第4話「えすかった〜」
市場のざわめきが、少しずつ戻ってくる。
だが誰も近づこうとはしなかった。
真っ二つになった化け物。
そして、それを一撃で斬った男。
周囲の人間は距離を取ったまま様子を窺っている。
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男:
> “Are you injured?”
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源太は数秒遅れて反応した。
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源太:
> 「……あー、オーケー、大丈夫」
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通じた。
今、自分は会話している。
ちゃんと言葉が返ってきている。
それだけで、妙に安心した。
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男は源太の全身を軽く確認すると、小さく息を吐く。
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男:
> “Good.”
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短い返事。
だが、昨日から全く会話が通じなかった源太には、それだけで十分だった。
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源太:
> 「助かったぁ……」
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男:
> “?”
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源太:
> 「いや、ベリーデンジャラス、ほんと危なかったってこと」
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当然、全部は通じていない。
だが男はなんとなく理解したらしく、小さく頷いた。
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源太は改めて、地面に転がる化け物を見る。
黒い血。
異様に長い牙。
近くで見ると、さらに気味が悪かった。
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源太:
> 「犬……じゃなかよね、これ」
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男:
> “Black Fang.”
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源太:
> 「ブラックファング」
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名前だけ聞くと格好いい。
だが見た目は全然かわいくない。
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男:
> “You shouldn’t walk alone.”
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源太:
> 「ウォーク……アローン?」
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男:
> “Dangerous.”
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源太:
> 「あー……危なかってことね」
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源太は頭を掻く。
なんとなくだが会話はできる。
学校英語程度でも、通じるだけでかなり違った。
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男は源太の服を見る。
Tシャツ。
エプロン。
そして市場には存在しない形の靴。
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男:
> “You’re not from this city.”
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源太:
> 「まぁ、福岡やけんね」
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男:
> “…Fukuoka?”
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源太:
> 「ジャパン。日本」
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男の眉がわずかに動く。
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男:
> “Never heard of it.”
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源太:
> 「やっぱそうなるよねぇ……」
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源太はため息をつく。
だが、不思議と少し落ち着いていた。
言葉が通じる相手がいる。
それだけで状況はかなり違う。
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その時。
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ぐぅ……
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源太の腹が鳴った。
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男が目を瞬かせる。
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源太:
> 「あー……さっき朝飯食ったとに」
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恥ずかしそうに笑う。
緊張が解けたせいか、急に腹が減ってきた。
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そこで源太は思い出した。
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源太:
> 「そうや。 助けてもろうたお礼せんと」
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屋台の方向を指差す。
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源太:
> 「飯、食っていかんね?」
ご飯を食べるジェスチャーをする。
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男:
> “…Meal?”
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源太:
> 「イート。フード」
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男は少し警戒したように目を細める。
だが次の瞬間。
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風が吹いた。
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市場の向こう。
屋台の方向から、炭火の香りが流れてくる。
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男の視線が、わずかに動いた。
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源太はそれを見逃さなかった。
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源太:
> 「腹減っとるやろ?」
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男:
> “……”
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数秒の沈黙。
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そして男は、小さく頷いた。
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源太:
> 「よし」
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源太は歩き出す。
市場の人々が、道を開けるように離れていく。
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白い外套の剣士。
そして赤提灯の東洋人。
奇妙な二人組だった。
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屋台の赤提灯が、昼の風にゆっくり揺れていた。




