第16話「殴らすぞ」
それから一週間。
屋台の前には、相変わらず人が並んでいた。
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ただし、空気は少し落ち着いている。
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ロジャー:
> “…It’s still busy.” (……まだ混んでるな)
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マルコは列を見ながら呟く。
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マルコ:
> “Ma ora non parlano più del mostro…” (もう魔物の話はしていないな)
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最初は違った。
クラーケン。
異常な屋台。
それを見に来る客ばかりだった。
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だが今は違う。
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客が頼んでいるのは、ただの料理だった。
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串。
串。
また串。
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炭火の上で、肉と野菜が焼かれていく。
脂が落ちる音だけが響く。
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ただ一つだけ共通している。
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「うまい」
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ロジャー:
> “…They stopped talking about the squid.” (イカの話、もうしてないな)
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源太は黙々と串を返す。
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源太:
> 「飯は飯たい」
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足元ではスライムが揺れている。
もう誰も気にしない。
ただの“店の一部”になっている。
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マルコ:
> “È diventato normale…” (普通になってきたな……)
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客たちは列の中で静かに待つ。
派手な話はない。
噂話もない。
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ただ、
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「ここはうまい」
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それだけで人が来ていた。
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ロジャーは小さく息を吐く。
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ロジャー:
> “…That’s probably worse.” (……むしろ厄介だな、それ)
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源太は炭火を見ながら言う。
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源太:
> 「串が一番うまかとたい」
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屋台の前には、今日も変わらず列ができていた…
屋台の列が少しずつ捌け始めた頃だった。
炭火の火も落ち着き、昼の喧騒がゆっくり引いていく。
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そこへ、もう一人。
場違いな男が立った。
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派手な装飾。
指輪の光。
笑みだけが軽い。
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男:
> “So this is the famous stall.” (ここが噂の屋台ですね)
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ロジャーは小さく舌打ちする。
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ロジャー:
> “…Great. Another one.” (……また変なのが来た)
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マルコは視線だけで男を測る。
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マルコ:
> “Mi dà fastidio…” (……嫌な感じがする)
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男は屋台の中を覗き込みながら続ける。
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男:
> “Business opportunity.” (ビジネスの話があります)
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源太は串を返したまま、聞いているのかいないのか分からない。
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男:
> “Your shop is popular now.” (あなたのお店はもう人気店です)
> “You should expand.” (拡大すべきです)
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ロジャー:
> “…I don’t like this kind of talk.” (こういう話は嫌いだ)
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男は笑ったまま言う。
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男:
> “Cheap meat. Bulk supply. High profit.” (安い肉を大量に仕入れて高く売るだけです)
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源太の手が止まる。
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源太:
> 「チープミート?なんねそれ」
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男は肩をすくめる。
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男:
> “Orc meat.” (オーク肉です)
> “Very cheap. No one cares what it is.” (安いですよ、誰も気にしません)
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空気が一段落ちる。
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源太はゆっくり串を火から離す。
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源太:
> 「……オーク?」
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男:
> “Yes. It’s just monsters.” (はい、ただの魔物です)
> “Sell orc meat as pork.” (オーク肉を豚肉として売るんです)
> “Your profit will rise.” (利益はもっと上がりますよ)
“Many money.” (大金になります)
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その瞬間。
源太の目つきが変わる。
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源太:
> 「お客さんば騙して商売する気はなかっ!」
感情が先行して英語を使う余裕は無かった。
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一歩、前へ。
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源太:
> 「それは商売やなか」
> 「詐欺たい!!」
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男はまだ笑っている。
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男:
> “It’s just business.” (ただのビジネスです)
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源太:
> 「ビジネスとか知らんたい」
> 「俺は美味かもん食わして腹いっぱいになってもらったらそれでよかと!!」
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間。
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源太:
> 「殴らすぞ」
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ロジャーは小さく息を吐く。
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ロジャー:
> “…Yeah. That’s our answer.” (……まあそうなるよな)
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マルコは短く言う。
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マルコ:
> “Finalmente.” (当然だな)
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男の笑みが、少しだけ固まる。
屋台の空気が一瞬止まる。
炭火の音だけが、やけに大きく響いていた。
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源太の目が、まっすぐ男を射抜く。
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一歩、踏み込む。
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男の笑みが消える。
ロジャーもマルコも、言葉を挟まない。
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その瞬間。
源太の脳裏に、別の光景がよぎる。
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――昔のニュース映像。
――高級料亭「大坂吉祥」。
――“偽装表示”。
――「本物です」と出された皿。
――しかし裏では、違う素材が使われていた。
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客の顔。
信じて食べる人間の顔。
それが崩れていく瞬間。
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源太は、その場でただ見ているしかなかった。
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源太の表情が、さらに固くなる。
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源太:
> 「あれはおもてなしやなかった」
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小さく、吐き捨てるように。
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源太:
> 「ただの金儲けばい」
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火が、ぱちりと鳴る。
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源太はもう一度、男を見る。
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源太:
> 「早よ帰らんか!!ゴーホームたい」
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静かに、しかしはっきりと言う。
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ロジャーは小さく息を吐く。
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ロジャー:
> “…He doesn’t bend on food.” (こいつ、食いもんだけは曲げないな)
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マルコは短く呟く。
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マルコ:
> “Non lo farà mai.” (あいつは絶対やらない)
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男はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり笑みを戻す。
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だが、その笑いは最初より軽くはなかった。
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屋台の火だけが、静かに揺れていた。




