第9話「たまがりんしゃった」
宿の扉を開けると、暖かな空気が流れてきた。
木の机。
石造りの壁。
暖炉の火。
そして、酒の匂い。
---
源太:
> 「おぉ……」
---
異世界に来てから初めて、“人の生活”の匂いを感じた気がした。
---
店主らしき太った男が、ジェームスを見る。
---
店主:
> “James. Late again?”
(ジェームス、また遅いな)
---
ジェームス:
> “Work.”
(仕事だ)
---
店主の視線が、源太へ向く。
東洋人。
見慣れない服。
そしてエプロン。
---
店主:
> “…Traveler?”
(旅人か?)
---
ジェームス:
> “Something like that.”
(そんなところだ)
---
源太:
> 「サムシングみたいたい」
---
ジェームス:
> “Stop repeating words you barely understand.”
(理解してない単語を繰り返すな)
---
源太:
> 「雰囲気たい雰囲気」
---
宿の隅では、数人の男たちが酒を飲んでいた。
日に焼けた大柄な男。
小さな革鞄を持った細身の男。
---
細身の男が、源太の姿を見て目を丸くする。
---
男:
> “Oh? Foreigner?”
(おや? 外国人か?)
---
流暢な英語だった。
---
源太:
> 「おっ、英語!」
> 「助かるぅ〜!」
---
男は立ち上がり、軽く礼をした。
---
男:
> “Roger. Merchant.”
(ロジャーだ。商人をしてる)
---
源太:
> 「ロジャー?」
> 「安売り王ごたる名前やん」
---
ロジャー:
> “…What?”
(……何だって?)
---
当然通じていない。
---
ジェームスは慣れた顔で椅子へ座る。
---
その隣では、大柄な男が不思議そうに源太を見ていた。
---
ロジャー:
> “Marco. Carpenter.”
(マルコ。大工職人だ)
---
マルコは片手を上げる。
---
マルコ:
> “Ciao.”
(よう)
---
源太:
> 「チャオ〜」
---
その時。
---
ぐぅぅ……
---
ロジャーの腹が鳴った。
---
沈黙。
---
ロジャー:
> “…I forgot dinner.”
(……夕飯食べるの忘れてた)
---
源太は吹き出した。
---
源太:
> 「腹減っとるやん」
> 「あんたたちも来るね?」
> 「カムウィズミー」
---
ロジャー:
> “…To your stall?”
(……お前の店か?)
---
源太:
> 「ストール?」
> 「……あぁ、屋台のことね」
---
ジェームスが小さくため息を吐く。
---
ジェームス:
> “Your English is evolving backwards.”
(お前の英語、どんどん退化してるぞ)
---
源太:
> 「また俺の英語馬鹿にしとるごたるね。通じれば勝ちたい」
---
四人は宿を出る。
夜の石畳を歩く。
---
屋台へ着く。
赤提灯は消えている。
だが炭の熱は、まだ少し残っていた。
---
ロジャーは、小さな革鞄を抱えたまま椅子へ座ろうとして――少し困った顔をした。
---
源太:
> 「ん?」
> 「屋根に掛けときんしゃい」
---
ロジャー:
> “…Roof?”
(屋根?)
---
源太は、屋台の柱横に付いた小さな金具を指差す。
---
源太:
> 「博多じゃようやると」
> 「山笠ん男たちが、巾着ば引っ掛けて飲みよるけんね」
---
ロジャーは半信半疑で鞄を掛ける。
---
カコン。
---
ロジャー:
> “…Oh.”
(おぉ)
---
ロジャー:
> “Convenient.”
(便利だな)
---
源太は屋台へ入り、奥をごそごそ漁る。
---
そして、小さく呟いた。
---
源太:
> 「……ほんとは非常用やったっちゃけどね」
---
取り出したのは、袋入りのインスタント麺だった。
---
ロジャー:
> “…What is that?”
(……何だそれは?)
---
源太:
> 「企業秘密たい」
---
鍋へ水を入れる。
残り少ないガスへ火をつけた。
---
ボゥッ。
---
その横では、炭火で残り肉と野菜を炒め始める。
---
ジュウゥゥ……
---
香りが一気に広がった。
---
マルコ:
> “Oooh…”
(おぉ……)
---
ロジャーが鍋を覗き込む。
---
ロジャー:
> “Soup?”
(スープか?)
---
源太:
> 「ちゃんぽんたい」
---
数分後。
湯気の立つ丼が三人の前へ並んだ。
---
源太は箸を差し出す。
---
ロジャー:
> “…Two sticks?”
(……棒が二本?)
---
ジェームス:
> “Weapons?”
(武器か?)
---
源太:
> 「違う違う。これで食うと」
---
マルコは見よう見まねで動かす。
当然、麺が滑り落ちた。
---
マルコ:
> “!!”
---
源太:
> 「あーもう貸してみんね」
---
結局、三人とも木匙でちゃんぽんを食べ始める。
だがジェームスだけは、無言で箸に挑戦し続けていた。
---
ズルルルッ。
---
ロジャー:
> “…What is this!?”
(なんだこれは!?)
---
源太:
> 「ちゃんぽんたい」
---
炭火で炒めた野菜。
肉の旨味。
そして麺。
---
異世界には存在しない味だった。
---
三人は夢中で食べ続ける。
---
源太はその様子を見ながら、小さく呟く。
---
源太:
> 「……ラーメンば作りたかねぇ」
---
ロジャー:
> “Ramen?”
(ラーメン?)
---
源太:
> 「もっと美味か麺たい」
---
その時。
源太はふと思い出したように、調味料箱を開けた。
---
小さな胡椒缶。
---
源太:
> 「これかけて食べたら美味かばい」
---
パッ、パッ。
---
細かい黒胡椒が、ちゃんぽんへ落ちる。
---
ロジャーは目を細めた。
---
ロジャー:
> “…Pepper?”
(……胡椒か?)
---
源太:
> 「そうたい」
---
ロジャーの顔色が変わる。
---
ロジャー:
>> “I’ve never seen pepper ground this fine before…”
(こんな細かい胡椒は見たことない……)
---
源太:
> 「こっちたい」
---
屋台の奥を指差す。
---
そこには、大袋に入った黒胡椒があった。
---
ロジャー:
> “……”
---
ロジャー:
> “With this much pepper… you could live without working for the rest of your life.”
(これだけあれば遊んで暮らせる)
---
源太:
> 「売ってほしそうな顔しとるね。売ってもよかばってん全部は売らんよ」
> 「ラーメン作れんくなるけん」
---
ロジャー:
> “Where did you get this?”
(どこで仕入れた?)
---
源太:
> 「業務用スーパーたい」
---
当然、誰も理解していなかった。
---
その横で。
源太はふと、生ビールサーバーへ目を向ける。
---
源太:
> 「ちゃんぽんとビール合うばってんなぁ……」
---
コックをひねる。
---
ブシュッ!!
---
泡だらけだった。
---
源太:
> 「そりゃそうやろね」
> 「サーバーに氷無かけん」
---
ロジャーが、不思議そうに覗き込む。
---
ロジャー:
> “…Ale?”
(……エールか?)
---
源太:
> 「ビールたい」
> 「温かけん、泡ばっかりになっとると」
---
ロジャーは、透明なグラスを見つめた。
---
ロジャー:
“What is that glass?”
(そのグラスは何だ?)
“I’ve never seen glass this clear before.”
(こんなに透明なガラスは見たことがない)
---
しばらくすると。
泡がゆっくり落ち着き始めた。
---
黄金色の液体が現れる。
---
ロジャー:
> “…Transparent?”
(……透明だと?)
---
ロジャー:
> “Beer isn’t supposed to be this clear.”
(ビールはこんなに透明じゃないぞ)
---
ロジャーは慌てて宿へ戻っていく。
---
数分後。
木樽入りの酒を抱えて戻ってきた。
---
ロジャー:
>“Normally, beer looks like this.”
(普通はこうだ)
---
注がれた液体は、濁っていた。
泡も粗い。
---
源太:
> 「濁っとるねぇ」
---
ロジャー:
> “Normally, beer looks like this.”
(普通はこうだ)
“What happened to your beer?”
(お前の酒、どうなってる?)
---
異世界の商人は。
完全に“屋台”へ興味を持ち始めていた。
---
■屋台在庫
・炭 残りやや少なめ
・ガスボンベ 残り少
・インスタント麺 残りわずか
・黒胡椒 残量十分
・生ビール樽(開封済) 空
・生ビール樽(10L未開封) 1本
・炭酸水1000ml 20本
・焼酎
・ウイスキー
・レモン酎ハイの素




