第15話「イカやけんね」
昼前。
屋台の裏口へ、大きな布包みが運び込まれる。
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ドサッ。
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源太は仕込みの手を止めた。
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源太:
«「なんねこれ」»
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ジェームスは無表情のまま答える。
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ジェームス:
«“A part of the payment.”
(報酬の一部だ)»
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布が開かれる。
太い脚。
紫色の吸盤。
ぬめる皮膚。
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ロジャー:
«“…No way.”
(……嘘だろ)»
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源太:
«「おっ、ソデイカやん」»
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ジェームス:
«“…A young Kraken.”
(クラーケンの子供だ)»
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ロジャー:
«“That is not squid.”
(イカじゃない)»
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源太:
«「イカたいイカ」»
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そのまま迷いなく包丁を入れる。
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トントントン……
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紫の脚が、綺麗に切り分けられていく。
透明感のある身が、木皿へ並んでいく。
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ジェームスは、その包丁さばきに目を奪われた。
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ジェームス:
«“…Like an A-rank swordsman's blade.”
(……まるでA級剣士の剣さばきだ)»
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源太:
«「専門学校で何百回も練習したけんね」»
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ジェームス:
“…?”
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源太:
「クッキングスクールたい」
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刺身を引きながら、源太は一切れつまむ。
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ぱくり。
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少しだけ目を細める。
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源太:
「呼子のイカんごつ美味か〜」
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そのまま淡々と包丁を進める。
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その足元。
スライムが、切り落とされた目玉へ近づいていく。
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ぷる。
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ごく。
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透明な骨。
目玉。
捨てるはずだった部位を、次々取り込んでいく。
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マルコ:
“…Lo sta mangiando.”
(食ってるぞ……)
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スライムの身体が、ほんの少しだけ淡く光る。
だが、誰も気づかない。
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源太は刺身を引きながら、小さく呟いた。
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源太:
「焼酎ロックに合うやろうね〜」
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ぷる。
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スライムが揺れる。
頭上へ、白い霧のようなものが集まり始める。
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カラン。
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小さな氷の塊が、グラスの上へ落ちた。
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沈黙。
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ロジャー:
“…What?”
(……は?)
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マルコ:
“…Madonna.”
(なんてこった)
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源太は氷を見る。
スライムを見る。
もう一度氷を見る。
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源太:
「お前そげんかことも出来るとや?」
「はよ言ってよ」
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スライムが、ぷるんと嬉しそうに揺れる。
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源太は笑った。
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源太:
「営業前に一杯やろうや」
「クラーケンもろたけん、奢りたい」
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氷の入った焼酎が、コトリと置かれる。
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ジェームス:
“…You drink before work?”
(仕事前に飲むのか?)
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源太:
«「気合いたい」»
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ロジャー:
“…That explains a lot.”
(色々納得した)
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源太は刺身の皿を前へ出す。
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ジェームス:
“…Raw?”
(……生で?)
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マルコ:
“Crudo?”
(生か?)
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源太:
「大丈夫たい」
「焼酎で消毒されるけん」
「オーライたい」
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ロジャー:
“…That is not how alcohol works.”
(絶対違う)
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ジェームスは恐る恐る刺身を口へ運ぶ。
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噛んだ瞬間、動きが止まる。
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最初に来たのは、ねっとりとした舌触りだった。
それから遅れて、ほんのりとした甘みが口の奥に広がる。
噛むほどに、海の匂いというより“旨味そのもの”が溶けていく。
舌の上に、淡い余韻だけが残った。
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ジェームス:
“…Good.”
(……美味い)
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マルコも一切れ取る。
口に入れた瞬間、目を細めた。
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マルコ:
“…È diverso dal pesce.”
(魚とは違うな……)
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ねっとりとしているのに重くない。
噛むとほどけるように消え、あとから静かに甘さが追いかけてくる。
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マルコ:
“…Incredibile.”
(信じられん)
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ロジャーは腕を組んだまま、それを見ている。
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ロジャー:
“…You’re really enjoying monster meat.”
(本当に魔物食ってるな、お前ら)
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源太は焼酎を揺らしながら笑った。
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源太:
「イカやけんね」
「スクイドスクイド」
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足元で、スライムが満足そうにぷるぷる揺れていた。




