴミ箱に捨てる!」
「「「ほげーーー!!!」」」
スイカの果汁でベタベタになった大男たちを従え、俺は再び立ち上がる。
真夏の太陽よりも熱い彼らのエネルギーに負けないよう、
俺の奮闘はこれからも続いていくのだ。
続く




